第41話 ~ いつも海で災難に遭うな ~
終章第41話です。
よろしくお願いします。
ひゅるるるるるる……。
ドクトルが乗る艦船の横を艦砲が横切っていく。
側で着水すると、鋭く水柱が立ちのぼった。
殿――つまり、艦隊の最後尾に位置し、敵を牽制する役目を負った旗艦は、アーラジャの艦隊の猛追を受けていた。
向こうは最新型の軍艦。
船首には一門の砲身がついている。
これにより、追撃しながらの砲撃戦を可能にしていた。
予想外の猛追と艦砲。
船員たちは慌て気味だったが、司令官ドクトル・ケセ・アーラジャは違う。
冷静に、自分が考案した艦首砲を分析していた。
「艦首砲は失敗だったな」
小さく息を吐く。
珍しい。ため息だった。
艦砲は船側に付けるのが、オーバリアントの軍艦の主流だ。
陸上で大砲を撃つ時、止まって、多数の砲身で集束砲撃をすることが頭の中にあるからだ。
だが、艦船からの砲撃は、船体は動いているが、砲門自体は静止状態にある。
加えて、船を増やせば、集束攻撃も可能となるため、航行状態での攻撃も可能とドクトルは考えた。
その最たるものが、追撃しながらも攻撃を可能とした艦首砲だったのだが……。
「命中率が悪すぎる……」
表情にこそ出さなかったが、ドクトルは嘆く。
波が穏やかな時であれば、効果を発揮できたかもしれない。
しかし、現状の天候はやや時化。
波の影響を受けて、艦砲が明後日の方へと飛んでいってしまう。
加えて、本来の軍艦よりも1門多く積むことになり、船体が重く、追撃戦が不向きなことを露呈していた。
現に、島国連合とアーラジャの距離は、縮まるどころか離されている。
「ぼくは忠告したよ、ドクトル。あまり意味ないって」
パルシアは肩を竦めた。
彼女だけが艦首砲を取り付けた軍艦に反対していた。
失敗すると、ダークエルフにはわかっていたのだ。
ドクトルはポジティブだった。
「砲門の数を極端に少なくし、追撃に特化した高速船を作ればいい。それなら、艦首砲の失敗も帳消しになるだろう」
そもそもドクトルは軍艦の大型化には反対だった。
小回りの利く快速船を多く作った方が、海戦では有利になると考えていた。
「今、それを議論しても仕方ないでしょ、ご両人」
ドクトルとパルシアの後ろに控えた船長が、息を吐く。
後ろのアーラジャ艦隊との距離を測った。
「かなり離しましたよ。そろそろ仕掛けますか」
「マキシアの艦隊は?」
「見えませんね。水平線の向こうです。アーラジャの艦隊と先に合流するつもりなんじゃないでしょうか?」
判断としては正しい。
マキシアの艦隊は、島国連合よりも少ない。
さらに言えば、海での練度もこちらが上だ。
すでにアーラジャと通じているなら、向こうの艦隊と合流するのが定石だろう。
「あのお姫様の判断としては、少々大人しい気もするがな」
「何かいった、ドクトル」
パルシアは尋ねるが、元首の口から答えは返ってこなかった。
代わりに艦長に命令する。
「艦長、用意だ」
「アイサー」
指笛を鳴らす。
船体の奥からゴテゴテとした小さな馬車のようなものが出てきた。
それはマキシア帝国女帝ライカが、チヌマ山脈で見たものと同じものだった。
つまりは【太陽の手】だ。
「海中に投下しろ」
「海水に入れて大丈夫なんですかい?」
「【太陽の手】のエネルギーは火じゃない。純粋な魔力の塊なのさ。問題はないよ」
パルシアが説明する。
あまりピンとこなかったようだが、艦長は顎を振って、船員に命じた。
おそらくこの世でもっとも大きな魔導具を、水中に突き落とす。
「よし! 全艦全速! 巻き込まれるぞ!」
信号旗が揚がると、さらに艦隊の速力が上がる。
「艦長、【太陽の手】を使う前に――」
「わかってますよ。帆を畳むんでしょ。すでに通知はしてます」
「よろしく頼む」
「アイサー」
艦長は敬礼し、部下に指示を出しに甲板の上を走り出す。
ドクトルは見送った後、懐から魔導具を獲りだした。
硯ほどの大きさの魔導具には、釦のようなものがついていた。
