第46話 ~ 最後は船とともに…… ~
久しぶりに更新しました。
終章46話です。
突如として鳴り響く轟音。
それとともに、船体は大きく傾いた。
杯に注がれた酒がこぼれる。
それどころか手を放し、甲板上を転がると、酒と一緒に海へと放り出された。
「なんだ!!」
姿勢を整え、いの一番に顔を上げたのはドクトルだった。
続いて艦長、パルシア、そしてライカ、ゼネクロと続く。
風切り音は止まない。
帆に何かが貫くと、艦首前方にあった島国連合の軍艦に突き刺さる。
次の瞬間、激しい音とともに炸裂した。
木片がドクトルが乗艦する旗艦にまで届く。
艦砲であることは間違いない。
ドクトルは艦首へと走る。
元首の姿に、一同も付き従った。
崩れた欄干に手を置き、彼方を見やる。
「――――ッ!!」
息を呑んだ。
艦首砲を搭載した軍艦。
その船檣の先には、旗が翻っている。
青地に金貨を模した星がちりばめられた旗。
島国連合とマキシア帝国の軍艦がもつれる海域に向かって、全速で向かってきている。
「どういうことだ!? アーラジャの軍艦じゃねぇか!」
艦長は声を荒げた。
皆も口を噤み、艦首砲を向ける無傷の艦隊を見つめる。
驚くのも無理はない。
アーラジャの艦隊は、【太陽の手】に巻き込まれ全滅したはずだからだ。
「新手か……」
ドクトルが知る限り、アーラジャが保有していた艦隊は、今ここにあるものですべてのはずだ。
元首が知らないところで新造艦を作っていたとしか考えられない。
エジニアが裏切ったという可能性もないが、わざわざアーラジャの旗を使うとは考えにくい。
「司令官、どうしやす?」
艦長が尋ねる。
ドクトルは周りを伺う。
マキシアの特攻作戦は島国連合の船に壊滅的なダメージを与えていた。
動く船は何隻かはあるが、密集しすぎて取り回しが難しい。
曳航船で動かなくなった船を先に排除しなければならない。
特攻したマキシアの船にも同じ事がいえた。
「元首、投降の信号旗を上げてみては?」
提案したのはライカだ。
「私から事情を話しましょう。決して悪いようにはしません」
ドクトルとパルシアは一瞬、アイコンタクトを取る。
現状、ライカの提案以上に生き残る手段はない。
海に逃れる手もあるが、この海域は殺人魚が多い。
生存確率は限りなく0に近いだろう。
「わかった。よろしく頼む」
早速、投降の信号旗を上げる。
同時にマキシア艦隊からは、事情を説明したい旨の手旗信号を送った。
つと艦砲が止む。
気づけば、マキシア艦隊、島国連合艦隊は壊滅的な打撃を受けていた。
無傷の艦船を探す方が難しい状況だ。
対しアーラジャの新手の軍艦の数は7隻。
傷ついた島国連合とマキシア艦隊を取り囲むように円陣を組む。
船側を向け、艦砲をこちらに向けた。
物々しい雰囲気だ。
アーラジャからは何も応答がないのが一層不気味だった。
「陛下……」
ゼネクロは耳打ちする。
様子がおかしいことを察したのだろう。
「ゼネクロ、すぐに動かせる船はあるか?」
「1隻ならばなんとか。少々場所が遠いですが」
「退路を確保してくれ。最悪、ドクトルとパルシアだけでも逃がす」
「よろしいのですか?」
ドクトルはともかくとしても、ダークエルフまで助けるのは、ゼネクロにとって意外だった。
マキシアにはかの一族に、国自体を滅茶苦茶にされた過去があるからだ。
「彼らは大事な同志だ。ここで死なせるのはおしい」
「わかりました。――おい、行くぞ」
ゼネクロが尻を叩いたのは、艦長だった。
「なんだよ、爺さん」
「優秀な船員が必要なのだ。お前も来い。最後は船とともに……という柄でもあるまい」
「ちっ! 仕方ねぇなあ」
艦長はドクトルの許可をもらい、ゼネクロと一緒に動き出す。
