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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第29話 ~ かしらかしらご存じかしら ~

終章第29話です。

よろしくお願いします。

 200の手勢を引き、ライカは海洋都市バダバへとやってきた。


 潮の香りがする。

 気持ちの良い海風が、ライカの金髪を揺らした。

 天気は晴天。気温も悪くない。


 しかし、ライカの心中は穏やかでなかった。


 海からの照り返しに目を細める。

 港に停泊している軍艦が、視界に入った。

 島国連合を示す旗がなびいている。


「あちらもちょうど到着したようですな」


 禍々しいほど黒い船から、兵が下りてくるのが見えた。

 兵というよりは、どちらかといえば荒くれ者――有り体にいえば海賊に近い。


 島国連合といっても、島国の寄せ集めだ。

 正式な軍隊を持つのは、連合の中でもエジニアと、アーラジャだけだと聞く。

 エジニアは今、ローレスト三国と睨み合い続けている以上、あそこにいるのはアーラジャの兵士なのだろう。


「行くぞ」


 ライカは馬の腹を叩くと、バダバの街門へと向かった。



 ※



「陛下、ようこそおいで下さいました」


 白亜の宮殿のような立派な役所から現れたのはバダバを収める総督ジエゴだった。

 大きく肥え太った男は、ぱつんぱつんの帝国式礼服を身に纏い、一礼する。


「ジエゴ殿。久しぶりだな」

「覚えていてくれましたか。このジエゴ、嬉しゅう御座います」


 くぅ、と泣き始めた。


 ライカは苦笑する。

 久しぶりといったのは、10年ほど前――つまり、ライカがまだ9つの時の誕生パーティにて会っていたという記録があったからだ。残念ながら、記憶には肥え太った総督の印象はない。

 久しぶりだ、といっておけば、相手とのコミュニケーションが上手くいくと考えた彼女なりの処世術だった。


 ジエゴの汗にまみれた手と握手をかわし、早速役所内に案内される。


 ――随分と立派な建物だな……。


 バダバは帝国が保有する港町で1、2を争う裕福な街だ。

 先代のカールズはこうした都市の発展を妨げないよう、財政の締め付けを行って来なかった。故に、バダバのような肥え太った人間と、趣味の悪い役所が出来たということだろう。


 所内を案内されながら、近くにいたゼネクロを指で呼び寄せた。

 軽く耳打ちをする。


「今回のことが片づいたら、都市の規制緩和政策を見直しするぞ」

「戦費もかさむことですしな」


 ゼネクロは肩を竦める。

 どうやら同じようなことを考えていたらしい。


 ――だが、その前に自分とそして国が生き残らなければならない。


 女帝は一層気を引き締めた。

 ジエゴはライカたちを客間に通す。


 最高級だという部屋は、うっとえづいてしまうほど煌びやかなだった。

 どの調度品も一級で、棚に使われた蝶番すら金で出来ている。


「目が悪くなりそうですな」


 ゼネクロは罠をないか確認を行う。


 予定では、2時間後に島国連合、そしてマキシア帝国の重鎮を集めての晩餐会が行われる予定だ。当然、そこにはライカと、島国連合代表ドクトル・ケセ・アーラジャも出席する。


 つまり、この晩餐会が明日行われる交渉の場の前哨戦というわけだ。


 ゼネクロを下がらせ、帝都より連れてきた侍従とともに、晩餐会の支度を始める。個人としては鎧を着て参加したいところだが、今のライカは国の代表だ。いきなり交渉相手をグーで殴る訳にはいかない。


 姫だった時にうんざりするほど着た赤いドレスを侍従に手伝ってもらいながら、整えた。


 不意にノックが響く。


「ゼネクロか。支度はまだ終わってないぞ」


 断ったが、ライカの意に反して扉は開いた。


 目を細め、扉を注視する。

 何か様子がおかしい。

 侍従長を下がらせると、近くに立てかけておいた剣の柄を掴んだ。


 誰だ、と問いかける。


 すると、ひょこりと顔が飛び出した。


 浅黒い肌。

 薄紫の髪。


 ライカの血液は一瞬にして沸騰した。


 その特徴――紛れもなくダークエルフだった。


「何者だ!」


 外にまで聞こえるほどの声で、一喝する。

 ダークエルフは悪戯が見つかった子供のように肩を竦め、舌を出した。


「待って待って。ライカ姫――じゃなかった今は女帝か……。ダークエルフだからってそんなに邪険にしないでほしいな。悪いスライムもいれば、良いスライムだっているんだ。良いダークエルフだっていたっておかしくないだろ」


