第40話 ~ あんたの国だぜ! ~
終章第40話です。
よろしくお願いします。
オーバリアントで使われる大砲もまた、火薬を使う。
違うの点火の方法だ。
直接、火を使うことは木造の船の上では使えない。当初は、火打ち式などを採用していたが、最近は火精霊を入れた密閉式の鉄瓶を使う。
焼け石のように熱くなった瓶を導火線に当て、着火するのだ。
火を直接当てるよりも、発火時間がかかるが、確実にかつ安全に使用することができる。
あとは宗一郎がいた世界――その昔と変わらない。
乳児ほどの重さの鉄球が、水平線近くまで吹っ飛び、木造の船体を貫く。
艦砲が恐ろしいのは、弾そのものではない。
はじけ飛んだ木片やあるいは船上の物資が、人間に襲いかかる。
弾丸が弾いたそれらは、易々人間を貫いた。
「被害は!」
船帽を抑えながら、艦長は叫ぶ。
船員からの「全艦無傷です」という言葉に、一瞬安堵する。
だが、1撃目はお試しのようなものだ。当たればラッキー。
仰角と方向を変え、2発目は必ず当ててくる。
「応戦しろ!! 砲撃戦、よう――」
「待て! 艦長!!」
艦長の言葉を遮ったのは、ドクトルだった。
「なんでだよ、ドクトル」
慌てているのか、艦長はつい尊称を使わず反論した。
アーラジャの艦隊が砲撃してきた。
勘違いでなければ、これは国の元首に対する明らかな反逆だ。
確認を取る必要はあるが、旗を揚げて意志を確認する時間はない。
直撃を受ければ、いくら軍艦とて沈む。
逆方向からはマキシアの艦隊が向かってきていた。
攻撃には船体の向きを変えなければいけないため、すぐには攻撃できない。その間に、アーラジャの軍艦を落とさなければならない。
難行ではあるが、練度では負けていない。
艦数はこちらが19。向こうは見える限り8だ。
倍以上の戦力差ならば、やれる自信があった。
「そのままアーラジャに進め」
「白兵戦をやるんですか!?」
なら望むところだ。
近づく間に1、2発撃たれるかもしれないが、数ではこっちが有利。
それに船首を向ければ、艦砲の命中率も下がる。
案としては悪くない。
だが、ドクトルの考えは違った。
「そのまま速度を落とさず、南へ転進しろ」
「南って……。ちょ……おま! 逃げるのかよ!」
元首に向かって激昂する。
その怒気もドクトルには通じなかった。
冷たい顔を洋上に向ける。
「ドクトル、大人になったねぇ」
感心したのはパルシアだった。
いーこいーこ、と元首の蓬髪頭を撫でようとするが、ドクトルは手で払う。
「今、アーラジャと戦うのはまずい」
「けど、あんたの国だぜ!」
「そうだ。だから、余計に砲を向けるわけにはいかない」
意志の籠もった瞳を見て、憤怒していた艦長もようやく冷める。
それ以上、反論はしなかったが、船員に指示を出すこともなかった。
船はそのままアーラジャの方へと向かって進んでいく。
艦砲――2撃目が撃ち込まれる。
思っていたよりも早い。
原因はわかっていた。
アーラジャは領土こそ小さいが、その財力はマキシアといった大国に引けを取らない。言うまでもなく、金持ちの国だ。
その軍艦は、己を誇示するかのように最新のものをそろえている。
とりわけ、乗り込んでいる船員の質が高い。
砲撃要員のほとんどが、実はエルフ。
そのため導火線の着火も、エルフの魔法によって行われていた。
余談であるが、そのほとんどが高給な奴隷である。
距離も近づいたことにより、次々とドクトルの艦隊は爆砕していく。
「被害は!」
船檣の船員に向かって、船長は尋ねる。
「航行不能1。大破2。小破4です」
「チッ」
艦長は舌打ちしたが、まだ幸運な数字だ。
船首を艦砲に向けていたのが良かったのだろう。
相手が3弾目の準備をしている今がチャンスだ。
「全艦、南に舵を切れ!」
慌ただしく信号旗を上げる。
荒くれ者の集団でも、アーラジャの正規船員よりも海に精通する彼らの仕事は早い。見事、風を捕まえるとほぼ速度を落とすことなく、南へと転進する。
アーラジャの艦隊は読み切れなかったのだろう。
慌てて、砲身を引っ込めると、帆を広げる準備に入った。
1拍――いや、4拍ぐらい遅れて船を動かすが、ドクトル艦隊との距離は開く一方だ。
ともかく、ひとまず安心だろう。
ドクトルは慌てふためくアーラジャの艦隊を見ることなく、思索にふけっていた。
勘違いなどで、アーラジャの艦隊は動かせない。
ドクトルを撃ったのは間違いなく大商人たちの意志だ。
だが、問題は――。
「問題は、どこでホセのことを知ったのか、だね」
パルシアは若き元首の横に立つ。
ドクトルは黙って頷いた。
島国連合艦隊は最速でアーラジャにやってきた。
