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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第50話 ~ 戦場でラブコメやってる場合じゃないですぜ ~

終章第50話です。

「ドクトルはぼくが守る!!」


 パルシアは熱く叫んだ。


 いつもは人を小馬鹿にするような表情も、今はない。

 グッと奥歯を噛み、荒く息を吐き出していた。

 目尻は上がり、眉間には皺が寄る。

 まさに悪鬼羅刹のような顔をしていた。


 天空より飛来した黒き妖精……。


 かろうじて火の手から免れた船員たちの魂を鷲掴む。

 恐れおののき、腰に差した曲刀の存在すら忘れた。


 パルシアは再び呪文を唱える。


 掲げた手から炎が吹き出した。

 甲板にいる水兵を狙ったのだと推測したが違う。


 火の弾は近くにいた船の帆に直撃する。

 あっという間に燃え上がり、船檣に飛び火すると、たちまち倒れてしまった。


 パルシアの攻勢は緩まない。

 すぐに魔法を使って、他の船に飛び移ると、同じように炎で燃やす。

 阿鼻叫喚の地獄絵図となり、青い海は赤と黒煙に包まれた。


「あいつ! 何をやっているんだ!!」


 自艦の欄干を掴んだのは、ドクトルだった。

 一瞬にして火の海になったアーラジャ艦隊を眺める。

 その後ろで、ライカも呆然としていた。

 まるでダークエルフの怒りそのものを見た印象だ。


 ドクトルは服を脱ぎ捨てる。

 欄干に足を起き、飛び込もうとしたところをライカは寸前で止めた。


「閣下! 落ち着いてください!!」


「落ち着いてなどいられるか! あいつは――」


 瞬間、ドクトルの脳裏に走馬燈が蘇る。


 島での出会い。

 船を造る苦難。

 島から脱出した後も、様々な問題に直面した。

 その横にいつもパルシアがいた。

 人をからかうような笑顔が、今でも妙に懐かしく感じる。


 気が付けば、ドクトルの隻眼から涙が溢れていた。


 止めに入ったライカの力が緩む。

 男の涙というものに、ほんの刹那ではあったが、心が奪われたのだ。


 するりとドクトルの身体が離れていく。

 近くにあった船体に飛び移る。その後も飛び石のように船を乗り継ぐと、ついには海へと飛び込んだ。


 ライカはそれを見送ることしか出来ない。


 そんな折り、人の声が聞こえた。


「陛下ぁぁぁああ!」


 重臣ゼネクロの声が波間に響くのだった。



 ◇◇◇◇◇



 パルシアのやったことは、自殺行為だった。


 ダークエルフの魔法は便利だが、むろん限界はある。

 以前のRPG世界と同じく身体を巡る魔力が空になれば使えない。

 炎の魔法に、飛行の魔法。

 そのどれも消耗が激しい。


 ダークエルフの魔力タンクはみるみる減っていった。


 それでも5隻落とした。

 いずれも半壊だが、マストと船檣が落ちたことによって、当分動けないはず。

 しかも嬉しいことに、残りの船は包囲を解き、慌ててこちらに向かっている。

 あとは、穴の空いた場所からドクトルが逃げてくれれば、任務完了だ。


「ドクトル、うまく逃げてるかな」


 炎と煙の中心にいるパルシアは薄く笑った。


 ダークエルフである彼女の目から見ても、ドクトルは賢い人間だ。

 合理的な判断が出来なければ、あの島からの脱出と、商人の国の元首になれなかっただろう。

 他人には冷たいと思うが、ドクトルの宿した強い思いは、誰よりも熱く滾っていた。


 炎を絶やしてはいけない。

 そのためだったら、命は惜しくなかった。


「はは……。ぼくが1番合理的じゃないかもね」


 もし、この場に母がいれば、いの一番に戦場を脱出しただろう。

 彼女だけではない。

 【エルフ】に住むダークエルフのすべてがそう決断したはずだ。


 でも、パルシアはそうしなかった。


 自分でもよくわからない。

 自分の命を使って、人を助けるなんて。

 そんなこと考えもしなかった。


 すでにかすれた視界に影が映る。

 少し顔を上げると、水兵が曲刀を握り、じりじりとパルシアの方に詰めていた。

 数は10人。

 いや、その後ろには弓兵もいて、こちらに照準を向けていた。


 ニヤリと笑う。


「全く……。君たち、ぼくのことを知っているかい。ダークエルフだよ。つまり、世界の嫌われものさ」


