第48話 ~ 自由ですよ、陛下 ~
終章第48話です。
よろしくお願いします。
「カリヤ内商大臣。……もう1度、もう1度いってくれないか」
ライカは再度の返答を求めた。
しかし、返ってきた言葉は変わらない。
その絶望的な響きを聞き、女帝の血は一気に沸騰した。
「大臣! あなた方は間違っている!!」
『ほう……。ならば、私がどう間違っているのか。教えていただきたいですな』
伝聲石から聞こえる大臣の声はいささかも変わらない。
年寄りめいたガラ声であったが、溌剌とし、口調も穏やかだ。
翻せば、余裕の表れだ。
彼らは絶対的な優位にある。
島国連合、マキシア帝国の艦船は壊滅的なダメージを受け、対しアーラジャ艦隊は無傷に近い。包囲され、逃げることも困難な状況だ。
この状況で襟を正し、油断をするなというのも無理がある。
伝聲石の向こうのカリヤが、足を組み、笑みを浮かべる姿がまざまざと浮かんだ。
しかし、ライカは怯まない。
突沸した感情と声を抑え、大臣に忠告をした。
「新女神ラフィーシャは危険なダークエルフです」
『ダークエルフは危険なものだ。しかし、使いようによって毒が良薬になることもあるでしょう』
「コントロール出来るとお思いか。彼女はダークエルフすら恐れる狂人です。我々が思いつかない企みがきっとあるはず」
『それは過程の話ではないですか、陛下。我々は公僕であるとともに、商人です。“利”を示していただけなければ、納得できません』
「大臣……。質問で質問を返す非礼を許していただきたい。ならば、ラフィーシャが示した利とはなんですか?」
『自由ですよ、陛下』
事も無げに即答した。
ライカは眉を潜める。
顔を上げ、周囲を見渡したが、何か有用な言葉を返すものはいなかった。
ドクトルやパルシアですら、渋い顔をしている。
ダークエルフであり、女神であり、旧女神を殺した神殺しであるラフィーシャがもたらす自由……。
その響きに、みなが違和感を持った。
だが、カリヤの舌は滑らかに動き続ける。
『新女神ラフィーシャ様は3つの自由を授けてくれました』
1つはモンスターを排除し、移動の自由を与えた。
これはすでにラフィーシャが実施したことだ。
だが、女神にはさらなる企みがあった。
『2つめは商売の自由。つまり、自由交易です』
具体的には関税の撤廃。
さらに国の施策に左右されない特権の保有。
すべての商売を、国では無く商人が管理する自由。
『最後に武器を持つ自由……。具体的には誰でも【太陽の手】を手にすることが出来るようにします』
「【太陽の手】を!!」
『そうです。【太陽の手】は非常に強力な兵器です。1つあれば、一国の都市を破壊することができる。つまり、1人1人がその【太陽の手】を撃てるボタンを握ることによって、国というくびきから放たれ、真の自由を手にするのです』
馬鹿な――とライカは一蹴した。
しかし、それはどこかで聞いた話だ。
ふと思い出したのは、ダバダでの会談の折、ドクトルが提案した【抑止力】という言葉の考えに似ている。
ドクトルは各国が【太陽の手】を手にすることだったが、ラフィーシャの考えは、それを個人レベルにまで下げた話だ。
そもそも商売の自由も、ドクトルのやろうとしていたこととなんら代わりはない。
自由な海を取り戻す。
それを彼らが陸の方まで広げようとしている。
国すら必要としない考えも、ライカが提案したものと似ていた。
だから、ライカは「馬鹿」という単語を抑え、カリヤに話しかけた。
「大臣……。我々は歩み寄れる。聞いてくれ」
先ほど甲板上でドクトルを諭した言葉をそのまま流用し、大臣に告げる。
そのためなら帝国すら解体するというライカの心意気を聞いて、さすがのカリヤも色めきだった。
だが、商人の答えは“否”だ。
「何故だ、大臣!! 何故、そうまでしてラフィーシャに肩入れする」
『肩入れなどしていませんよ。あくまで我々が追及するのは“利”、そして“信”……』
「“信”つまりは信用ということか。我々は新女神よりも信用ならないと」
『ライカ陛下……。あなただけならば、耳を傾けていいと思った。しかし、そこには我らが逆賊たるドクトル閣下もいらっしゃる。彼の暴走はいささか我らの目に余るものだった』
「しかし、彼は今――」
「よせ、陛下。こいつらに何をいっても無駄だ」
ドクトルはたしなめたが、ライカは止まらない。
「元首は反省し、共に道を歩むといったのだ。何故、その言葉を信用しない」
『残念ながら、ライカ陛下。あなたがそのドクトル閣下と行動をともにする以上、あなたはやはり信用できない』
「よくいうよ。……ぼくたちと一緒に陛下も殺そうとしているんだろ?」
『黙れ、ケダモノめ』
カリヤは激昂する。
ドクトルよりも、余程この頭の切れるダークエルフに煮え湯を飲まされたのだろう。伝聲石から荒い息が聞こえた。
しばらくして軽く咳払いをすると、落ち着いた声が返ってくる。
『では、こういうのはどうでしょうか、陛下?』
「……?」
『ドクトル閣下を斬ってください。彼の首級をもってくるならば、我々は陛下の言葉を信用しましょう』
皆の視線がライカに注がれた。
ドクトルはポーカーフェイスを崩さず、パルシアはごくりと唾を飲んだ。
ライカの瞳がちらりと件の2人を一瞥する。
緑眼を炎のように燃え上がらせると、激昂した。
「断る!!」
海原に響き渡る。
側で聞いていた水兵が、裂帛の気合いに鼻白んだ。
それほど、迫力ある言葉だった。
パルシアはほっと胸を撫で下ろす。
一方、相棒はやはり表情を崩さない。
「わたしと閣下は共に杯を傾けたばかりだ。形勢が悪くなったからといって、人の首級をさらす卑怯者にはなりたくない!!」
『勇ましいですな……』
「勇ましいついでいわせてもらう! カリヤ大臣、あなたは我らに“信”がないといった。その言葉そっくり返そう! 新女神に従うあなたたちこそ、“信”がないのだ!」
言い放つ。
赤いマントを靡かせ、姫騎士から女帝となった少女は、鬼の形相で伝聲石を睨んだ。
『それは残念です。神とともに戦うことができると思っていたのですが……』
「あれは神などではない! この世界を破滅に導く破壊者だ!!」
こうしてカリヤとの交渉は決裂したのだった。




