第27話 ~ ローランの冒険Ⅱ ~
お待たせしました。
第4章第27話です。
ローランはそっと木の陰から顔を出した。
周囲を警戒しながら、乗り合わせた乗客に近づいていく。
「やるわね」
「そうでもない。雇い主を殺された。ボクの失策だ」
素直に反省する。
ローランはフッと鼻で笑った。
すかさず手を掲げる。
呪唱した。
「我――ローラン・ミリダラ・ローレスが命じる。炎帝の稚児よ。紅蓮を纏いて、炎翼を広げよ」
顕現せよ、炎竜ブレアト!
瞬間、魔法円が浮かんだ。
円の中心に現れたのは、灼熱の外皮を纏った小さな竜だった。
「ぱううううう!!」
竜の稚児は口を開け、咆哮を上げた。
可愛げすら感じられる声が森に響き渡る。
「ブレアト! 炎を!!」
「ぱう!!」
子竜は大きく息を吸い込む。
腹を空気で満たすと、再び口を開けて、炎を吐きだした。
眼前の乗客に向けられたかと思えば、そうではない。
大きく逸れると、崖の上へと突き刺さった。
「んぎゃああああ!!」
悲鳴が上がる。
盗賊だ。
竜の炎で燃えてしまった弓を、慌てて放り投げる。
乗客の剣によって負傷したが、まだ反撃する余力があったらしい。
情けない悲鳴をあげると、今度こそ背中を向けて逃走した。
乗客は踵を返し、追跡の構えを取る。
ローランは呼び止めた。
「もう、いいんじゃない」
「相手は盗賊だぞ。雇い主を殺した」
「うん。そうね。……でも、殺生はよくないわ。おじいさんもそれを望まない」
乗客は体勢を解いた。
ローランに向き直る。
フードの奥から真っ直ぐ少女を見据えた。
姫君は続ける。
唄うように。
「おじいさんが望むのは、私たちが無事であること。2度と盗賊が悪さをしないこと。そして、自分を埋葬してほしいということ……」
道ばたに倒れた老人を見つめる。
憂い帯びた瞳には、うっすら涙が滲んでいた。
「死んだ者の声が聞こえるのか」
「ううん。……そういう気がするだけ。私の自己満足よ」
ローランは涙を払い、埋葬の準備のため1歩踏み出す。
その後ろ姿を見ながら、乗客はふっと息を吐いた。
「変わってるな、お前」
「うん。よくいわれる」
あっけらかんと答えた。
ローランは盗賊が落とした剣を。
乗客は崖上に落ちていたショートソードを取ってくると、穴を掘り始めた。
しばし2人は黙って作業を続ける。
だが、痺れを切らしたのか。
先に声をかけたのは、お喋りな姫君の方だった。
「本当なら、家族のもとに返してあげたいんだけど」
「自分たちが殺したと疑われるのがオチだ。ただでさえ、この辺りの憲兵は外の者に辛く当たる傾向がある。今の情勢であれば、なおさらだ」
新女神による布告。
島国連合が攻めてくる噂。
戦乱が再び起こるのではないかという不安。
それらが渾然一体となり、ピリピリとしたムードが版図全土を包んでいた。
老人を殺していないという証明をするのは容易いが、取り調べられるのはまずい。
ローランがローレスの姫君だとばれるからだ。
おそらく、この乗客にも似たような理由があるのだろう。
珠のような汗をお互い掻きながら、作業を進める。
中盤にさしかかったところで、今度は乗客の方が話しかけてきた。
「お前、召喚師か?」
「ええ……。かけ出しで。小さな竜しか呼び出せないけど」
1人で旅することは、出発前から決めていたことだ。
だから、こっそりジョブを取得し、この1ヶ月レベルを上げていた。
召喚師というのはなかなかレアなジョブらしい。
ローランに素質があったらしく、対応したギルド職員が薦めてくれた。
「礼はいわないぞ」
「別にいいわよ。そんなつもりはなかったし」
「ボクは気付いていた」
「知ってる。だから、あの人を殺めないようにしたの。ところで――」
「なんだ?」
「あなたは獣人よね」
乗客はローランの方を向く。
口元が震わせ、驚いていた。
さらに殺気へと変わっていく。
気配を察しつつも、ローランは作業を続けた。