 なのに、この光景はどうだろうか。

 歌謡舞台の観客のように兵が押し掛けてくる。

 その数が増えるばかりだ。


 パルシアは呪文を唱えてみたが、火の粉も出ない。

 完全に魔力が欠乏していた。


 万事休す……。

 いよいよ最後らしい。

 天を仰げば、黒煙が立ちこめていた。

 ダークエルフの最後としては、おあつらえ向きの空なのかもしれない。


 臨終が近付いている。

 しかし、パルシアは満足だった。

 ドクトルを守れて、そして死ねるのだから。


「ねぇ……。ドクトル……」



 これが……。愛なのかな……。



 瞬間、耳をつんざくような轟音がパルシアを襲った。

 死んだ――と思った。

 だが、うっすら目を開けると、まだ火の海が広がっている。

 水平を維持していた船体が、大きく傾いていた。

 兵たちに動揺が走る。

 その顔は、すでにパルシアの方を向いていなかった。


 1隻の船が近付いてくる。

 艦首砲がついた軍艦はアーラジャ艦隊のものではない。

 その船檣の先には、島国連合の戦旗がはためいていた。

 舳先に見慣れた人間が立っている。


「ドクトル!!」


 その瞬間、船が揺れた。

 ドクトルが乗った軍艦が体当たりをしてきたのだ。

 船体が軋み、悲鳴を上げる。


 同時に残っていた島国連合とマキシア帝国の水兵が雪崩れ込んできた。


「おめぇら! 姐さんを守るんだ!!」


 勇ましい声をあげていたのは、操船していた艦長だった。

 操舵から手を離し、曲刀を鞘から抜き放つ。

 水兵ととともに、敵船に乗り込んだ。


「くそ!」


 アーラジャの水兵が舌を打つ。

 その時、パルシアと視線があった。


「このダークエルフだけでも……」


 刃を振りかざした瞬間、背後から一突きされる。

 口から血を溢れさせ、水兵は崩れ落ちた。

 その影から現れたのは、隻眼の男だ。

 全身ずぶ濡れになり、蓬髪の頭はぺたんこになっている。

 海水を滴らせ、元首は顔を近づけた。


「ドクトル……。どうして?」


「答え必要か?」


「え……?」


「お前は俺の家族だろう。助けるのは当たり前だ」


 パルシアの目に涙が溢れた。

 体勢を崩しながら、ドクトルの胸に飛び込む。

 珍しく声をあげ、泣く。


 きっとダークエルフの歴史上これほど泣いたエルフは、彼女が初めてだろう。

 それほどの大泣きだった。


 嬉しかった。

 そして、1つ気付いたことがある。


 自分が欲しかったのは、愛の探求でも、愛を欲することでもない。


 本当の家族というものに出会いたかったのだと……。


「無事か、パルシア」


 割って入ったのは、ライカだった。

 側にはゼネクロがいる。

 おそらく艦長と2人で、あの船を見つけたのだろう。


 すると、パルシアはキッと睨んだ。


「いいところなんだから、邪魔しないでよ、陛下」


「は?」


「ドクトルは絶対渡さないから」


「す、すまない。言っている意味がわからないのだが」


「おいおい。こんな戦場でラブコメやってる場合じゃないですぜ。お嬢さん方」


 艦長は剣をかいくぐりながら、1人の水兵を屠る。


 気が付けば、包囲されていた。

 いくら残った戦力をかき集めたとはいえ、多勢に無勢。

 他の艦も集まりつつある。

 敵との距離は、じりじり埋まりつつあった。


 パルシアはドクトルの手を握る。


「後悔はしてない? ドクトル」


「してないといえば嘘になる」


「…………」


「けど、お前を見捨てていれば、もっと後悔したと思う」


 ドクトルもギュッと相棒の手を握った。


 敵の戦意が高まる。

 一斉攻撃が始まる――まさにその時、異変は起こった。


 こちらに向かっていた1隻の軍艦が打ち上がる。

 砲も積んだ巨大な艦艇が低い雲の上まで上昇すると、そのまま海に叩きつけられた。

 当然、木っ端微塵……。

 海の藻屑と消える。


 何が起こったのか。

 敵味方問わず呆然とする。


 その中で笑みを浮かべる人間がいた。


 ライカ・グランデール・マキシアだ。


「遅いぞ……」


 戒めの言葉を呟くのだった。


最近、メインで書いてる最新作があまりラブい話じゃないので、

たまにこういう話を書くと、自然とニハニハしてしまいます。


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