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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第26話 ~ ローランの冒険 ~

次のお話までローラン視点のお話になります。


 ローレス城の姫君ローランが脱走した。

 王城内がバケツをひっくり返したような騒ぎになる中、当の本人は1人の老人が営む商会の馬車に揺られていた。


 老人からもらったマテューというリンゴによく似た果物を皮ごとかじる。

 お城では絶対に出来ない豪快な食事方法だ。

 教育長が見れば、さぞ目を回すだろう。


「うーん。おいしいわあ!」


 幸せそうな顔を浮かべた。

 顔を上げると、フードが取れそうになる。

 ローランは慌てて被り直した。


 旅の祠を使い、すでにマキシア領内に入っているとはいえ、自分の白髪は目立ちすぎる。

 染めるという手もあったが、城から脱出する方法を考えるだけで精一杯でその後のことは何も考えていなかった。


 ローランの感想を聞いて、老人は豪快に笑った。


「がははは……。そうだろう。今の時期は特に酸味が効いているんだ」

「甘味と酸味が絶妙なのよね」

「話がわかる嬢ちゃんで良かったよ。美人だし。わしは果報者じゃ。可愛い嬢ちゃんを2人も(ヽヽヽ)独占できるんじゃからな」

「口が上手いのね、おじいさん」


 このこの、と老人の腕を肘でつつく。

 すると、ローランは後ろを振り返った。

 山と積まれたマテューの後ろで、姫君と同じフードが揺れている。


 ローランは赤い木の実を振って、もう1人の乗客に声をかけた。


「ねぇ! あなたも食べたら? おじさんがいいって!」

「1個や2個ならかまわんよ。山ほど食べられたら困るがな。がははは」

「ですって!」


 叫ぶが、相手は振り向きもしない。

 かすかにもそっとフードが動いただけだ。


「無口な子ね」

「訳ありなんだろ。まあ、自分から用心棒を買って出てくれたんだ。わしは仕事さえしてくれたら、文句はいわんがね」

「用心棒? モンスターはいなくなったんでしょ?」

「その代わり、盗賊が多くなってな。モンスターがいなくなって、冒険者は商売あがったりだろ? 盗賊に鞍替えするヤツが後を絶たんらしい」

「そう……」


 ローランはまたマテューを囓る。


 オーバリアントが今、そういう状況にあることは耳にしていた。

 今、冒険者の再就職先は、大まかに分けて4つある。

 1つは国の兵に志願する道。

 2つめは傭兵になる道。

 3つめは大商人の商隊の護衛。

 最後は盗賊だ。


 上位2つが特に人気だ。

 これからオーバリアントは真っ二つに分かれ、戦争を始めることになる。

 兵士や傭兵は、今や売り手市場だと聞いていた。


 オーバリアントは今、60年前に逆戻りしつつある。

 いや、それ以上かもしれない。

 何せ【太陽の手(バリアル)】という核兵器に匹敵する魔法兵器があるのだ。

 グアラル王国首都スピノヴァのように、街1つが壊滅する事例が、今後さらに増える可能性がある。


 異世界で核戦争なんてさせるわけにはいかない。


 ローランは硬く決意し、単身東を目指すことにした。

 目指すは魔王と呼ばれる者の城。

 そこにはおそらくラフィーシャがいる。

 彼女を説き伏せ、戦争を終わらせる協力を仰ぐ。

 今の状況を作り出したのは、新女神だ。

 きっと彼女の力は役に立つはず。


 宗一郎やユカ、そしてマキシア帝国女帝ライカが聞けば、100%反対しただろう。言葉でわかりあえない。そう結論づけるのがオチだ。


 ローラン自身、弁舌が立つ方だとは思っていなかった。

 それはかつて自分がいた世界でやってきた活動から重々承知している。


 でも、何となく勝算はあった。


 彼女には痛みがわかっている。

 人に虐げられること。

 いやというほどにだ。


 ダークエルフの本能、と人はいう。

 でも、自分を傷つけられて、憎悪を剥き出さない生物はいない。

 世界を破壊するというところまで膨らませていったことは特異であるにしても、それを種の本能と片付けてしまう事の方が、ローランには危険に思えた。


 アフィーシャにもアフィーシャの気持ちがあるように。

 ローランにもローランの考えがあるように。

 ラフィーシャもまた、きちんとした考えがあるのではないか。


