外伝 ~ 宗一郎と無口な司書長 ~ 後編
本日ラスト。
この外伝の話は最後です。
楽しんで下さい!
ライカの紹介状を読む少女を見ながら、宗一郎はいまだ「自分はたばかれているのではないか」という疑念を払拭できずにいた。
戦時中の日本女児を思わせるようなおかっぱ頭。
何も特筆しようがない、ただひたすら小さな体躯。
純真というよりは、何を考えているかさっぱり検討がつかないつぶらな瞳。
どこからどう見てもお子様。
しかし、これでも宗一郎やアリエラよりも一回り近く年をとっていて、御年40歳になるエルフらしい。
改めて観察して気付いたが、ピンと張り出た耳介が何よりの証拠だ。
エルフという異世界にありがちな種族がオーバリアントにいることは聞いていたが、まさか最初に出会ったのが、こんなお子様体型のエルフとは思わなかった。
その耳が微妙に動く。
紹介状から顔を上げ、つぶらな瞳で宗一郎を見つめる。
あー、と口を開けた状態で、しばらく姿勢を維持した。
不意に紹介状に隠れるように顔を伏せる。
書状からはみ出した耳介が、やや赤くなっていた。
横でアリエラが「あらあら」と例の柔らかな笑みを浮かべている。
宗一郎はさっぱりわからなかった。
ようやく読み終えたマルフィアミは、紹介状を折りたたみ、服のポケットにしまう。今やっと気付いたが、彼女が着ている服も、アリエラが着ているエプロンドレスが子供サイズになったものだった。
すっかり暗くなった図書館の隅のテーブルで、2人は向かい合う。
マルフィアミはつぶらな瞳を向けた。
「…………」
つぶらな瞳を向け続ける。
「…………」
つぶらな瞳を向け。
「…………」
つぶらな瞳。
「…………」
つぶ。
「「「「「「「 喋れよ! 」」」」」」」
大音量で宗一郎はツッコんだ。
あらあら、とアリエラは首を傾げる。
「おかしいですね。……これほど司書長が、雄弁に語ることってまずありませんのに」
「いや、まず――アリエラもだな。こんな喋らない上司に疑問を持て。もしかして喋れないのか?」
「いいえ。当司書長はとても恥ずかしがり屋でして。人前で喋るのは苦手だと」
「単なる恥ずかしがり屋か!」
「大丈夫ですよ。ほら。宗一郎様は優しい方ですから……」
宗一郎のツッコみにすっかり縮こまってしまった上司を拾い上げる。
再び訪問者の視線に到達すると、つぶらな瞳がこちらを向いた。
「…………」
すると、「やあん」という感じで、マルフィアミは顔を隠してしまった。
エルフだけあって、肌は白く、少し顔が上気するだけで真っ赤になってしまう。
アリエラの手から離れると、その後ろに隠れてスカートの裾を掴んだ。
一体何をしたいのかさっぱりわからない。
そしてアリエラにつぶらな瞳を向けた。
「え? 私がですか? ……はあ、承知しました」
「なんて言っているんだ?」
「私が翻訳してほしいと――。宗一郎様は、それでよろしいですか?」
「あ、ああ……。是非ともそうしてくれ」
――というか、最初からそうしてくれ。
「では、不詳アリエラが務めさせていただきます」
何故かはわからないが、アリエラは気合いが入っていた。
「…………」
「『よく来たな! お客人!』」
何故か高圧的な物言いが、アリエラの口から飛び出した。
なんかイメージと違う。全然違う!
「『歓迎してあげたいところだけど、さっきはよくも私を追いかけ回してくれたわね』だそうです。お二人とも追いかけっこしていたのですか?」
「ま、まあな。お互いコミュニケーションの不一致というヤツだ」
そうコミュニケーションがとれていれば、何も問題なかった。
「…………」
「『図書館で火を扱うなど、いかなる理由があろうとも許しがたい』」
「それについては謝る。軽率な行動だったと反省している」
どうやら、炎を狙ったのも本を守るためだったらしい。
図書館の司書長らしい判断だ。
「…………」
「『さらに幼気な私を図書館の隅に追いやって、一体何をするつもりだったの』と。宗一郎様、一体何をするつもりだったんですか?」
「べ、べべべ別に何もしない! ただ事情を訊こうとだな」
心なしかアリエラの目が冷たいような気がした。
「…………」
「『しかも、私に床ドンをくらわせるなど……』。……ええっと、床ドンというのはですね。乙女に人気な英雄譚がございまして。ヒロインや生娘に対して英雄や王子が『オレのものになれ』という時に行う仕草のことを言います」
――なんか変なところでシンクロしているぞ、現代と異世界。
「あれは……。そのお前を守ろうとして、咄嗟に――」
「…………」
「『あんたの助けがなくても大丈夫だったわよ。見たでしょ。私の魔法を』」
「ま、まあな。……あれには少し驚いたが」
おそらくマルフィアミが使った魔法は、時間を逆流させる類いの魔法だ。
因果をコントロールする宗一郎ですら、いまだ時間の逆転に成功させたことはない。かなり高度な技術だろう。
「ともかく、一連のことにオレの方に非があった事は認める。すまなかったな」
宗一郎は素直に謝る。
もしフルフルが近くにいれば「うおお! めっずらしい!! ご主人が頭を下げてるッスよぉ」と言って、写メを撮ろうとするだろう。
こう見えて宗一郎は、自分に非があればしっかりと謝罪する度量を持ち合わせていた。
こうした大器を持っていたからこそ、現代世界において各国の協力を仰ぎながら、兵器撲滅に至ったといえるかもしれない。
マルフィアミは小さな腕を前に組み、ぷんと顔を背けた。
「…………」
「『ま、まあ……。助けようとしてくれたことは感謝するわ』だそうです。ちなみにお若い方が読む本で、こういうヒロインのことをツンツンデレデレと言ったりします」
――まんまではないか! というより、一層ひどくなってる!!