 滑らかにまくし立てる。

 道化師の前説を見ているかのようだ。

 子供なら喜んだかもしれないが、生憎と女帝には受けが悪かった。


 ライカは柄に手を掛けたまま、エルフを睨む。


「生憎とダークエルフには良い思い出がないのでな」

「そうだね。危なくうちの母さんに乗っ取られるところだったものね」

「母さん」

「そうそう。アフィーシャはボクのお母さんなんだ。といっても、あまり実感はないんだけどね。母親らしいことは何もしてくれなかったから」

「本当にアフィーシャの子供なのか?」

かしらかしら(ヽヽヽヽヽヽ)ご存じかしら(ヽヽヽ)なんて言ってたでしょ?」

「――――!」

「ハハ……。やっぱりアフィーシャ(母さん)はマキシアにいたんだ」

「お主、何者だ?」

「あ。そっか。そっちはボクのことを知らないのか。じゃあ、自己紹介しなきゃね」


 扉にずっと隠れていた身体を出す。


 ダークエルフは赤と黒のドレスを着ていた。

 変わった雰囲気の服で、スカートにはスリットが入っており、まるで民族衣装のようだ。


 ダークエルフはバッと何かを広げた。


 見たことがある。扇子(リザイ)というものだ。

 扇子(リザイ)で半分顔を隠しながら、ダークエルフは名乗った。


「ボクの名前はパルシア。見ての通りのダークエルフだ。良い方のだよ。そして海洋国家アーラジャおよび島国連合の参謀長をやってる。よろしくね。ライカ・グランデール・マキシア陛下」


 パルシアという名前には聞き覚えがある。

 アーラジャの人事リストに載っていた。

 謎の多い人物で、結局帝国の諜報員が内実を掴むことが出来なかった。


 ――まさかダークエルフとはな。


 心底を呆れた。


 若い頭首ゆえに、どこかで馬が合うところがあるのではないかと思っていたが、まさかダークエルフと繋がっていようとは……。


「ダークエルフの言いなりになるとは、アーラジャの頭首殿の底が知れるな」

「それはちょっと違うかな。どっちかというと、ボクがドクトルの言うことを聞いている――って感じだと思うけど」

「世迷い言を……」

「ま。それはそうとさ。アフィーシャのことを聞かせてくれないかな。ぶっちゃけ興味がないんだけどさ。あの馬鹿親がどうやって捕まったのか知りたいんだよね」

「誰がダークエルフなどに……」

「そんな差別しなくてもいいじゃない。……うん。わかった。それなら今日、ドクトルに会わせてあげるといったらどうかな」

「お前に引き合わせてくれなくても、晩餐会で会うだろう」

「ドクトルは晩餐会に出ないよ」

「なに!?」


 ライカは眉間に皺を寄せた。


「体調が優れないのか?」

「ハハ……。女帝陛下は真面目だね。単にサボるだけさ。偶然にもちっちゃい頃からドクトルのことは知っているんだけど、未だに人見知りなんだよね」

「ふ、ふざけるな! 公式の外交の場だぞ」


 それもジーバルドは命を省みずセッティングしてくれた場だ。

 人見知りだからといって、出席しないなどあり得ない。

 礼儀知らずにも程がある。


「それにさ。晩餐会に出ても危険なだけじゃない。うちの頭首が狙われないとも限らないし」

「そんなことはしない! そもそもマキシア帝国と島国連合は、まだ一合も剣をまみえていないのだぞ。いきなり暗殺など」

「確かにそうだけど、間接的ならどうかな」

「ちょ! 待て! 今の聞き捨てならないぞ。やはり【太陽の手(バリアル)】は島国連合が――」

「しぃ――――――ぃ」


 パルシアは唇に指を当て、ポーズを取る。

 ただそれだけなのに、烈火のように言葉が飛び交っていた客間が、しんと静まり返った。


「その先は、直接聞いたらいいさ。さあ、どうする? ボクにアフィーシャのことを話す? 話さない?」


 冷静に考えれば、明日の交渉の席では会うことになる。

 だが、今ここで引けば、一生ドクトルと会えない――そんな気がした。


「いいだろ。アフィーシャのことを話してやる」

「やった!」

「ただし、晩餐会までだ」

「いいよいいよ。さあ、教えて。あいつの失敗劇を」

「お主……。本当にあのアフィーシャの娘なのだな」


 そっくりだ、とライカはため息を吐いた。 


新作「3000年地道に聖剣を守ってきたけど、ダンジョンの邪竜にイメチェンすることにした。」の方もよろしくお願いしますm(_ _)m

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