第42話 ~ 私は名君の誕生に立ち会っているのかもしれない ~
終章第42話です。
よろしくお願いします。
甲板上に緊張が走る。
ある者は固唾を飲み、ある者は奥歯を噛み、ある者は薄笑を浮かべた。
帝国を象徴する深紅の旗。
マキシアの国章とともにはためいていた。
9隻の艦影が続々と水平線の向こうから現れる。
まだ【太陽の手】の影響が残る荒波の中を、島国連合艦隊に向かって突き進んでいた。
「おいおい! なんの冗談だ、こりゃ!」
艦長は思わず帽子に手を置いた。
残念ながら、冗談について説明できる人間はいない。
当初からマキシアとの距離はまだかなり開いていた。
加えて、マキシア艦隊の練度は低い。
なぜなら、この60年間、目立った戦はしていないからだ。
あまり訓練していないのは船の動きだしを見て、すぐにわかった。
【太陽の手】を使って、一時的に停泊していたとはいえ、すぐに追いつけるはずがない。
いや、そもそも練度以前におかしい。
こちらに向かってくるスピードは、軍艦とは思えない
マキシアは最新式の船でも開発したとしか考えられなかった。
艦長とともに敵艦の様子をうかがっていたドクトルはあることに気づく。
同じくして、パルシアも白い歯を見せた。
「思い切ったな、マキシアのお姫様は」
「ライカちゃんらしいね」
同時に感心する。
答えを知りたかった艦長は質問した。
すると、敵艦の側面を指さす。
はじめは気づかなかったが、艦長もようやく側面の異様さに気づいた。
砲門がどこにもないのだ。
「軍艦じゃない?」
よく見ると、普通の帆船よりも一回り小さい。
対して、帆は船体のバランスがとれるぎりぎりまで大きくしている。
それはいわば、スピード重視の船。
快速船だった。
「なるほどね」
パルシアは口角をあげた。
マキシアの海軍は、島国連合やアーラジャとは違って、さほど高い練度を持つわけではない。
なのに、出遅れたにもかかわらず、アーラジャ沖で追いつくことはできたのは、船乗りの腕よりも、スピード重視の船のおかげだったのだ。
「してやられたね」
本来であれば、最初の邂逅で気づくべきだった。
アーラジャの砲撃でそれどころではなかったのもあるが、完全にぬかった。
しかも、ライカは【太陽の手】を予測していたらしい。
真っ直ぐ追撃していれば、アーラジャ艦隊とともに吹き飛んでいたはずだ。それをわざわざライカは、艦隊を平行に進ませ、かつ水平線のギリギリのところで潜んでいた。
故に、【太陽の手】の影響は皆無ではなかっただろうが、追いつくことができたのだ。
つくづく……。
つくづく、思い知らされる。
マキシア帝国女帝ライカ・グランデール・マキシアを。
「どうしますか?」
「落ち着け、艦長。あれほどのスピードだ。船体自体を軽くするため、強度が弱いはず。1発、ぶち込めば大破できる」
「その前に、追いつかれませんか?」
「白兵戦がお望みというなら、応えてやればいいだけだろ」
ドクトルは艦長が腰に差していたナイフを引き抜く。
薄暗い瞳と同じく、鈍く刃を光らせた。
へっ、と艦長は笑う。
確かに望むところだった。
◇◇◇◇◇
「追いついたぞ、ゼネクロ!
