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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第45話 ~ この世界を真っ平らにする ~

終章第45話です。

 小高な波が傾きかけた船体を揺らす。

 【太陽の手(バリアル)】の影響はまだあるらしく、大気は安定しない。

 西から吹いたかと思えば、今度は東に向く。

 海風もまた迷っていた。


 そんな状況の中での投降宣言。

 マキシアに降る――という言葉は、荒れ狂う風に乗って甲板上に伝わる。

 いの一番に反論したのは艦長だった。

 手に大曲刀を提げ、今まで奮戦していたようだが、あちこちを斬られ、血まみれになっていた。

 しかし、艦長の声は雄々しく甲板に響き渡る。


「ドクトル、いいのかよ! そんなに簡単に諦めて」


「艦長……」


 ドクトルは振り返る。

 艦長は帽子を取り、ドンと自分の胸を叩いた。


「あんたは泣いている人間を救い、強きをくじく。そんで、この世界を真っ平らにする。すべての人間を平等にするのが、あんたの目的なんだろ」


「それをドクトルは、このお姫様に任せようと考えているんだよ、艦長」


「えっ?」


 パルシアは目元を拭いながら、言葉を代弁する。

 艦長はきょとんとして、黙ってしまった。

 どうやらあまり理解していなかったらしい。

 それでも、野蛮な海の男は反撃する。


「いや、それでもよ。帝国は強いんだぜ。その帝国に降るってのは、なんか違くねぇか?」


 首を傾げる。

 ライカは説得を試みようと前に出る。

 それを遮ったのは、ゼネクロだった。

 まだ傷も癒えない身体を引きずり、艦長の前に老顔をさらす。


「お主、中央海域を荒らし回っていた【野良海猫(ツ・ヴァーリ)】だな」


「海賊なのか、この者たちは!」


 ライカは素っ頓狂な声を上げる。

 対して、艦長は腕を組み、にやりと笑った。


「そうともよ。泣く子も黙る海の【野良海猫(ツ・ヴァーリ)】とは俺様たちのことだ」


 偉そうに宣言する。

 パルシアはやれやれと肩を竦めた。

 ドクトルが進み出る。


「陛下。こいつらは皆、この中央海域を荒らしていた海賊たちだ。(おか)に上がれば、極刑を免れないだろう。だが――」


「わかっている、元首。法的にこやつら裁いたりはせぬ」


「ちょ! 陛下! それはあっさりと返事をなさらぬ方が」


 ゼネクロは慌てた。

 ライカは涼しい顔をし、顎を上げる。


「元首の下についた者たちだ。悪党ばかりというわけではあるまい」


 【野良猫(ツ・ヴァーリ)】のことは、ライカも伝え聞いている。

 弱国から労働力――つまり奴隷を不当に安値で買いたたく悪徳商人の船を襲い、奴隷を解放する海賊がいると。

 実は、こうした商人を取り締まるのは、法律では難しい。

 書類上では、きちんとした商談になっていることが多いからだ。

 そうした法律の抜け穴を利用する商人を叩くのが、【野良海猫(ツ・ヴァーリ)】の信条だった。


「こいつらは義賊と名乗っておりますが、現に我が国の貴族の船が襲われたという報告も上がっておるのです」


「なんだよ、けちくさいこというなよ。ちょっと金銀を摘んだだけだ」


 艦長は伸びた鼻毛を引っ張る。

 挑発的な態度に、ゼネクロは青筋を浮かべたが、ライカは冷静だった。


「一般人を殺したのか?」


「殺しはやらねぇのが、【野良海猫(ツ・ヴァーリ)】の掟だ。――って、俺たちの過去なんてどうでもいい! ここで引き下がったら――」


 話を蒸し返す。

 この艦長もまた、ドクトルと同じく熱い信念の持ち主らしい。

 ライカは微笑する。


 嬉しかったのだ。


 ずっと思っていた。

 女神システムが終わった時、オーバリアントは再び戦乱の時代が訪れると。

 1度停止したものが再び動き出せば、堰を切った川のように氾濫し、人々は戦いを望むのではないか。

 それが国、いや人類の総意なのだと思っていた。


 しかし、結果は違う。

 今――いや、今以上に平穏に暮らせる世の中を望み、立ち上がろうとするものがいる。

 それがたまらなく嬉しかった。


「ならば、こういうのはどうだ、艦長?」


「あん?」


 艦長は眉根を上げる。

 ライカは言った。


「我々が島国連合に参加する」


 ――――ッ!!