「友達に獣人の子がいるの。その子と一緒の匂いがする」
「友達?」
「狼族の子でパレアっていうの? 知ってる?」
「知らん。……が、合点がいった」
「なに?」
ローランは首を傾げる。
「道理で狼臭いと思っていたが、そのせいか」
「え? 私、そんな臭うの」
「ボクの鼻を狂わせるぐらいにな」
「やだ! 身体はちゃんと洗ってるのに」
汗でペタペタになった着物を見つめる。
穴を掘り終えた。
2人で老人の死体を埋葬する。
安らかな顔だった。
ローランは軽く手を払って、土を落とす。
乗客の方に向き直った。
「ありがとう。えっと自己紹介がまだだったわね」
フードを取る。
森林を抜けてきた涼風に、白い髪がなびいた。
淡いピンクの瞳には、口を開けたフードの女性が映っている。
単純に珍しい髪の色に驚いたのか。
それとも美しさに見惚れたのか。
判然としなかったが、息を飲むのはわかった。
「私の名前はまなかよ。黒星まなかよ」
「変わった名前だな」
「それもよく言われる。オーバリアントではね」
軽くウィンクして誤魔化す。
「あなたの名前は?」
「ルーベル……。単なるルーベルだ」
「そう。フードは取ってくれないのかしら。心配しなくても、私は獣人を差別したり、蔑んだりしない。そんなことをしたら、大切な友達に絶交宣言されちゃう」
肩を竦めて、笑った。
ルーベルは躊躇う。
長い沈黙の後、フードを払った。
ピンと立った金色の耳が露わになる。
「かわいい!!」
アイドルに送る声援のように叫んだ。
ずいっと顔を寄せる。ピンクの瞳には、星が宿っていた。
一方、ルーベルはローランの押しに圧倒されている。
盗賊団と勇敢に戦った獣人は、半歩後ろに下がった。
「触っていい?」
尋ねた時には、すでに耳に手がかかっていた。
「やめろ! 人に触られるのは好きじゃない」
「ちぇ! ケチ!」
むぅ、とローランは口を尖らせる。
半目になりながら、ルーベルを睨んだ。
隙あらば、触りに行くといった様子だ。
ルーベルは息を吐く。
「そろそろ行くぞ」
主を失った馬車へと向かった。
馬車は森を抜ける。
太陽が山陰に入ろうとしていたが、街はもうすぐだ。
ルーベルが手綱を持ち、横でローランがパタパタと足を動かしている。
再びフードをかむり直した姫君は、手で押さえながら質問を口にした。
「ルーベルはこの後、どうするの?」
「どうもしない。東へ向かうだけだ」
「そう。私も東へ行くの」
「そうか」
「一緒にいかない?」
「な――」
唐突な提案にルーベルは驚く。
思わず手綱を引き、馬車を止めてしまった。
「そんなに驚くことはないでしょ」
「わかっているのか。ボクは獣人で」
「だから、私は気にしないって」
ルーベルは目で威嚇するが、ローランはどこ吹く風だ。
ちょんちょんと、淡いピンクの瞳を瞬かせている。
「それにね。ちょうど護衛が必要だったし」
「護衛? お金はあるのか?」
「今はないわ。でも、こう見えて私、いいとこのお嬢さんなの」
「自分で言うのか……。まあ、何となく察しはついていたがな」
胸を反らす娘を見ながら、ルーベルはジト目で睨んだ。
「報酬はちゃんと払うから。行き先は一緒なんだからいいでしょ?」
ルーベルはまた息を吐く。
しばし考えた後、獣人の娘は答えた。
「途中までなら」
「やった!」
ローランはギュッとルーベルに抱きつく。
スリスリと相手の頬に自分の頬をこすりつけた。
「ちょっと! まなか!!」
「ルーベルってお肌すべすべ。しかも、なんかほのかに暖かい」
抗議するも、ローランはやめようとはしない。
幸せそうに目を細めていた。
こうして姫君と獣人の旅は始まったのだった。
ひとまず2人のニハニハ道中は終わり。
次回はライカパートになります。
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