マキシアからホセの現状について伝えられたという可能性は低い。
ならば考えられるのは、すでにドクトルがアーラジャを旅立った時からシナリオが決まっていたということだ。
ドクトルからみればお粗末な話だ。
最初から敵対を選ぶなら、マキシアの艦隊と協議した上で、もっといいタイミングを選ぶべきだろう。
挟撃されてピンチではあったが、マキシアとの距離がまだ遠すぎた。現にこうして、ドクトルは最小の被害で切り抜けることができている。
もっと引きつけ、同時に攻撃されていれば、今頃海の藻屑になっていたかもしれない。
「マキシアはアーラジャの裏切りを知っていたのか?」
ドクトルはぽつりと呟く。
パルシアも同じ事を考えていたらしい。
元首の横で深く頷いた。
マキシアとの協定が出来ているならば、艦隊戦などせずに、ドクトルをアーラジャを招き入れ、そこで毒を盛るなり、惨殺するなりの方がよっぽど効率がいいはずだ。
少なくともドクトルが大商人たちの立場ならそうした。
単に元首に手をかけることを嫌ったのか。
はたまた頭が回らなかったのか。
当人たちに聞いてみなければわからないが、今は逃げるしかない。
アーラジャは取られたが、まだこっちには艦隊と【太陽の手】があるのだから。
つとドクトルはある考えが思い浮かぶ。
「艦長、この旗艦を殿にするぞ」
「……。何を企んでるんですか?」
艦長は反論しなかった。
そんな無謀を、ドクトルが考えもなしに提案するわけがないと思ったからだ。
ドクトルは表情を変えず、こういった。
「このままやられっぱなしは嫌だろ?」
その言葉に、艦長は若き総司令官の代わりに口元を歪めた。
◇◇◇◇◇
「やはりアーラジャの軍艦のようです」
船員からもたらされる報告に、マキシア帝国女帝ライカ・グランデール・マキシアは、ぐっと顎を引いた。
鞘に入った愛剣を甲板に突き立て、アーラジャ沖の戦況を見守っている。
ゼネクロは側に近づく。
海は苦手なのか、やや顔色が優れなかった。
「仲間割れでしょうか?」
可能性は高い。
まだマキシアからアーラジャに対して、ホセの身柄を預かっている旨を伝えられたという報告はまだないが、商人なら独自の情報網から聞いたかもしれない。
しかし、それでも伝わるのが早すぎる。
ホセは伝書鳥を使って情報のやりとりしていたようだが、そのすべてがドクトルに握り潰されていたことはわかっていた。
マキシアからも人を使って知らせてはいるが、海路は島国連合が抑えているため、情報の通達は困難を極めた。
結局、ライカが率いるマキシア海軍が、1番速かったのだが、どういうわけかドクトルたちはアーラジャの軍艦から攻撃を受けているというわけだ。
「島国連合の艦が速度を上げました。真っ直ぐアーラジャの方に向かっています」
「砲身が向けられている方にか」
見張りの報告を聞き、ゼネクロは顎を開いて、呆気に取られた。
逆にライカは微笑む。
「おそらく速度を落とさず、南か北に舵を向けるつもりだろう」
「逃げる――ですか?」
ゼネクロの印象としては、ドクトルは血気に滾る若い元首だ。
逃げるという選択は、意外なように思えた。
ライカはその性格を否定する。
「元首はそんな猪武者ではないよ。言ったであろう。宗一郎と似ていると」
「陛下は、その……随分とあの若造を買っているようですが」
「まあな。実力はあると思う。あの若さで、小国同士の連合を成立させたのだ。政治的な手腕は、私よりも数段上だろ」
「そういうことを気にしているわけではなく……。よもや、あの若造に好意――」
瞬間、ゼネクロの喉元に鞘の切っ先が突きつけられる。
あまりの剣速に、老将は身動き一つ出来なかった。
「ゼネクロ――」
口調こそ菓子のように甘かったが、貼り付いた笑みは氷のように冷たい。
「失礼しました」
「そんなわけあるか。ただ、それだけ思考が読みやすいということだ」
「な、なるほど……」
ようやく鞘が下ろされる。
ライカは元の姿勢に戻った。
ゼネクロは喉元を気にしながら、再度尋ねる。
「いかがいたしますか?」
このまま島国連合の船を追うか。
それとも一旦アーラジャの艦隊と合流し、追撃戦を行うか。
聞かなくともわかる質問だったが、ゼネクロはあえて尋ねた。
そして、ライカの答えは予想通りだった。
「島国連合の艦を追う」
教本通りならアーラジャの艦隊と合流し、追撃だ。
いくらか減ったとはいえ、艦数はまだ島国連合の方に分がある。
アーラジャ艦船と合流し、追うのが安全策だろう。
だが、船足はあちらの方が早い。
合流していては、間違いなくちぎられる。
ゼネクロが艦長に指示を出そうとした時、ライカは指示を付け加えた。
「ただし――」
今週はこの更新だけで精一杯かも……。




