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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第35話 ~ 陛下に取り次いでくれ ~

終章第35話です。

 1日目の交渉が終わった夜。


 ホセ・ブレリンカは、あてがわれた客室で執務を行っていた。

 他にも元首であるドクトルはもちろん、パルシア、島国連合の閣僚の姿もない。


 1人だ。


 元々島国連合の閣僚と同部屋の予定だったのだが、到着してからジエゴに頼み込み、部屋を離してもらった。

 今回の交渉の席であったことを逐一、アーラジャ本国に報告するためだ。

 それが彼に課された使命だった。


 1日目の交渉は、最初こそ白熱したものの、結果的に平行線に終わった。


 【太陽の手(バリアル)】の破棄を求める帝国側。

 【太陽の手(バリアル)】の配備を求め、抑止力による平和を謳う島国連合。


 お互いの意見は真っ向からぶつかり、決め手のないまま終了した。


 第三者として見ていたホセにとって、由々しき状況にあった。

 このまま互いに譲らなければ、おそらく戦争になる。

 マキシアは望まぬだろうが、ドクトル・ケセ・アーラジャなら、交渉が進まぬとみるや、アーラジャ本国の承認無しに、戦端を開きかねない。


 ――それだけは、なんとしてでも避けなければ……。


 ホセはペンを滑らせた。

 本国への報告を手早く伝書鳥にくくりつけ、虚空に解き放つ。

 灰色の鳥が夜闇に紛れるのを見送ることなく、窓を閉めた。


 少し考えてから、扉を開ける。

 部屋の前に立つ衛士に話しかけた。


「言づてを頼みたい」

「どういったご用件でしょうか」

「ライカ陛下に取り次いでくれ」


 衛士は外を見る。

 随分と夜も更けていた。


「陛下はもうお休みになられているかもしれません」

「すまないが至急なんだ。ホセが会いたがっている――そう伝えてくれるだけでいい。これを――」


 数枚の金貨を握らせた。

 しばし衛士を考え込む。

 やがてため息とともに頷いた。


「陛下の耳に入るかどうかわかりませんよ」

「それでもいい。とにかく、頼む」


 衛士は部屋から離れていく。

 ホセは右往左往しながら、報告を待った。

 時に手を組み、天を仰いで祈る。


 ライカ――マキシア帝国の分析は正鵠を射ていた。


 現在、元首ドクトル・ケセ・アーラジャと海洋国家アーラジャの間には、不協和音が流れている。

 エジニア王国との同盟。中央諸島の併合。島国連合の発足。

 そこまでは良かった。

 これからは海の時代が来る。

 アーラジャの商人達は、諸手を挙げて喜び、ドクトルを賛美した。

 しかし、彼は越えてはいけない一線をあっさりと越えてしまった。


 発端はやはりグアラル王国王都スピノヴァへの【太陽の手(バリアル)】を発動だ。


 アーラジャは歴史的に見れば、グアラル王国から独立を勝ち取ったように見える。

 しかし、その関係が悪いかといえば、そうではない。

 わだかまりはあったが、それは一時で、王国もマキシアとの緩衝地帯と考えるようになってからは、普通に交易を続けていた。

 【太陽の手(バリアル)】が撃たれるまでは、最大の貿易国でもあったのだ。


 そんな得意先を、若い元首は1発の兵器で葬り去ってしまった。

 まだ他の都市が残っているとはいえ、王都壊滅は国の喉を絞めたようなものである。


 当然、アーラジャの大商人たちは反発した。

 そうした反発する声を、ドクトルは武力をちらつかせながら、島国連合に出資をさせてきた。

 これはもう元首としての振る舞いを越えた横暴である。

 そこでホセや大商人たちは、マキシア帝国や他の大国に助けを求めるように画策した。

 マキシアの大使としてジーバルドが現れたのは、そんな矢先のことだ。


 ジーバルドは本国にアーラジャの現状を報告。

 一方で軍の一部の将校と師団を交渉の末、強引に買い取り(ヽヽヽヽヽヽヽ)、大商人側に寝返らせた。