それをパルシアに差し出す。
「タイミングはお前に任せる」
「いいの、ドクトル。それとも【太陽の手】を撃つのが怖くなったとか?」
「違う。こういうタイミングは、お前の方が得意だろ?」
ふーん、とパルシアは口端を緩める。
嘲弄とした表情ではあったが、魔導具を受け取った。
艦尾へと歩いていき、後ろから追っかけてくるアーラジャ艦隊を見つめる。
すでに砲撃は中止し、スピードを上げたようだが、こちらとの距離は広がる一方だ。
先頭の艦船がもうすぐ【太陽の手】を落とした海上を航行していく。
「艦長!」
パルシアが振り返る。
すべてを理解し、艦長は声を張り上げた。
「アイサー。全艦停止! 帆を畳み、錨を降ろせ!」
船員の動きが一際慌ただしくなる。
練度の高い船乗りたちは、確実に仕事をクリアしていった。
アーラジャ艦隊はそれを見て、さらに速度を上げる。
すでに先頭の軍艦は、【太陽の手】を投下した海面を抜け、迫ってきていた。
「姐さん!! 行けます」
艦長は叫ぶ。
パルシアは頷いた。
「【太陽の手】発射!!」
釦を押し込む。
瞬間、アーラジャ艦隊の真下の海面が白く濁る。
全船員が目撃した時、海面は巨大な凸レンズのように盛り上がった。
一気に空へと向かうと、弾ける。
何千匹もの竜が一斉に鳴き叫んだような音が炸裂した。
見たこともないような水の柱が現れる。
大きな波が口を開け、味方艦、敵艦問わず飲み込んだ。
「全員、手近なものに掴まれ。飲み込まれるな!」
艦長の声が歪に震えた空気の中で掻き消える。
船員は近くにあるロープや柱にしがみついた。
ドクトルは波で流されそうになったパルシアを助ける。
直後、船が大きく傾いた。
甲板を滑りながら落ちていくと、間一髪のところで欄干を掴まえる。
「ありがとう、ドクトル。君はいつもぼくを助けてくれるね」
難事の中で、パルシアは笑みを浮かべる。
ドクトルは特に誇ることもなく、飄々としていた。
ただ一言――。
「お前といると、いつも海で災難に遭うな」
「な! まるであの時遭難したのは、ぼくのせいみたいな言い方じゃないか」
「事実だろ?」
「むぅ……」
パルシアは頬を膨らませる。
波が幾度も押し寄せているのに、元首とダークエルフはイチャついているようにしか見えなかった。
やがて、波が落ち着き始める。
それでも船体は大きく揺れていたが、立てないほどではなかった。
ドクトルとパルシアは船尾へと向かう。
アーラジャ艦隊の様子を見た。
浮かんでいたのは、粉々になった木の破片だった。
追いかけていた艦隊は藻屑と消えている。
とはいえ、いくつかの艦船は残っていたが、かろうじて竜骨が残る程度で、帆を張っていた柱は折れ、ただ海に浮かんでいるだけだった。
まるで幽霊船のように見えて、不気味だ。
「すご……」
パルシアは思わず口にする。
ドクトルも同感だった。
何度も見ても、恐ろしい光景だ。
これでも、海中で炸裂させたため、かなり威力が弱くなっている。
それでも10隻近くいた艦隊が、ほとんど飲み込まれてしまった。
「艦長、こっちの損害は?」
ドクトルは踵を返す。
艦長は濡れた船帽を被り直した。
「いくつかの船体の横に穴が開いた程度です。航行は可能。何人かが波にさらわれちまいましたが」
ドクトルは相変わらず表情を変えない。
その揺るぎない感情こそ、彼が犠牲になった船員に対する哀悼の気持ちだった。
ここで涙ながらに船員の命を惜しむより、大義をなすことの方が、彼らの手向けになると、ドクトルは信じて疑わなかった。
「わかった。落ち着いたら――」
「北から船影――!!」
船檣に上った見張りが叫んだ。
元首のポーカーフェイスが崩れる。
側にいたパルシアもまた、息を飲んだ。
艦長と共に、欄干へと殺到する。
北の方を見つめた。
水平線から旗が揚がっていくのが見える。
マキシア帝国の赤い戦旗がはためいていた。
クリスマス前だからっていちゃつくなよ!!




