外伝 ~ その現代魔術師、異世界で温泉宿を経営する ~ ①
今日から新たな外伝のお話です。
ちょっと長い話になりますが、よろしくお付き合い下さい。
「そろそろ路銀が尽きてきたな」
ライカからもらった(正確には帝国からの補助金)ゴールドを見ながら、宗一郎は歩いていた。
このところマルルガントに毎日通っているのだが、今日は休館日らしい。
マフィは「…………(帝都を案内してやる)」というのだが、半ば強引にお断りをした。休みの日まで、ツンデレ無口幼女の相手はさすがに御免被りたい。
学ぶ内容に文句はないが、いちいち「…………」に対応しなければならないのが、辛い。しかも「…………」を読み違えれば、何故かこっちの責任になるのだ。
まともに教育してほしいと、教え子は嘆いていた。
図書館で借りた本でも読んで過ごそうと思ったが、持ち出せる本には制限がある。それは司書長と仲がいい宗一郎とて例外ではない。それに幼女司書長は、「優遇」とか「特別扱い」とか「親の七光り」みたいなことが嫌いらしい。
その考えには同調するが、少しぐらいなら気を利かせてほしいものだ、とさすがにこの時ばかりは思った。
結局、午前のうちに本を読み終えてしまった宗一郎は、帝都をぶらぶらと歩いていたが、特に目新しいものはない。行きと帰りに寄り道をして、この辺りのことは店主の性格から、果物がいつの時間安いかということまで知っている。
路銀の無心がてら、久々に城に顔を出すか……。
実は、宗一郎はマルルガント近くの安宿に寝泊まりしている。
移動が楽だからだ。
それに城の豪勢な客間に泊まり、食客というのもあまり居心地のいいものではない。
フルフルなら「城のベッドで寝るのは無料ッスよ」などとゲーム脳を持ち出してきそうだが、そこまで図々しくなれなかった。
といっても、路銀の無心をしていては、食客とさほど変わらないのだが……。
ばふ……。
不意にも後ろから押された。
つんのめりそうになった体勢をなんとか整える。
「ごめんよ!」
少年と少女が手を振って、駆けていった。
追いかけっこでもしているのだろうか。何か急いでいる様子だった。
異世界の子供も、現代と変わらないぐらい元気だ。
すぐ頭を切り換え、宗一郎は今後どうするかを考える。
「……?」
ふと――というより、“やっと”気付く。
腰に手を当て、はたまたスーツのポケットに手を入れた。
しかし――――。
「ない!」
通りのど真ん中で、宗一郎は呆然と立ち竦んだ。
少年の名前はカカといい、4個下の妹はヤーヤという。
2人は先ほど通りで、変な格好をした男から路銀袋をスリ取った。
かなり距離を置いたところで路地に入り、袋の中身を確認する。
「あれ? 思ったより少ないなあ」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
まだ7歳のヤーヤは心配そうに見つめる。
「心配するな。今まで渡したお金もあるから。今度こそ父ちゃんと母ちゃんを生き返らせてくれるって」
兄の頼もしい言葉に、ヤーヤは顔を輝かせて「うん」と頷いた。
「よし! 早速、例の教会に行こう!」
兄妹は手をつなぎ、走り出す。
その2人の後ろに、黒い影があるとも知らずに……。
2人がやってきた教会は、あちこち外壁が崩れてほぼ廃墟となっていた。
屋根は抜け、カラスのような黒い鳥がガアガアと鳴き、中をのぞき込んでいる。礼拝堂の椅子には砂と埃がのり、金目のものを漁ったと思われる跡が残されていた。
その中で、昼間から酒臭いにおいを漂わせているのが、教会の神父だった。黒い髪はざんばらで、頬はこけ、目は落ちくぼんでいた。
酒瓶を逆さに振って、滴を絞り出していると、不意に声がかかった。
「神父様。ゴールド持ってきたよ」
驚いて、寝転んでいた机から落っこちた。
酒瓶が鋭い音を立てて割れる。
「いきなり声をかけるな!」
机に手を掛け立ち上がると、大声で抗議する。
だが、すぐに子供が持っていた袋を見て、ニヤリと笑った。
「おお! カカとヤーヤじゃないか……」
急に態度を変え、手を広げて2人を迎えた。
「ゴールドを持ってきたよ。これで父ちゃんと母ちゃんを生き返らせて」
「おお! おお! なんと殊勝な心がけだろう。きっと神は君たち兄妹に救いを差し伸べるだろう」
「ホント! 父ちゃんと母ちゃん、生き返る?」
「むろん、中身次第だけどね」
子供の手から、路銀袋をひったくる。
中身を見た途端、神父の顔が醜悪に歪んだ。
「チッ! これっぽっちか!」
吐き捨てる。
しかしカカとヤーヤはしつこく両親が蘇る事が出来るのか、と尋ねてくる。
2人に向き直った神父の顔は、優しい神父様の顔に戻った。
「残念だけど、カカ、ヤーヤ。……これではまだ両親を生き返らせることはできないねぇ」
「そんな……」
「パパとママ、生き返らないの?」
ヤーヤの顔は今にも泣き出しそうになっている。
そんな妹に、神父はややべたついた笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ、ヤーヤ。天は迷える子羊たちを見捨てたりはしない」
「また……。人からお金をスってこいって言うの? もうやだよ。あんなこと!」
カカは辛抱たまらず叫んだ。
神父は努めて穏やかに首を振った。
「カカ、ヤーヤ。そんなことをしなくてもいいんだ。少し神に君たちの身体を差し出せば、きっと神は君たちを助けてくれる」
「僕たちの身体を差し出す?」
その時、黒い影が教会の中に伸びてきた。
「そいつらが商品か?」
入ってきたのは、中年の男だった。
禿頭に、大きなお腹。如何にも裏取引をしてそうなあくどいタイプの商人だった。
側には用心棒だろう。細身に黒装束の男が付き従っている。
「ああ。よく来てくださいました」
神父は揉み手で商人を迎えた。
そんな神父には目もくれず、商人は2人の兄妹に近づいていく。
カカはヤーヤを背にして、後ずさる。
壁際まで追い詰められると、カカの頬をひっぱたいた。
あっさりと床に倒れるカカ。
怖くてヤーヤは立ち竦み、スカートの下からお小水が漏れる。
そんな少女の顎を乱暴に掴み、値踏みした。
「健康状態はまあまあか……」と振り返り。「傷物にしてないだろうな?」
神父を睨み付ける。
顔面を青くしながら、神父は「もちろんですよ」とペコペコと頭を下げた。
「よし。もらおう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げた。
その時だった。
「まったく……。わかりやすい悪役っぷりだな」
皆の視線が一斉に教会の入口に向かった。
倒れていたカカが身体を起こし、声が聞こえた方向を見つめる。
「あ、あの時の!」
と指さした
「財布を探して追いかけてみれば、こんな三文芝居を見ることになるとは。現代も異世界も変わらぬな」
現代最強魔術師こと杉井宗一郎が立っていた。
次話は18時になります。
よろしくお願いします。