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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝 ~ それぞれの1ヶ月 ~
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外伝 ~ その現代魔術師、異世界で温泉宿を経営する ~ ②

本日2話目です。

よろしくお願いします。

「な、何者だ?」


 引きつった声を上げたのは神父だった。


 宗一郎は深く息を吐き。


「こう言えばいいのか? 『悪党に名乗る名などない』とな」

「な、何を言って――」

「とりあえず、オレの財布と、そこの子供は引き渡してもらう。オレから財布を奪うなど、少し説教してやらねばならんのでな」


 一歩、また一歩と革靴を鳴らし、礼拝堂に入ってくる。


 太った商人は、顎をしゃくる。

 すると、黒装束の男は、宗一郎とは対照的に音もなく、立ちふさがった。


「何者かは知らないが、商売の邪魔をするというならこっちも出るとこ出させてもらう」

「商売? 人身売買の間違いじゃないか?」

「――――!」

「帝国の法律では、奴隷としての売り買いが出来るのは、12歳からだ。それまでの子供は、すべてマキシア帝国の皇帝のものである――と法律には書いてあるぞ。つまり、お前らは皇帝の所有物に手を出そうというわけだ」


 現代人である宗一郎からすれば、人の売り買いが認められていること自体、眉をひそめることだ。


 しかし、あくまでマキシア帝国の中では「労働力」としての売り買いが認められており、一般的に想起する奴隷とは少し違う解釈になっている。

 「労働力」として認めがたい「子供」は、対象外なのだ。

 それをすべての11歳以下の子供は、皇帝の所有物である――と法律に明記させているところが、子煩悩の皇帝らしい法文に思えた。


 そして労働力として扱えない子供を違法に売り買いするということは、その末路は絞られてくる。


「まあ、そこまで聞かれてちゃ仕方ないな。――やれ!」


 用心棒が動いた。

 手の先からかぎ爪が出し、ゆっくりと獲物に近づいていく。


「残念だったな。兄ちゃん。そいつの冒険者レベル75だ。しかも元暗殺者でな。身体能力も高い。……一瞬であんたをバラバラにすることだって可能だ」

「バラバラにしたところで、復活は出来るだろ?」

「ああ? 知らないのか? ……1年以上復活できなかった遺体は、二度と復活できねぇのさ」


 なるほどな、と宗一郎は心の中で頷いた。


 おそらくカセット時代のRPGみたいなものなのだろう。

 しばらくゲームをしていないと、メモリーの電池が切れて、セーブデータが消えてしまうようなものだ。


 そう解釈してしまえば、この世界を狂わせた女神とやらは、相当なレトロゲームマニアらしい。


「それはいいことを聞いた」


 宗一郎は余裕の笑みを浮かべた。


 瞬間、用心棒のスピードが上がった。

 一瞬で懐に入ると、最速の初撃が斜めに閃く。


 だが、タイミング良く宗一郎はバックステップをし、攻撃をかわしていた。


「ほう……。そいつの初撃をかわすとはな。兄ちゃん、そこそこ出来るじゃねぇか。殺すのはおしいぐらいだ」

「そんなことを言っていいのか? これでも俺はレベル1だぞ」


 ………………。


 ぽつねんと、沈黙が降りた。


 途端、商人と神父が涙を流しながら爆笑する。

 カカとヤーヤは呆然と戦闘を見つめ、黒い包帯で顔まで隠した用心棒は微動だにせず、構えを崩さない。


「ぶははははは……。レベル1だと? 馬鹿か、お前は! レベル1で、75のそいつに勝てるはずがないだろうが」

「数値だけみればな。……だが1つ忠告しておこう。オレは最強のレベル1だ」

「は! 何を馬鹿なことを! おい、目障りだ。はやく――」

「おい。もう1つ質問させろ」

「なんだ?」

「ゴールドで出来た武器や魔法、スキルなどを使わずに、人間を殺した場合どうなる?」

「そりゃあ……。その時は死んじまうだろう。お前さんみたいに――な!」


 それが合図だった。


 用心棒はダッシュする。


 かぎ爪を1閃、2閃と振るう。

 だが、不思議なことに宗一郎には当たらない。

 動きは非常に緩やかだ。なのに、宗一郎がかわす方向に斬撃を振ってしまう。まるで彼に誘導させられているかのようだ。


 異世界の暗殺者の技術にも、視線誘導という回避方法がある。

 が、それとも違う。

 未知の感覚に、用心棒の動きが次第に雑になっていく。


 普段使わないようなかぎ爪付きの渾身のストレート。

 だが、その攻撃もあっさりと避けられる。

 それどころか、足を払われ、けたぐられた。


