第43話 ~ 喜んで差し出す覚悟が私にはある ~
終章第43話です。
※新作はじめました。詳細は後書きに。
カールズ治世を支えた重要な人物に、3人の名前が挙げられる。
“帝国の黒豹”ロイトロス。
“知猩”ブラーデル。
そして“剛風竜”ゼネクロ。
その中でも、やはり際立つのはロイトロス、ブラーデルであり、帝国国民の中でも、ゼネクロは1歩下がった存在と評価されていた。
一回り他の2人よりも若いということ。
本人も2人を敬っていたこと。
城勤めが旧女神世界からということもあって、本格的な戦争に参加したことがないことも、他より評価を低くする要因だった。
さらにいえば、ロイトロスは「軍事」、ブラーデルは「政治」と棲み分けたものの、今ひとつゼネクロの立場はぼんやりとしており、それも評価の低い一因だった。
ただ彼の2つ名に関していうならば、国民の興味をそそった。
剛風竜……。
そもそも竜という存在自体がオーバリアントでは新しい。
これらは、ラフィーシャ率いる【黒の脅威】が作った異次元のゲートから呼び出されたものだからだ。
その文字が2つ名につく意味。
それは――オーバリアント史上、ゼネクロが初めて竜種を狩ることに成功した人物だからだ。
しかも、相手はオーガラスト。
ライカ、宗一郎が戦った特殊個体ではなかったが、当時において、あれほどの巨大モンスターを倒すことは、至難の業だ。
ゼネクロの人生の始まりは、劣等感からだった。
公爵家の側室の子として産まれ、正室の兄とは何かと比べられた。
剣も知識も上でも、大好きな家を継げないことに、子供ながら心底がっかりさせられた。
それでも、劣等感を力に変え、ゼネクロは努力してきた。
成人になり、家を出て、城勤めをし、ようやくその才能が帝国において頭角を現そうとした時、ゼネクロをうち負かす人物たちがいた。それがロイトロスと、ブラーデルだった。
ロイトロスは武力。ブラーデルは知力。
しかも、カールズとも親しく、恩寵を受けていた。
ゼネクロにとって、これほど面白くない人物たちはいない。
彼らと肩を並べるためには、武勇を上げるしかない。
しかし、モンスターが跋扈し、各国との戦争が極端に少なくなったオーバリアントでは不可能といっていい。
そんな折り、オーガラストの討伐が舞い込んだ。
他の将軍が鼻白む中、唯一手を挙げたのが、ゼネクロだった。
2000の兵を率い、オーガラストに挑んだ。
そして敗北した。
敗因は明白だった。
功を焦り過ぎて、モンスターに対する用兵というものをまるで考えなかったのだ。
口やかましい老将たちは、ゼネクロを責め立てた。
だが、カールズ、ロイトロス、ブラーデルだけは咎めなかった。
初の大型モンスター――未知数が多い中で、ゼネクロは自身と700の兵を生還させたからだ。
後年、ロイトロスは語る。
『自分なら全滅させたかもしれんの』
カールズはゼネクロにもう1度チャンスを与える。
ブラーデルは各部隊から兵をかき集め、ロイトロスはゼネクロとともに、オーガラストに対抗する手段を考えた。
ゼネクロ自身もまた、己を極限にまで鍛え上げた。
この時、ゼネクロが長年かかえていた劣等感は吹き飛ぶ。
ただ自分にチャンスを与えてくれたカールズと、自分のために部隊に頭を下げてくれたブラーデルと、肩を貸してくれたロイトロスに、感謝の念しかなかった。
少し意地悪く言い換えると、この時からゼネクロは、3人に頭が上がらなくなったのである。
ロイトロスとゼネクロが考え出した竜対策は、見事にはまる。
最後は、傷ついたオーガラストと一騎打ちし、討ち取ったのだ。
