第28話 ~ 世界大戦と呼んだ ~
終章第28話です。
いよいよ緊迫してきました。
一方、マキシア帝国女帝ライカ・グランデール・マキシアは、海洋都市バダバへと向かっていた。
海洋国家アーラジャの元首ドクトル・ケセ・アーラジャと会談するためだ。
所謂話し合い。
だが、ライカは約2万の兵を連れて南下している。
若いといえど、ライカは馬鹿ではない。
島国連合の動きがわからない以上は、戦闘になることも考えておかなければならない。
そのため、バダバ近くには2千の軍船も待機させるという念の入れようだ。
本来であれば、盤石といえるだろう。
連合を組んでいるとはいえ島国連合とマキシア帝国の国力は3対7。
倍以上。軍事力でいえば、さらに有利が取れる。
それでも一抹の不安を感じるのは、やはり【太陽の手】の存在だ。
あれはたった1発で戦況をひっくり返す力がある。
グアラルが良い例だ。
油断すれば、マキシアとて危ない。
故に、ライカは諜報員を増やし、全力で【太陽の手】の流通ルートを洗っている。問題は国内に入り込んでいるか否かだ。
すでに【太陽の手】が持ち込まれた可能性は高い。
まだ存在すら知らなかったとはいえ、ライーマードにてギルドの一職員であるアラドラが、あっさりと国内に持ち込んだのだ。
否定は難しい。
ならば、一刻も早く見つけなければならない。
グアラル王国の二の舞になるわけにはいかなかった。
ライカは念のためブラーデルを帝都に残してきた。
万が一のこと考えて、第二継承権を持つクリネを補佐させるためだ。
その妹は頑なに同行をせがんだ。
大使として送ったジーバルトのことが気がかりなのだろう。
だが、ライカは何度も説き伏せ、残ってもらった。
妹の気持ちは痛いほどわかるが、国の命運がかかっている。
私情で国の未来を潰すことは出来なかった。
――宗一郎ならどうしただろうか……。
馬上でライカは考える。
遠くの空を見つめた。
そろそろ帰ってくる頃だろうが、再会はもう少し後になるだろう。
寂しいとは思う。
しかし、自分には自分の役目が、宗一郎には宗一郎の役目がある。
それを放り出すわけにはいかない。
ライカは首を振った。
――自分が一番私情に振り回されているではないか。
もう1度、己を引き締めた。
バダバが半日というところで、ライカは兵を止める。
野営を敷いた。
兵をここで止め置き、明日は200の兵でバダバに入るつもりだ。
この数は、事前に島国連合と取り決めをしたものだった。
野営の天幕の中で、遅くまで執務をしていたライカの下に、ゼネクロがすっ飛んできた。
齢60の老兵は息を切らし、ライカに報告した。
「も、申し上げます」
「落ち着け、ゼネクロ。何があった」
机に置いていた水を差し出す。
一気に飲み干すと、ゼネクロは報告した。
「ウルリアノ王国がニカグラ海峡にて、ウチバ連邦と戦闘に入った様子です」
「なんだと!」
さしものライカも、この報告を聞いて目を剥いた。
ウチバ連邦はマキシア、ウルリアノ、グアラルに次ぐ4番目の大国である。
内実は連邦という言葉のあるとおり、小さな小国が集まった国で、多種多様な民族が住む国だ。元首はいるが、割とお飾りなところがあり、小国が好き勝手しているというのが現状だった。
しかし、ウルリアノがマキシアと事実上の停戦合意を行った後、ウチバ連邦の東にある【黒森】に侵攻を始めた。
【黒森】はその名の通り、珍しい黒葉の針葉樹が鬱蒼と茂る未開地である。広さは、グアラル王国の領土に匹敵し、さらに未知の資源が豊富にあるといわれている。
【黒森】はウチバ連邦にひしめく小国のほとんどが、信仰の対象としている聖地だ。
歴史上、【黒森】が他国に狙われると、普段好き勝手している国々も団結し、外敵を追い払ってきた。
ニカグラ海峡は、【黒森】とウルリアノ王国を隔てる海峡であり、度々歴史の舞台にもなっている。
