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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第36話 ~ 悪魔をこれほど頼もしく思ったことはないよ ~

終章第36話です。

よろしくお願いします。

 48の軍団を指揮する悪霊の侯爵クローセル。

 ソロモン72柱を司る最強の悪魔の一柱だ。


 彼女は宗一郎と契約し、早々にオーバリアントに召喚された悪魔の1匹である。

 その最初の役目は、浮浪者に近い親子を助けるため、温泉を掘ることだった。

 無事に温泉宿を開業すると、クローセルはそのまま宿の用心棒となった。

 悪魔が――とは、なんとも贅沢な話だ。


 その後、何度か宗一郎は帝都にいる間、足繁く通い、クローセルを労ってくれた。


 クローセルも馬鹿ではない。

 そもそも悪魔は人間よりも知能が高いのだ。

 宗一郎が何故、クローセルを宿の番人にしたのか、とっくに見抜いていた。


 おそらく、マキシア帝国帝都を守るためだ。

 ライカという女帝を守るため、世話になった帝民を守るため、宗一郎は自分の魔力を犠牲にし、クローセルを帝都に置き続けてきた。


 それも1通の命令書によって破棄された。

 宗一郎からだ。

 そこに、こう書かれていた。



 帝都防衛任務を破棄。

 ライカに付き従い、行動すること。

 ライカの命令は主の命令とする。



 率直にいって、不服であった。

 主以外の命令を聞けという命令。

 悪魔としては屈辱だ。


 しかし、クローセルの葛藤は些細な時間だった。

 他の悪魔(フルフル)と違って、彼女は真面目だ。

 大人しく従い、自ら帝宮に出頭すると、女帝の前に傅いた。


 ライカはすべてを理解し、クローセルの代わりとなる戦力を温泉宿に送ると約束した。


 大方の事情を聞き、宗一郎がかなり危機な状態であることを知った。

 日々主の魔力が減衰していることからも、悪魔は理解していた。

 それでも、これほど追い詰められているとは予想外だった。


 クローセルはライカを影ながら守ることとなった。

 常に側に仕え、下知を待ち続けた。


 そしてやっと任務にありついたというわけである。


「それがまさかこんな醜い人間を助けることとは……」


 クローセルは息を吐いた。

 フルフルほど好戦的ではないにしろ、彼女とてストレスは溜まる。

 それにこの港町に渦巻く殺意と憎悪が、悪魔の心を狂乱とさせていた。


「な、なにか、言いましたか?」

「なんでもない。一旦隠れるぞ」


 乱暴にホセの襟元を掴んだ。

 その巨体をまるでボストンバックでも提げるかのように、夜のバダバを飛び回る。

 屋根伝いで移動しながら、クローセルは念話を飛ばした。


「おい、ライカ」


 ぶっきらぼうに話しかけると、少し驚いたような声が返ってきた。


『驚いた。クローセルか』

「今はお前が主だ。こんなことでいちいち驚くな」


 ライカの部下がこの声を直接聞いていたなら、眉をひそめただろう。

 だが、念話は仮契約という形で魂をつないでいる彼女にしか聞こえない仕様になっている。


『耳が痛いな。で――首尾は?』

「ホセという男を確保した。お前の読み通り、襲われていた。用意周到なヤツだな。帝都製の剣を持っていたぞ」


 冒険者相手の温泉宿だったから、よく似たものを何度か目撃していた。


『武器と遺体はどうした?』

「言うとおりに処理しておいた」

『具体的には?』

「全部消した。悪魔の力でな」


 クローセルは少し得意げに鼻を鳴らす。


 彼女は海洋の悪魔だ。


 その属性は「液」。

 水はもちろん、人をあっという間に消し去る事が出来る劇薬まで操ることが出来る。能力値の恐ろしさでいえば、あのベルゼバブとため(ヽヽ)を張れるほどの実力者だった。


「これからどうすればいい?」

『ともかく、ホセ殿を安全な場所へ』

「わかった――といいたいところだが、探すのは難しいぞ」


 クンクンと鼻を利かせる。


「多分、街のあちこちに爆薬が仕掛けられてる。とはいえ、街を壊滅させるほどの量じゃないが」

『!?』

「攪乱が目的だろう。万が一のことを考えての脱出手段だ」


 ライカはすぐ返答しなかった。

 お互い魂がつながっているため、表層的ではあるが、感情を読むことが出来る。

 何か呆れている様子だった。


『聡いな、クローセルは』

「馬鹿にしているのか……」

『私がこれまで出会ってきた悪魔は、君より勤勉じゃなかった』

「淫乱悪魔とロリコン(ヽヽヽヽ)悪魔を指しているなら、当たり前だ。あいつらと一緒にするな」

『悪魔をこれほど頼もしく思ったことはないよ』

「今まで頼もしく思っていなかったのか?」

『心外か?』

「少しな」


 ライカはクスリと笑った。

 何故か向こうは、話してて気持ちが良いみたいだが、肝心のクローセルはどちらかといえば不愉快だった。


『わかった。クローセルは一旦陣中まで退いてくれ』

「了承できないな。これ以上、離れるとお前を守ることが出来ない」