颯爽と船首に立ち、潮水を浴びながら、ライカは口端を緩める。
美しい金髪は海水でびしょ濡れだ。
だが、紺碧の瞳は子供のように輝いている。
女帝の嬉々とした様子を見ながら、ライカが10代の女の子であることを再確認した。
若さ故か。
ライカが立てた作戦は、当初から無謀だった。
帝国内の軍港および港湾から快速船だけをかき集め、ともかく島国連合に追いつくことだけに先鋭化した作戦。
砲門は一門もなく、当然装甲も薄い。
しかも、【太陽の手】で荒れた海を、躊躇なく進めと命じた度量は、亡き先代も驚いたことだろう。
しかし、無謀な一方、女帝は【太陽の手】の使用を予測してみせた。
先々代クフが持っていた勇猛さと、カリスマ性。
先代が持っていた冷静な分析力と、融和性。
ライカはその4つを兼ね備えていた。
バランス良くだ。
最初からライカはこうではなかった。
少し前の彼女は、まだ無謀が売りなだけの姫騎士だったはずだ。
そんな女帝は変えたのは、マキシアの国主としての覚悟も往々にしてあるだろう。しかし、勇者杉井宗一郎の影響によるところが大きい。
「私は名君の誕生に立ち会っているのかもしれない」
「何かいったか、ゼネクロ」
心の中でつぶやくべきだった言葉を口にしてしまう。
ゼネクロは頬を叩いた。
気が抜けている。
今は戦闘中だ。
ぼけるのは、墓場に入ってからだと、戒めた。
「なんでもございません。陛下、このままでよろしいですか」
一時的に停泊していた島国連合艦隊が抜錨する。
すぐに風を捕まえ、円運動を始めた。
練度が高いことは人目見ればわかる。
側面を向け、砲身を向けようとしていた。
明らかに砲撃戦の構えだ。
ライカはそれを見て。
「全速力」
とだけ答えた。
ゼネクロは身震いする。
腰に差した剣を引き上げ、甲板で待機する海兵に向かって叫んだ。
「白兵戦用意!!」
甲板がビリビリと震えるほどの声だった。
やがて砲撃が始まる。
引きつけての攻撃。
9隻の艦隊が砲火を食らう。うち2隻が轟沈。もはや無傷の艦隊を見つける方が難しい戦況だった。
自分が乗る軍艦の帆柱が折れても、ライカはそれでも進むことを命じた。
「はっ! ブレーキの必要がなくなったわ!」
ゼネクロも興奮気味に息を吐く。
そのまま1隻の軍艦の側面に突っ込んだ。
木の片がはじけ飛び、船体が悲鳴を上げた。
完全に島国連合の艦艇の横に食い込む。
鯨の腹に食い込んだ鯱を思わせた。
颯爽と敵艦に飛び込んでいったのは、ライカだった。
遅いかかってきた船員の胸を、一瞬にして貫く。
絶命の瞬間を確認する前に目を切り、視界に移った蓬髪と黒い肌の女を睨め付けた。
向こうもライカを認めると、体を正面に向ける。
マキシア女帝は愛剣を掲げた。
「思ったよりも早い再会だな、元首」
「ああ……。歓迎するぞ、陛下。あいにく茶は出せないがな」
「期待はしていない。さて、問おう。元首。降伏する気はあるか?」
大胆な発言だった。
マキシアに乗艦していた白兵は、すべて合わせても700余名。
対して島国連合は、全艦併せて1500名。
倍の兵力だ。
勇敢に白兵戦を望んだライカではあるが、彼我兵力を見て危機的状況にあるのは、マキシア帝国の方だった。
女帝に全くたじろぐ様子はない。
覇気は増すばかりだ。
「断る」
島国連合の代表もまた鼻で笑うことも、鼻白むこともなかった。
乗艦してきた女帝を真っ直ぐに見つめ、同じく覇気を放つ。
2つの気は混じり合うことはない。
竜虎の争いのように、お互いの間にある空気を弾いた。
「やれ! マキシアの地虫どもを蹴散らしてやれ!」
艦長の声が合図だった。
船員たちが乗り込んできた女帝とマキシア兵に襲いかかる。
割って入ったのは、深紅のマント。
将軍級が付けることが許される――マキシアの国章が入った外套がはためいた。
ふっうんんんんっっっっっ!!
気合いとともに剣閃が甲板上で閃く。
ライカたちを囲むように襲いかかってきた船員たちを吹き飛ばした。
続いて、金属音が響く。
竜首を一刀できそうな大剣を担いだ音だった。
「“剛風竜”のゼネクロか」
ドクトルは呟く。
「懐かしいですな。まさか、その2つ名を知るものがいるとは」
鎧に身を包んだ老将がニヤリと笑う。
軽く大剣で空を薙ぐと、それだけで甲板を風が滑っていく。
否応なく死を予感させた。
本年の更新はこれにて終わりです。
来年も引き続き更新してまいりますので、よろしくお願いします。
良いお年を!