「どういうことだ? このタイミングでウルリアノ王国が【黒森】に侵攻したのか?」
あり得ない話だ。
ライカはウルリアノ王国シュリ王とは直接会って知っている。
賢王で争いを好まないタイプの人間だ。
新女神ラフィーシャの宣誓後には、「同盟を堅く誓う」という親書を真っ先に持ってきてくれた。
そんな人間が、今混迷している世界でさらなる火種を作るとは考えにくい。
ゼネクロは頭を振る。
ホッとしたというよりは、当然だと思った。
「いえ。どうやらウチバ連邦から仕掛けたようにございます」
「なるほどな。だが、それも妙だな」
ウチバ連邦とマキシアは国の間では、国交はない。
4代前の皇帝が1度だけ、使節団を派遣した程度だ。
故にどんな国か直接は知らない。
が、基本軸として好戦的ではない国のはずだ。
「ラフィーシャが絡んでると思うか?」
「直接的にはないでしょうが、間接的には――。ただ陛下」
「わかっている。ウチバ連邦がウルリアノ王国に攻撃を仕掛けた。同じ大国とはいえ、ウルリアノとウチバでは前者の方が優位だ」
国力でいうなら、ウチバ連邦はウルリアノ王国より下だ。軍事面でも大きなアドバンテージがある。
草原の国ゆえ、騎兵がクローズアップされる同国だが、海軍の練度も高い。それはチヌマ山脈を海路で迂回し、攻め込もうとしたマキシア帝国が、一番理解していた。
奇襲を仕掛けたからといっても、ウチバ連邦に勝算があるとは思えない。
「つまり、ウチバ連邦は何か勝算があって仕掛けた可能性が高いということだ」
「仰る通りかと」
ライカは一旦席に着く。
蝋燭の明かりに揺れる表情は、いつになく険しかった。
「【太陽の手】か……」
「おそらくは……」
「島国連合とウチバ連邦が手を組んだ可能性はあると思うか?」
「何ともいえませんな。しかし、いよいよ物騒になってきましたな」
ゼネクロは顔を上げる。
天幕の中に広げられたオーバリアントの世界地図を見つめる。
サリスト王国がエジニア王国に侵攻・王都占拠。
その後、ローレス・ムーレス軍がエジニアと睨み合いを続けている。
西ではグアラル王国王都が壊滅し、東ではウルリアノ王国とウチバ連邦が戦闘状態に入った。
そして、明日マキシア帝国と島国連合が会談を行う。
結果次第では、上記の国のように戦端を開く可能性は大いにある。
そうなれば、オーバリアントを分断され、戦争の坩堝と化すだろう。
その規模は乱世といわれた70年前とは比べ者にならない。
いわゆる――。
「世界大戦か……」
「大戦?」
耳慣れない言葉に、ゼネクロは首を傾げた。
「宗一郎から聞いたのだ」
「勇者殿から?」
「宗一郎の世界でも、2度ほど世界を2分する戦いがあったらしい。それを世界大戦と呼んだそうだ」
「なんと勇者殿の世界でもそのような」
「【太陽の手】のような恐ろしい兵器も使われたらしい。宗一郎やローランが戦争に対して並々ならぬ忌避心を持つのは、そうした戦争体験によるものなのだろうな」
「我々も学ばなければなりませんな」
「だが、そんな世界でも3度目があったそうだ。宗一郎が水際で止めたそうだが」
「勇者殿であれば、必ずやオーバリアントの戦争も止めてくれましょう」
「ゼネクロ、それを宗一郎に任せるのは酷だ。それは我々の仕事だからな」
「御意」
ゼネクロは改まって傅いた。
「ウルリアノ王国に至急使いを出してくれ。シュリ王に【太陽の手】にくれぐれも注意するようにと」
――向こうもわかっているとは思うがな。
ライカは心の中で付け加える。
ゼネクロは一礼し、天幕の外へと消えた。
一瞬吹き込んだ外の夜気に黄金色の髪を揺らしながら、ライカは1人呟く。
「エジニアに続き、ウチバか……。ドクトルという元首。恐ろしい兵器を世界にばらまいて、一体何をしたいのだろうか」
目をつぶり、しばらく考えたが、答えが出ることはなかった。
超スローペースですが、お付き合いいただければ幸いです。