 一瞬、時が止まったような気がした。

 皆の顔が強張る。

 迷走する潮風、飛沫を上げる白波すら停止したかと思われた。


「へ、陛下! 何をいってるんですか!!」


 ゼネクロは絶叫する。

 あまりに興奮し、背中から血が噴き出し始めた。


 艦長は呆然とし、パルシアですら口を半開きにしている。

 ドクトルも隻眼を大きく開き、驚いていた。


「別に悪い話ではあるまい。――とはいえ、島国連合にはエジニアが参加している故、簡単なことではないがな。彼の国は我が同盟国であるローレスト三国を侵略している最中なわけだし」


「し、しかし――。大帝国マキシアが島国連合の傘下に入るなど」


「下に入るのではない。仲間になるだけだ。元首とこの艦長のようにな」


「ほ、本当は乗っ取ろうとか思ってんじゃねぇの?」


 艦長は恐る恐る尋ねる。

 すっかり戦意は失せていた。

 逆に理解の範疇外にいるライカが恐ろしく感じ始めていた。


「そんなことは考えていない。ただ自分と同じ考え方のものがいるなら、肩寄せ合うのは、何もおかしいことではないと思うが」


「ふふふ……。あははははははははは……」


 豪快な笑い声が潮風に乗る。

 出所はドクトルだった。

 屈託なく、まるで子供のように笑っていた。


 パルシアは惚ける。

 今まで見たことのないドクトルの姿に、ダークエルフは戸惑っていた。


「歓迎しますよ、陛下」


「「ドクトル!」」


 艦長とパルシアは声を揃えた。

 2人を見て、元首はにやりと笑った。


悪い話ではな(ヽヽヽヽヽヽ)いだろう(ヽヽヽヽ)


「でも、島国連合にはエジニアが参加を。……いや、そもそもさ。陛下は本気なの? 本気で島国連合に参加するつもり?」


 パルシアは確認する。

 ライカはマキシアの象徴たる赤いマントをなびかせ、頷いた。


「本気だ、パルシア。マキシア帝国は島国連合に参加する。そして、そなたらと同じく、戦乱のない平等な世界を作るのだ」


 宣言する。


 そこには何者も否定できない力強さがあった。

 本気だ――ゼネクロは思った。

 ブラーデルが聞けば、ひっくり返っただろう。

 しかし、これがライカの覇道なのだ。


 ――時代が、我らの及びもつかない方へと傾き始めているのか。


 老兵は死なず。ただ消え去るのみ、か……。

 ゼネクロは密かに思う。

 同時に、自分たちが退場する時期が来ていることを、老将は悟った。


「ふは……。はははははは」


 ドクトルと同じく、笑い出したのは艦長だった。


「お姫様が味方かよ。確かにこれは悪い話じゃない。てか、面白すぎんだろ」


「面白いか?」


 ライカは首を傾げる。


「笑い話に決まってるだろ。だが、それがいい。酒の肴になるしな」


「艦長はどっちなんだ?」


「決まってる。賛成だ。これってあれだよな。うちの元首の考えに、あんたが惹かれたってことでいいんだよな。なら、俺たちがマキシアを説得したってことでいいじゃね」


「貴様、どさくさに紛れて我が元首になんという言いぐさだ!」


「爺さん、そうカッカすんなよ。俺たちはもう同志なんだぜ」


 艦長はゼネクロの肩に手を回す。

 挙げ句、他の船員を呼び、酒杯(さかずき)を持ってこいと要望する。

 剛胆な艦長の行動に、さしもの女帝も、呆れずにいられなかった。


「ちょっと艦長くん。それよりも今にも沈みそうな船をなんとかしないとダメでしょうが」


 それを戒めたのは、パルシアだった。

 本来なら、真っ先に加わるはずのダークエルフも、仲間の失態に顔を覆っていた。その横でドクトルが薄く笑っている。

 小さく呟いた。


「昔を思い出すな」


「なんかいった? ドクトル」


「何もいってない」


 ドクトルは首を振る。


 少し昔のことを思い出す。

 生まれ故郷の島を出て、この【野良海猫(ツ・ヴァーリ)】に拾われ、馬鹿騒ぎの毎日だったあの頃を。


「酒を出してやれ。少しぐらいなら残ってるだろ?」


「ちょっと! ドクトル」


「さすが元首! よくわかってんじゃん」


 抗議と賛同が1度に飛んでくる。

 ドクトルは肩を竦めた。


「やるなら、早めの方がいい。陛下の気が変わらないうちにな」


 戦いが終結した甲板が、再び慌ただしくなる。

 供されたのは、酒ではない。

 傷口の化膿を止めるための(アルコール)だった。

 甲板上が潮風とは、別の匂いに満たされていく。


「ちょっときつめの酒だが、酒であることには変わりはねぇ」

「まさか薬で祝杯とはな」

「飲めるものなのか、これは?」

「ちょっとだけでいいよ。全部飲んだら、お腹を壊しちゃう」

「では、杯を――」


 ドクトルが杯を掲げる。


「ここにマキシアの島国連合の参加を認める」


「永久の誓いとなることを」


「そして世界の安寧と平等を……乾ぱ――」



 どぉぉっっっおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおぉ!



 鉄器の杯が打ち鳴らす爽やかな音が、轟音にかき消された。


新作と本業に追われていて、

しばらく連載をお休みさせていただきます。

再開の際には、Twitterや活動報告にてご連絡させていただきます。

今後ともよろしくお願いします。

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