心の中でツッコむ。
「…………」
「『それはともかく、オーバリアントのことを知りたいそうだけど、本当に天界の人なの? あなた……』」
「そうだ。……証拠は何もないがな」
「…………」
「『そのヘンテコな格好を見ればなんとなく察せられるけど』」
宗一郎が着ているスーツを指さす。
ちなみに、20万ぐらいする高級スーツだが、すでによれよれで、ところどころほつれ、袖のボタンは取れかかっていた。
「ところで……。さっきのマルアミ――」
「…………」
「『マルフィアミよ。呼びにくいならマフィでいいわ』」
「じゃあ、マフィ……」
理由はわからないが、マフィは耳介を真っ赤にして顔を伏せた。
「…………」
「『い、いきなり気安く呼ばないで! まだ心の準備が出来ていないのに!』」
――め、めんどくさい……。
「さっき使用した魔法って、エルフの魔法なのか? ライカから、昔オーバリアントにも独自体系の魔法があると聞いたが」
「…………」
「『ライカったら、そんなことまで話したのね。そうよ。エルフだけが使える秘密の魔法よ』」
「是非とも教えてくれないか?」
マルルガントに来た目的は、オーバリアントを知ること以外に、エルフが使う異世界の魔法体系を学ぶことにもあった。
使えるかどうかともかくとして、純粋に異世界の魔法を学びたいと、宗一郎は思っていた。
「…………」
「『その前に確認しておくわ』」
「なんだ?」
「…………」
「『何故、エルフの魔法に興味があるの? あなたも冒険者になって、レベルを上げて魔法を覚えればいいじゃない? そっちの方がずっと楽に魔法を習得出来るはずでしょ』」
「単純に興味本位だ。オレも天界では、名の知れたまじゅ――魔法士でな。ライカからそういう話を聞いて、興味を持ったんだ」
「…………」
「『ふむふむ』」
「……それにレベルアップして、魔法を覚えるなんてつまらんだろ? 魔導書を読み解き、世界の真理を理解し、勝ち得た魔法こそ真に意味あるものだと思うが」
突然、マフィは机の上に足を乗せた。
そのまま横切ると、ガッシリと宗一郎の両手を握った。
一体今度はなんだ、と動揺していると、マフィは顔をずいっと近づける。
目映いぐらいつぶらな瞳で睨んできた。
「…………」
「『わかる』」
「はっ?」
「…………」
「『わかるわあ、その気持ち……! そうなのよ。一生懸命、勉強して本を読んで、習得出来るからこそ意味があるのよ!』」
アリエラはかなり熱っぽく翻訳しているのだが、宗一郎の前にいるのはほぼ無表情なつぶらな瞳の少女だった。
――さっきから思うのだが、短い沈黙の中にどれだけ意味が込められているのだ。
「…………」
「『気に入ったわ! 明日からビシバシ鍛えてあげる!』」
「お、おう! 頼む」
若干引き気味に応じる。
「…………」
「『そうと決まれば、今日は宴ね。……アリエラ、あんたも来なさい! しばらく私の翻訳家よ、あんた』。……はい、わかりました、司書長」
――いや、お前が喋れば、アリエラいらないのではないか?
と返したら負けだと思い、宗一郎は何も言わなかった。
こうして無口な司書長とのワンツーマンの授業が始まったのである。
その後の宗一郎の苦労は、推して知るべし……。
彼の顔にすべての真理が隠されていた。
無口ツンデレロリババア……いかがだったでしょうかw
明日は2話上げます(ちょっと予定よりも長くなってしまいました)
1話目は12時に、2話目は18時になります。
よろしくお願いします!