第39話 ~ 先代が優秀だったのかな ~
終章第39話です。
あらかじめ港に隠していた小舟に乗り、ドクトルたちは沖にある旗艦へと向かう。船に近づくと、縄梯子を下ろされ、辛くも乗船した。
「お怪我がありやせんか、元首」
水を差しだしたのは、旗艦の艦長だった。
ドクトルは一気に呷ると、まだ水が入った革袋を投げ捨てる。
欄干を掴み、逃げ出してきた港町の様子を伺った。
追っ手は見えない。
すでに艦砲は収まり、炎に巻かれた港湾が、赤々と光っているだけだ。
ドクトルを追うどころではないのだろう。
艦長はもう1度同じ質問を投げかけようとしたが、ドクトルは黙ったままだ。
代わりに癖毛を自らの手で毟り掴むと、奥歯を噛みしめた。
反応に困る船員たちをいさめたのは、パルシアだった。
「ドクトルもぼくも問題ないよ。まあ、精神的なダメージはちょっとあったかもね」
「マキシアは一筋縄ではいきませんか」
「――だね」
パルシアは肩を竦める。
今回の敗因を上げるなら、すでにライカが申し述べたとおりだ。
ドクトルも、そしてパルシアも、マキシア帝国を舐めすぎていた。
オーバリアント最大にして、最強の国。
聞こえはいいが、版図が大きくなれば、国としての意志決定が遅れる。最強ということは、高品質な軍備を長期間維持することになる。
多くの領地や臣民をかかえれば、国の監理の目は緩まり、肥え太った豚のように内実はスカスカになっている。
大帝国とはそういうものだと思っていた。
しかし、その名声は伊達ではなかった。
皮肉にも自分たちの手によって証明してしまったのである。
「ライカ女帝のカリスマ性か。いや、先代が優秀だったのかな」
パルシアは分析する。
先代カールズといえば、ギルドシステムに尽力した皇帝として有名だ。しかし、それ以外に大きな功績はない。モンスターの跋扈はあったものの、帝国始まって初めて、外征は行われず、比較的内政に尽力した人物だ。“血染め皇帝”と恐怖された先々代のクフの息子とは思えないほど、大人しい治世だった。
故に、カールズを日和見主義のぼっちゃん皇帝と侮るものもいる。
だが、亡くなってみれば、その功績の偉大さはわかる。
街道の整備や、水害対策、水の確保などのインフラ整備を徹底したおかげで、帝国は遙かに住みやすい国になり、外征をやっていた時よりも人口が増えている。
何より優秀な人材を多く残した。
今回ライカに随行する老将も、帝国最強の戦士ロイトロスに引けを取らない人材と聞く。
カールズとともに、モンスター時代のマキシアを率いてきた元老院議長ブラーデルが、今でも現役でライカを補佐していることも大きい。
アーラジャの大商人を焚きつけたあの若き外交特使も、相当なやり手だった。
今、思えば、帝国に隙たる隙はなかったように思う。
それでも【太陽の手】1発でひっくり返すことが出来る、と思っていた。が――逆に短絡的な思考を産んでしまった。
ある国の武将が「敵は己の中にある」といったが、まさしくその通りの展開になってしまった。
島国連合側――ドクトルとパルシアの油断が産んだ結果だった。
「だけど、そんなに悲観することはないよ、ドクトル」
実際のところ、本格的に戦争をして負けたわけではない。
交渉にしても、進展はなく、どちらが優位だったという判断は付きにくい。
ホセを帝国側に奪われたのは失策だったが、いづれにしろこちらには【太陽の手】がある。
逆転は用意だ。
「問題はこれからどうする――でしょ?」
まだ港の方を睨んでいるいじけた元首に尋ねる。
やや虚ろな目ではあったが、一応聞こえてはいるらしい。
パルシアは言葉を続けた。
「選択肢は2つ。このまま海岸沿いに進んで、マキシアにある港町や軍港を悉く破壊していくか。それとも、とりあえずアーラジャに逃げ帰るか。2つに1つだね」
相変わらず危機感がない口調だった。
現にダークエルフの少女は、ケラケラと笑っている。
若い元首を試しているかのようだった。
「そりゃあ、決まってるでしょ! このまま戦争突入! 帝国に一泡吹かせてやりやしょう!」