 意識こそ失わなかったが、しばらく地面から起き上がれない。


「ほう……。気絶させるつもりで打ったのだが、さすがは暗殺者だな。だが、しばらくは動けまい。さて…………」


 スーツの袖をなおし、商人と神父に向き直った。


「お、お前……。本当にレベル1なのか?」


 商人が大声で疑問を口にする中、横の神父は歯をかちかちさせながら、「思い……出した」と呟いた。


「聞いた事がある。帝国最強といわれたスペルマスターのマトーが、たったレベル1の冒険者にやられたって」

「ああ! ……お、俺も聞いた事があるぞ。素手で鎧を壊したとか――」

「――だったら、どうだというのだ?」


 握り拳に力を込めると、赤く光を帯び始める。

 商人と神父の血相が変わった。


「ひぃいいいいいいいいいいいい!!」


 2人はお手上げと言わんばかりに背を向けて逃走した。

 振り返ると、用心棒の姿も消えている。


「ふん……」


 本来なら悪事を暴いて、成敗したい輩だが、さすがに子供の前で殺生することは出来ない。


「子供に感謝するんだな」


 赤く光った拳を収めた。


「すげー!」


 壊れた机の影から現れたのは、2人の兄妹だった。

 嬉々とした表情で、宗一郎に近づいてくる。


「おっさん、強いんだなあ」


 ムカッ……!


 ごちん! ごちん!!


 重たい音が礼拝堂内に2発響いた。


「痛てぇえ!!」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「なんで2回も殴るんだよ!」

「女は殴れん。妹の分もお前が受けろ。兄なんだろ」

「そうだけど……痛ててて」


 頭を抱える子供を放っておいて、足もとに目をやる。

 しばらくして、自分の路銀袋を見つけた。確認すると、中身はそのままだ。寂しいことには変わりはないが。


「あ! オイラの路銀袋! 返せよ」

「これはオレの路銀袋だ」

「し、知らないよ。……オイラは道ばたに落ちていた袋を拾っただけだい」

「盗っ人猛々しいとはよく言ったものだな」


 はあ……、と深い息を吐いた。


「カカお兄ちゃん……。お腹空いた」

「ヤーヤ、我慢しろ」


 ヤーヤはお腹を押さえ、今にも泣き出しそうだった。

 カカは申し訳なさそうに項垂れている。


 現代でも珍しくない異世界の貧困児童。

 特に戦地で見た少年少女の姿は、宗一郎には忘れられない記憶の1つだ。

 砲弾や銃弾に怯える姿を見て、さしもの意識が高い宗一郎も「君たちの頑張りが少ないから、国は安定しないのだ」などという妄言を吐くことは出来なかった。


 彼や彼女たちは、100パーセント被害者なのだ。


 そんなことを考えているうちに、宗一郎は自然とスーツをまさぐっていた。

 出てきたのは、オーバリアントではソラダと呼ばれているチョコレートだ。


 そっと差し出す。

 くれるの? と目で確認してから、カカは手を出したが、すぐに引っ込められた。


「な! くれるんじゃないのかよ!」

「これが毒入りだとは思わないのか?」

「え――?」

「無償の施しは、お前たちのような者にとって何よりも救いだろう。……だが、人間というものは、困っている時が1番弱い。そしてタダよりも怖い物はない。普段は気を付けていても、ちょっとした心の動揺でたがが外れてしまう。さっきのお前たちがそうだ」

「人買いのことを言ってるの。……オイラたち知ってたんだ。あのアル中神父は人買いとつながってるって」

「なに?」

「だから、オイラたちを売ってもらって、父ちゃんと母ちゃんを――」


 バチン!


 カカの額に鋭い痛みが走った。

 頭の奥まで響くような痛みに、仰け反る。


 デコピンをくらわせた宗一郎は、静かに怒りの炎を燃やした。


「それこそ視野狭窄というものだ。あいつらがお前らを売ったお金で、素直に両親を生き返らせるとは思うか? ……子供を売ったお金で復活して、お前たちの両親が喜ぶと思うか」

「おっさんに何がわかるんだよ!!」


 また殴りそうになったが、さすがに大人げないと考えて、宗一郎は自制する。


 大人に対して啖呵を切る兄を見て、ヤーヤは言った。


「お兄ちゃん。……ヤーヤはお兄ちゃんと別れたくないよ」


 そう言って、兄をギュッと抱きしめる。


「ヤーヤ……」

「妹の方が利口のようだな」

「なんだと!」


 すると宗一郎は、ソラダを割り、一部を自分の口に入れた。

 残りをもう一度、兄妹に差し出す。



「事情を話せ。……それでギブアンドテイクだ」


というわけで、温泉宿編ともいうべき外伝が始まりました。

もちろん、物語の後半には待ってますよ(ゲス顔)


明日は18時投稿になります。

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