すると、見張り台に上った船員から報告が来た。
「短艇が降りてます。何人かがこちらに」
「誰だ?」
ドクトルが尋ねる。
遠見鏡を覗いた船員は報告を送った。
「ただの水兵のようです」
「水兵……」
ますます怪しい。
こちらは降伏している。
戦意もないし、そもそも攻撃できる手段もない。
艦長もしくは副官以上の役職の人間が、使者として立つのが通例のはずだ。
アーラジャの使者を乗せた短艇は、旗艦に横付けする。
下ろされた縄ばしごを登り、甲板へと姿を見せた。
「よくこられた使者殿」
最初に迎えたのはライカだった。
マキシア帝国女帝直々の歓待に使者は驚く。
が、それ以上反応することはなかった。
そして淡々とこう述べた。
「我々は使者ではありません」
「なに?」
ドクトルのポーカーフェイスが崩れる。
「あなた方にこれを渡せと命令されてきました」
手の平を向けて渡されたのは、小さな宝石だった。
そこにエルフが使う魔法言語が刻まれている。
「伝聲石ですな」
ゼネクロは摘まんだ宝石を見ながら、目を細めた。
遠くに声を飛ばすことが出来る魔導具の一種だ。
通常2つ作られ、魔力を込めると双方の宝石に声を届けることが可能となる。
使用する魔法石の産出量が少ないことから、かなり高価で、こんなに小さくても小城を建てることが出来るほど価値がある。
ライカも自身の目で見るのは、2度目。
戦場で使われたのを目撃したのは、これが初めてだった。
そんな高価なものを無造作に一兵士に預けることが出来るアーラジャの財力は、やはり底が知れない。
『こちらの声が聞こえますかな』
落ち着いた声が伝聲石から聞こえる。
ライカとゼネクロは思わず身を引く。
代わりに、ドクトルは眉間に皺を寄せ、ほのかに光る石を睨んだ。
「カリヤか……」
『ほう。その声は元首様。お元気そうで重畳重畳』
「誰ですか?」
ライカはドクトルに尋ねる。
「内商大臣だ」
「うちの実質ナンバー3。アーラジャ1の財力を誇る大商人だよ」
国政を担う者が商売をすることは、マキシアでは禁止されている。
一方、アーラジャでは禁止されず、むしろ推奨されていた。
商人の国家らしい慣習だ。
『美しい女性の声が聞こえますが。もしや――』
「はじめまして、カリヤ大臣。私はマキシア帝国第120代女帝ライカ・グランデール・マキシアと申します」
ライカは名を名乗る。
伝聲石から『ほう』と感嘆する声が聞こえた。
『これはこれは、陛下。初めまして。私の名前はカリヤ・マーバラウ。海洋国家アーラジャの内商大臣を務めております。珍しい名前ですが、この内商というのは――』
「詳しいお話は陸でお聞かせください。現在の状況を端的にご報告したいのですが」
『ほう……。いいでしょう』
ライカは簡単に説明した。
港町ダバダで交渉の結果。
商務副大臣ホセ・ブレリンカの身柄を預かっていること。
マキシアが島国連合を追いかけ、ここに追い詰めたこと。
結果、ドクトルが投降したこと。
「以上の理由から、ドクトル元首に抵抗の意志はないと考えます。彼は大いに反省し、出来れば弁明の機会と、情状酌量の余地を」
『なるほど。陛下の慈悲心……。我々アーラジャはいたく感銘を受けました』
「では、まずは貴国の艦艇の砲門を閉じていただきたい。詳細はアーラジャ上陸後に……」
『それは出来ません、陛下』
甲板上に緊張が走る。
事情を聞く前に、カリヤはさらに断言した。
『商売以外のことで回りくどいことは私は嫌いでして、おっと……。単刀直入に申し上げましょう、陛下』
元首と陛下は、ここでご退場いただきたい……。
超鈍足更新ですが、エタらないよう頑張りますm(_ _)m