 内戦もいとわない姿勢を露わにし、ドクトルがマキシアとの交渉の席につかざる得ない状況にしたのである。


 しかし、ドクトルを頭にしても、交渉がうまくいかないことなど百も承知だ。

 この交渉において大事なのは、マキシア帝国にドクトルとアーラジャとの間にある深い溝に気づいてもらうこと。

 そして、それを直接女帝に伝えることだった。

 アーラジャの現状を話し、マキシアにはホワイトナイトになってもらう。

 それがアーラジャの大商人たちが思い描くシナリオだった。


 ノックが聞こえた。

 弾かれるようにホセは振り返る。


「どうだった?」


 ドア越しに尋ねたが、返事はない。

 様子がおかしい、と思いながらも、ホセはゆっくりと近づいた。


「返事を――」


 瞬間、扉のわずかな隙間から刃物が飛び出した。


「うわああ!」


 大きな尻を床につけ、転ぶ。

 危なかった。

 もう少し近づいていたら、腹を切られるところだった。


 ゆっくりと扉が開く。

 現れたのは黒装束に身を包んだ男だった。


「な、何者だ!?」


 ホセは近くにあった机に寄りかかりながら、なんとか立ち上がる。


「……」


 予想通りの反応だった。

 代わりに返ってきたのは、反りの付いた刃だ。


 ホセは大柄の身体をコロコロと動かす。


 暗殺者と思われる相手の太刀筋に迷いはない。

 その技術も、人を殺す生業をするに十分な力量といえた。

 しかし、今もホセが生きてられるのは、単純に奇跡だった。


 それでも、窓際に追い詰められる。

 暗殺者はのそりと近づいて来る。

 刃を返すと、怪しげな光が走った。


「ひぃぃいい!!」


 これほどの騒ぎになっているのに、誰も駆けつけない。

 屋敷は静まり返っている。


「誰か! 誰かいないのか!」


 叫んだが、返事はなかった。

 凶刃が閃く。

 自分の最後を悟り、ホセは強く目をつぶった。



 シャアアアアアアアアアアアアンン!



 激しい音が耳のすぐ横で聞こえた。

 ガラス飛び散る。

 すぐ側の窓を突き破り、何者かが入ってきた。


 こちらも黒装束だ。


 暗殺者が2人。


 終わった、と思った。


 だが、狼狽していたのは、ホセだけではなかった。

 商人から目を切ると、暗殺者は飛び込んできた自分そっくりの姿の者を見つめる。


 刃を構え、対峙した。


 しかし、それは悠長な動きだった。

 飛び込んできた第2の黒装束は、弾かれるように飛び出す。

 あっさりと暗殺者の間合いに入った。


「な、にぃ!」


 くぐもった暗殺者の声を、ホセははっきりと聞いた。


 閃く――。

 その獲物(ぶき)は、三叉の槍だった。

 肉体を貫くと、血を吹き出す。


 暗殺者は即死した。


 広がっていく血を見ながら、ホセは息を切らす。


「な、なんなんだ。……これは」


 後から入ってきた黒装束を見つめる。

 すると、槍が消滅した。

 魔法のように消えたのだ。


 槍だけではない。


 一瞬目を切っただけなのに、暗殺者の肉体も同じく消滅していた。

 カーペットや壁に広がった血も消えている。

 暗殺者がいたという痕跡は、すべてなくなっていた。

 黒装束は、無造作にホセに近づいてくる。


「やめ――」


 両親の暴力に悩む子供のように頭を抱えた。

 だが、黒装束は軽々とホセを掴む。

 装束の奥から鋭い光を発した。


「――――ッ!」


 息を呑む。

 眼光を見て、ホセはすぐに気づいた。

 それはただの人間の瞳ではなかった。

 いや、人間ですらなかった。


「お前、安全な場所に移す。死にたくなかったら、大人しくしていろ」


 女の声だった。

 少し低い――だが大人びた声だ。


 ホセは言われるまま頷く。


 女は軽々とホセを持ち上げた。

 そのまま外に出ると、夜の海洋都市へと消えて行った。


このキャラ、どれだけの人が覚えていてくれたかな。

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