中央諸島出身の艦長は、血気盛んに主張する。
元々諸島民のほとんどが、満足な教育も受けず、搾取され続けていた。
それはドクトルの過去に見るとおりだ。
故に彼らは権力者、金持ち、商人という存在を嫌う。
この艦長も元々は中央諸島を航行する商船を狙う海賊で、船員もその仲間だ。
そんな彼らがアーラジャ元首のドクトルを受け入れたのは、元は彼が中央諸島の出身者だからだった。
対照的にドクトルの表情は冴えない。
やがて、口を開いた。
「いや、撤退だ」
「な、なんでぇ!」
「こういうことだよ、艦長」
理由を説明したのは、パルシアだった。
確かに今なら、マキシアに対して先制攻撃は可能だ。
主要な港町を速やかに潰せば、制海権を確保することが出来る。
少なくともこちら側が攻撃されることはなくなるだろう。
問題はホセがマキシア側にいることだ。
ドクトルの陰謀でホセが殺されかけたとしれば、必ずアーラジャの大商人たちは、反旗を翻す。
だが、今すぐ戻れば、マキシアがホセを誘拐した、もしくは殺されたという言い訳が出来る。鵜呑みにはしないだろうが、ともかく後ろから刺されることはないはずだ。大商人たちが情報の確認を行っている間に、アーラジャを掌握すればいい。力尽くでもだ。もうなりふりなど構っていられる時期ではない。
話を聞き終わると、船長はおもむろに髑髏の刺繍が入った帽子を取る。年季が入っており、ところどころ、ほつれていた。
塩気にやられ、縮れ毛になった髪をがりがりと掻く。
「めんどくせぇなあ。こっちには【太陽の手】があるんですよ、姐さん」
パルシアは苦笑する。
「その呼び方はやめてくれないかな。どうもぼくが粗暴なダークエルフに聞こえるんだけど」
「すいやせん」
「それはともかく、【太陽の手】は単なる兵器じゃない。あくまで戦略兵器なんだ。おいそれとは使えないよ」
その戦略兵器相手にも、マキシアの女帝は1歩も引かなかった。
肝が据わっているというよりは、パルシアからすれば、狂気といってもいい。
話がまとまったところで、ようやくドクトルは立ち上がった。
元の冷たい表情に戻っている。
「進路。アーラジャだ」
「はいさー」
海賊式の敬礼を行うと、船首を西へと向けるのだった。
10日後――。
追っ手を警戒しつつも、ドクトルが率いるが艦隊はアーラジャの沖合まで進んでいた。
船檣の見張り台に立った船員が、アーラジャの小高い山の上に立つ通称“船乗りの恋人”という灯台を目視する。
報告を聞くと、船員たちは沸き上がった。
「や……。ちょっと待って下さい」
数秒もしないうちに、見張り台の船員の言葉が曇る。
遠見の眼鏡で確認すると、水平線の向こうから軍艦がやってくるのが見えた。
アーラジャの旗が海風を受けて靡いている。
「出迎えか?」
甲板から確認した船長が目を細める。
喜んでいるのではない。むしろ疑っていた。
その予感は当たる。
緊張が走った。
「東からも船が見えます!!」
見張り台の船員が叫ぶ。
ドクトル、パルシアが一斉に逆方向の欄干へと走った。
水平線の向こうから、帆柱がせり上がってくる。
先についたのは、赤いマキシアの紋章が刺繍された戦旗だった。
「マキシアだと!! もう追いついてきやがったのか」
だが、海での練度はこちらの方が上のはずだ。
マキシアは陸の王者。
ならば海の王者は島国連合だと、ドクトルは自負していた。
こうも早く追撃されるとは思わなかった。
女帝がどんな魔法を使ったかは知らないが、有利は島国連合側だ。
運良くアーラジャの艦隊も迎えにきている。
数にものをいわせれば、追い払うことが出来る。
「船側を向けろ! 戦闘準備!!」
ドクトルが珍しく猛る。
瞬間、豪雷のような発砲音が鳴り響いた。
「誰が!」
振り返ると同時に、ドクトルは絶句する。
アーラジャの艦隊がこちらに砲身を向けていた。
カールズの評価がどんどん上がっていく……w
※ 主人公の登場はちょっとお待ちを。あとで存分に見せますのでm(_ _)m