竜討伐を境に、ゼネクロは一目置かれるようになる。
カールズからの恩寵も受け、長男が病死ししたことによって、正式に公爵位を継承したことも、優位に働いた。
だが、ゼネクロは竜退治の話をひけらかすことを嫌った。
あの勝利は、自分だけものではないという想いが強かったからだ。
故に帝国の中では、あまり知られていない。
その剛風竜の理由を。
後に、ロイトロスとブラーデルは、口を添えていったという。
『もし戦の世に戻ったとしたら、ゼネクロだけは相手にしたくない』
◆◆◆
島国連合の旗艦に乗り込んだゼネクロは、大剣を元首の方に向けた。
乗り込んできたマキシア海兵たちは、甲板上の船員たちに襲いかかる。
最低限の武装をした軽装兵。
手にはショートソード。もう一方には、バックラーを持っている。
最初こそ一進一退の戦いを演じていたが、押され始めたのは、島国連合の方だった。
「こいつら! 海の戦いに慣れてるぞ!!」
艦長はマキシアの刻印が入ったショートソードを捌きつつ、細剣で敵兵の喉を貫く。ホッとしたのも束の間、背後から敵が襲いかかってくる。
息を吐く暇もなかった。
「当然だ」
ゼネクロは誇らしげに口を結ぶ。
島国連合はマキシアが陸の王だと勘違いしているが、決して海兵が弱いというわけではない。
船上での戦いは常に研究を怠らず、軍艦も他国の船を参考にして、独自の開発を続けていた。
快速船の使用を決めたのはライカだが、その運用を提案したのは、実はゼネクロである。それを軍港からかき集めることができたのも、各軍港の配置をすべて頭に入れていたゼネクロの衰えぬ知識力であった。
ライカの側にゼネクロがいなければ、この作戦はそもそも成り立っていなかった。
何より――。
「うおおおおおおおおお!!!!」
“帝国の黒豹”が恐れ、竜を両断したという膂力は、たとえ戦場であっても脅威であった。
島国連合は、思いも寄らぬキシアの猛攻に浮き足立つ。
ドクトル元首を守ろうと、旗艦へと船が殺到していく。
それはマキシア兵も同様だった。
いつしかドクトルが乗る旗艦を中心に船が集まってくる。
船の固まりが出来ると、陸地のような戦場が出来上がっていた。
あちこちで剣戟が繰り広げられる。
硬質な金属音と、耳障りな悲鳴が聞こえてきた。
戦場が煮詰まってくる。
気付けば、ドクトルとパルシア、ライカが接近していた。
ドクトルはポーカーフェイスである一方、この状況にあってダークエルフのパルシアは薄く笑みを浮かべていた。
いや、混沌と混乱こそあの種族の本懐といえる。
むしろ、楽しんでいて当然なのかもしれない。
次々と島国連合の敵兵が倒れていく。
ゼネクロが強すぎるのだ。まるで芝でも刈るように兵をなぎ倒していく。
口から血を流し、絶命する敵兵を見ながら、ライカは眉根を寄せた。
「人が死ぬのは苦手か、陛下」
唐突にドクトルは口にする。
ライカは顔を上げた。
「好みだとぬかすものなど、元首の横にいる女ぐらいであろう」
「むぅ……。失礼だな、陛下は。ダークエルフすべてが、母さんや叔母さんみたいな性格だと思ったら大間違いなんだからね」
頬を膨らませ、長い耳を真っ青にして怒り狂う。
しかし、ライカともドクトルもそんなダークエルフの態度をたしなめることもなく、両者は睨み合う。
ドクトルは続けた。
「俺の父は、俺が物心を付く前に死んだ」
「……!」
「異国生まれの母は、村からつまみ出され、それでも懸命に1人で俺を育て、最後には薬も食べ物も満足に与えられず、俺を残して死んだ」
「それが若くして、一国の元首にまで上り詰めた理由だというのか?」