『心配はもっともだが、これは命令だ』

「…………」


 闇夜の中を駆けながら、クローセルは眉根を寄せる。

 命令といわれれば従わざる得ない。

 そういう風に宗一郎(あるじ)に命令されている。

 けれど、ちょっと卑怯に思えた。


「命令となれば仕方ない。従ってやる。ただし、絶対死ぬな。もし、お前が死ねば主が悲しむ」

『肝に銘じておく』

「引き渡したらどうする?」

『速やかに戻ってきてくれ。私の首と胴がつながっているうちにな』


 ライカにしては珍しいジョークを放った。

 クローセルは「了解」といって、念話を切る。

 北へ向かって、全速力で走り出した。



 ◆◆◆



「ふう……」


 ライカは一息吐く。

 控え室のテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばした。

 適温のお茶は、やや緊張気味の胃には心地よい。


「いかがでした?」


 ゼネクロは眉を上げた。

 腰には剣を帯びている。

 本来、庁舎にいる時には、武器の携帯は許されていない(故に、晩餐会や交渉の席でドクトルがナイフを取り出した時は驚いたが)。

 だが、事態は静かに緊急を要するようになっていた。


「ホセ殿が何者かに襲われたようだ」

「なんと! して――」

「間一髪助けることに成功したらしい」

「何者だったのですか?」

「プロの暗殺者だったようだ。……どうせ島国連合のつながりを探っても、繋げるのは難しいだろう。それよりも今後のことだな」

「あのやんちゃな元首はどう出てきますかな?」


 ライカはすっくと立ち上がった。

 締め切ったカーテンの裾をめくる。

 窓の外を覗いた。

 静かなものだ。

 ほとんどの家屋の火が消え、港町は寝静まっていた。


「ドクトルがやれることは2つある」


 カーテンを元に戻すと、ライカは2本の指を掲げた。


「1つは港町を脱出し、討って出ること。ホセをこちらに奪われると知れば、事件の発覚は時間の問題だ。アーラジャの大商人たちの顔を伺う必要がなくなれば、すぐにでも攻撃してくるだろう」

「2つめは、やはり――」


 ゼネクロは息を呑む。

 ライカは振り返り、全員に聞こえるようにいった。


「おそらく、私の寝首を掻きにくるであろうな」


 港町には、両国合わせて百数名の兵士しかいない。

 加えて庁舎は基本的に武器の携帯が禁止されている。

 許されているのは、両国間で選抜された衛士のみ。

 さらにいえば、これほど国の元首同士が、密接しているのは珍しい。


 首を取るなら今をおいてより他なかった。


「早々に脱出した方がいいのではありませんか?」

「いや、それは悪手だ、ゼネクロ。街にはどうやらいくつか爆薬が仕掛けられているらしい。私が逃げて巻き添えを食うのはまずい」

「では――」


 ゼネクロは眉を上げる。

 ライカは細い腕を組んだ。


「私には確信があるのだ。おそらくドクトル……。いや、彼を裏で操るあのダークエルフなら、こう考えると」


 女帝を見ながら、ゼネクロはつとあることに気づく。

 その横顔は、亡き先代カールズに似てきたように思えた。



 ◆◆◆



「女帝を殺さないだと!!」


 ドクトルは声を荒げる。

 それを聞いたパルシアは、細い肩をキュッと小さくした。


「そんなに怒らないでよ~」

「何故だ、パルシア! ホセを向こうにとられたなら、選択肢は1つだ。帝国と開戦する! そのためにはまずあの姫君の寝首を掻く」

「アーラジャの支援なしに?」

「俺たちには【太陽の手(バリアル)】がある」

「……ドクトルは相変わらず、勇猛だね」


 ケラケラと笑う。

 おそらく今の状況でこうやって愉快に笑えるものは、パルシアをおいて他にはいないだろう。


「茶化すな!」

「落ち着いてよ。……うーん。やっぱダメだね」

「何故だ!」


 パルシアに食ってかかる。

 怒りの形相を近づけた。

 けれど、パルシアは全く物怖じしない。

 笑ってはいなかったが、やはり小馬鹿にしたような表情をしていた。


「君だよ、ドクトル」

「は?」

「ライカ女帝を倒すのにはもってこいのシチュエーションってことは、逆にぼくたちの寝首を掻くのも、絶好のロケーションってことだ、ぜ!」


 つんつんと、青筋が盛り上がった額を叩く。

 途端、ドクトルは黙った。

 まさに借りてきた猫だ。

 再びダークエルフの女は「ししし」と笑う。


 パルシアのいう通りだ。

 まして、ここは帝国領。

 地の利は向こうにある。


 ようやくアーラジャの元首は落ち着きを取り戻した。

 革張りの椅子に座り、ジャバジャバと酒をグラスに注ぐと、一気に呷った。

 グラスをテーブルに叩きつける。

 荒々しく――まさに海の男のように手の甲で唇を拭った。


「目が覚めた?」

「ああ……。若干酔いどれだがな」

「いつ逃げる? 酔いが覚めてからにする?」

「そんなの決まっている」


 ドクトルは居住まいを正すと、立ち上がった。


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