第47話 ~ 世界で1番の権力者 ~
終章第47話です。
海洋国家アーラジャの商務副大臣――ホセ・ブレリンカは、ベッドに座って、激しく膝を揺すっていた。
宗一郎の世界では『貧乏揺すり』と呼ばれる仕草ではあるが、アーラジャでは『金貨落とし』と呼ばれ、むかし金に困った商人が膝を震わせていると、衣服から金貨が出てきたという逸話が元になっている。
ホセは安全のため帝国の駐屯地で匿われた後、急に移動することになった軍とともに、バダバへ戻ってきた。
初め現場とは違う官庁の部屋をあてがわれたが、殺されそうになった時の恐怖を思い出し、部屋を変えてもらった。
今は、バダバの市長ジエゴの屋敷に泊めてもらっている。
そのジエゴが慌てた様子で入ってきた。
顎の辺りまでついた皮下脂肪が、つるりと光っている。
「ブレリンカ殿、申し訳ない。確認したところ、ライカ陛下はどうやらその足で、ドクトル元首を追いかけた様子で」
「そ、そんな……」
ホセはがっくりと膝をつく。
四つん這いになり、脂汗を1滴、2滴と滴らせた。
ジエゴは駆け寄り、他国の大臣を気遣う。
かかりつけの医者と、水を持ってくるように大声で指示した。
「それでは不味いのです。あの方たちは戦ってはいけない」
「――? どういうことですか、大臣。あなたは何を知っているのです?」
ホセはマキシア帝国に匿われてからも、ライカ陛下の謁見を求めていた。
他の人間が事情を聞いても、頑なに口を閉ざし、喋ろうとしない。
『ライカ陛下にお目通り願いたい』
その言葉を呪文のように言い続けてきた。
しかし、その我慢も限界だ。
洋上に出れば、もう自分に追いつく術はない。
いや、すでに2人の対決が始まっているだろう。
そうなれば――。
「最悪だ……」
ホセは頭を抱えた。
やがて顔を上げ、落ちくぼんだ瞳でジエゴを見つめる。
疲れ切った表情に、一瞬ジエゴはたじろいだ。
「ジエゴ殿、私の話を聞いていただけますか?」
とつとつと、ジエゴは語り始めた。
◆◆◆
「なんだと、貴様ぁ!」
ゼネクロは怒声を放った。
カリヤに怯む様子はない。
その態度はますます不遜になっていった。
『別に怒れることでもありますまい。我々もまた島国連合の一部。帝国とは敵対関係にあります』
「確かにそうだ。だが、元首は投降を」
『そのようですな。ですが、ご承知かと思いますが、我々大商人と元首の考えに大きな隔たりがあります』
「確かにそのようですね。だからこそ、我が配下であるジーバルドが――」
『ジーバルド? ああ……なるほど。陛下は我々が帝国に組みするとお考えだったのですね』
「違うのか……!」
『一時はそのように考えたこともあったような気がします。しかし、我々が手を取るのは、あくまで益があるもの。それがマキシアとは限りますまい』
「では、どこの国と――。エジニアか? それともウチバ?」
「違うよ。陛下……」
顔を上げたのは、パルシアだった。
1歩を踏みだし、伝聲石に近づいた。
濃い青の瞳は、珍しく怒りに燃えている。
「大商人たちが組むのはいつだって、この世界で1番の権力者だ。マキシアあるいはグアラル。そして彼らは今のオーバリアントにおいて、最低な選択肢を選んだ――そういうことでしょ、カリヤ」
『ふん。あの忌々しいダークエルフもいるのか』
途端、態度が変わる。
おそらくこれが素のカリヤなのだろう。
すぐに改める。
『失礼。だが、そこにいる黒い悪魔めのいうとおり。我々はいつだって大きな利益を供するものの見方です』
「まさか……」
ライカは息を吐く。
伝聲石の向こうの大商人は、にやりと笑ったような気がした。
そうですよ。我々の取引相手は、新女神様そのお方です。
◆◆◆
「アーラジャがすでに新女神に乗っ取られているですって!!」
にわかに信じがたい話に、ジエゴは素っ頓狂な声を上げるしかなかった。
そして、「いや、それもあり得る」と思った。
ジエゴもまた商人だったことがある。
アーラジャとも取り引きした。
そこで学んだのは、彼らが商売のためなら、どんな手段も惜しまないということだ。
今、世界でもっとも強い存在である新女神と手を組むのは、おかしいことではない。
ホセは説明を続けた。
「本当です。その証拠に、あなた方が送った帝国の特使は殺されました」
「ジーバルド殿が!」
ジエゴは息を飲む。
ホセはぐっと顎を引くように頷いた。
「はい。私はその殺される現場を見ました。そして彼はこう言ったのです」
『どうかライカ陛下と勇者殿に報告を! お願いします』
そしてジーバルドは、ホセの身代わりになるように死んでいったという。
特使の無念を晴らすため、ホセは今回の外交団に参加した。
大商人たちには、ドクトルのお目付役になるという理由で、納得させた。
すべては他国の特使のためだったのだ。
だが、その望みもついえる。
マキシアと島国連合は今頃、洋上で火花を散らしているのだろう。
どちらかが倒れ、弱ったところを大商人たちが、2国の代表にとどめをさす。
理想的な展開だった。
そして完全に女神の術中だった。
「ご安心召されよ、大臣殿」
肩を落とすホセに、ジエゴはそっと触れる。
大きな顔の割りに小さな栗鼠ような目で、ホセを見つめた。
「大丈夫です。ドクトル殿も、ライカ陛下もきっと無事です」
「気休めはよしてください」
「気休めなのではありませんぞ。ホセ殿は、少し帝国というものを侮ってはおられませんか?」
「は?」
「まあ、私がいえた義理ではありませぬが、この国はまだまだ腐ってはおりません。むしろあの女帝陛下の元、必ず生まれ変わることでしょう。今回、拝謁できたことで、私はそう確信しました。それに――」
「それに?」
「マキシア――いえ、ライカ陛下の後ろには勇者殿がいらっしゃる。必ずや新女神の野望をうち砕いてくれるでしょう」
給仕が水を持ち、一緒に医者が入ってくる。
ジエゴは離れ、最後にこう言い残した。
「状況がわかり次第、都度ご連絡いたします」
「ありがとうございます、ジエゴ殿」
ホセは帝国の市長に頭を下げるのだった。
中途半端なので、なるべく早めに更新しようと思いますm(_ _)m
いつの間にか7000pt超えてました。
ブクマ、評価いただいた方々ありがとうございます!