「2人とも掟などというくだらないもので死んだ。故に、俺はこの世界にある掟、法律、摂理、システムすべてを恨む」
「待て! それは人間同士が生きていくために必要なものすら――」
「破壊する!」
ドクトルは拳を強く握る。
彼には力がある。
【太陽の手】という兵器が。
そして元首は躊躇わない。
例え、世界のすべてを焼き尽くそうとも、ドクトルは【太陽の手】を使い続ける。
彼を止めることが出来るのは、同じく【太陽の手】を持つ者だけだ。掟や法律、摂理、システム――そんな曖昧なものより、はっきりとした武力で、ドクトルはオーバリアントを変えようとしてた。
愚かな……。
両親を失った悲しみには同情できる。
ライカもまた、父母を亡くしているからだ。
しかし、それでもドクトルほど歪つに曲がらなかった。
それはおそらく側にいるゼネクロや、帝都にいる家臣のおかげだろう。
ドクトルがこう歪んでいるのは、まさに側にいた者の影響なのかもしれない。
ライカは睨む。
ドクトルの隣にいるエルフを。
パルシアは肩を竦めた。
「ぼくがかどわかしたとか思ってるなら、およそ見当違いだよ、陛下。ドクトルは初めからこうだった。そしてそれは今も変わらない。歪にねじ曲がりつつも、その信念を貫いてきている。ぼくは、そんな彼に寄り添い、見ていただけだよ」
「手を貸したことは事実だろう」
「否定はしないよ。でも、ドクトルとぼくは、決してアフィーシャとマトーとの関係じゃない」
「だったらなんなんだ?」
「簡単だよ。夫婦さ。それ以外なんでもない」
「世迷い言を」
大剣を構え、ゼネクロがライカの前に立つ。
気付けば、剣戟の音がなくなっていた。
周りには島国連合、マキシアの海兵たちの死体が入り乱れている。
だが、勝ったのはマキシアの方らしい。
「終わりだ、そなたらは。投降しろ」
「終わりではない。目の前に女帝がいるのだ。倒してしまえば、どうとでも転ぶだろう」
ドクトルは魔導具を掲げる。
ライカも、ゼネクロも見慣れた魔導具に、一瞬動きが止まった。
すかさずドクトルはスイッチを押し込む。
船体の後ろの方が突如、爆発した。
「なにぃ!」
ゼネクロは慌てて、ライカに覆い被さる。
飛来した木片から、君主を守った。
「ぐふっ!」
「ゼネクロ!」
「心配召さるな、陛下。かすり傷です」
ゼネクロの背中から脇を伝い、鮮血が落ちてくる。
下になったライカの頬を濡らした。
その脇の隙間から、鈍色の刃物が見える。
「ゼネクロ、すまん!」
ライカは老将の腹を蹴り上げる。
突き飛ばすと、すぐさま剣を拾い、ナイフを受け止めた。
目の前には、歯を食いしばり力を込めるドクトルの姿があった。
「そこまでして私の命がほしいか、ドクトル・ケセ・アーラジャ」
「お前こそ、俺の命が必要なのだろう?」
「欲しくないといえば、偽善に聞こえるだろうな」
ドクトルを突き飛ばす。
女子といえど、ライカはこれまで幾多の修羅場をくぐり抜けてきた。
ステータスシステムがなくなった今でも、男に引けを取るつもりなかった。
ライカは細剣を斜に構える。
「だが、私は手を取り合いたいと思っている」
「血迷ったか、女帝」
「私は正気だ、元首。私もまたこの世界を変えたい。そのためにマキシアの滅亡を望むなら、喜んで差し出す覚悟が私にはある」
やおら剣を突き立てる。
そして、先ほどまで柄を持っていた手を、差し出すのだった。
新作はじめました。
『最強勇者となった娘に強化された平凡なおっさんは、伝説の道を歩み始める。』という作品です。
下記、リンクから飛べますので、
まだ1万文字程度なので、さらっと読めます。
是非是非読んで下さいね!