 お人好しの姫君は、そう考えていた。

 そこが付け入る(ヽヽヽヽ)部分だと思っていた。


 城のみんなには申し訳ないと思っている。

 自分に会うために、わざわざ異世界まで来てくれた宗一郎にも……。


 けれど、自分しかいない。

 ラフィーシャを救えるのは、まなか(わたし)しかいない。

 おそらく……。いや、きっと……。

 自分がオーバリアントにやってきたのは、この時のためだ。

 ローランは強く思っていた。


「お嬢ちゃん」


 ハッと顔を上げる。

 いつの間にか、馬車は森に入っていた。

 荒れた人道が、木の間を縫うように続いている。


「疲れたのかい?」

「ううん。ありがとう。心配ないわ。ちょっと考えごとをしていただけ」

「そうかい……。それなら――――」


 老人の言葉が切れる。

 同時に、事切れていた。

 老人の喉元に深く矢が突き刺さっていたのだ。


「おじいさん!!」


 ローランは絶叫する。

 老人の手は手綱を離し、だらりと垂れた。

 バランスを失うと、そのまま地面にどうと倒れる。


「おじ――」


 ローランの言葉も途中で切れる。

 突然、上から衝撃があり、押さえつけられた。


 ビィン、と音が頭上で聞こえる。

 荷台に積んだマテューに、矢が突き刺さっていた。


「顔を上げるな」


 やや高い――少年のような声。

 フード越しに目線を上げると、後ろにいたはずのもう1人の乗客が周囲をうかがっていた。


 ローランは鼻を利かせる。

 獣臭い?

 昔、飼っていた猫の肉球みたいな臭いがした。


 ――この子……。


 さらに矢が飛んでくる。


「飛び降りるぞ!」

「え? きゃあああ!!」


 乗客はローランを小脇に抱えると、飛んだ。

 見事着地を果たすと、さらに風のように走る。

 太い木の根元に到着すると、王女を下ろした。


「あなた……。力持ちなのね」

「黙っていろ」


 フードの奥の瞳が光る。

 トパーズのように青かった。


 ショートソードを引き抜く。

 光る刃筋を見ながら、ローランはごくりと息を呑んだ。

 心配はすぐに杞憂だとわかる。


「排除してくる。ここで待て」


 木の幹から踊り出る。

 人道に出ると、馬車が止められていた。

 そこには汚らしい格好の男達が群がっている。

 手には武器。

 おそらく商人を射止めたであろう弓に、剣や槍。

 獲物は様々だ。


「5人……いや、6人か……」


 崖の上に隠れている射手をめざとく見つける。


「なんだ、てめぇ!」


 1人盗賊が近づいてきた。

 荷台に積んだマテューを頬張る。


「護衛だ」

「護衛? はっ? 雇い主を失って、仇討ちか?」

「そんなところだ」

「やめとけよ、お嬢ちゃん。雇い主がいなくちゃ。もう給金は払ってくれねぇぞ。それよりも俺たちとお茶しねぇか? そっちの方がずっと楽しいぜ」


 コートからのぞくわずかな胸の膨らみを見て、盗賊は鼻の下を伸ばした。


 対し、未だ正体不明の乗客は剣を振って答える。

 応じるつもりはないらしい。


「そっちがその気なら容赦はしねぇぞ」


 盗賊のリーダー的存在なのだろう。

 他の仲間に目配せする。

 すると、崖の上から矢が飛んできた。


 すでに乗客はいない。

 目の前の盗賊に向かって、直進する。


「舐めやがって!」


 もう1人の射手が弓を引く。

 乗客には緩慢な動きすぎた。

 一瞬にして、間合いを制圧。

 切っ先を地面に擦りつけながら、切り上げた。


「ぎゃあああああ!!」


 深緑の森に盗賊の悲鳴がこだまする。

 男の両腕が真っ二つに切り取られていた。

 さらに振り下ろす。

 脳天を割られ、あっさりと絶命した。


「ひ、ひぇ……」


 赤い鮮血が道に広がっていく。

 凄惨な光景を見ながら、盗賊は戦いていた。

 おお、と声を上げ、逃げ腰になっている。


 乗客は容赦しない。


 地を蹴る。

 一足飛びで接敵すると、槍を持った盗賊の胴を武器と一緒に薙いでいた。

 さらに攻勢は続く。

 1人、2人とショートソードの錆になっていった。


 気がつけば、リーダーと崖上で待機する射手だけだ。


「て、てめぇ、何者だ!?」


 ガタガタと全身を震わせながら、盗賊は叫んだ。

 返答はない。

 代わりに剣が振り下ろされた。


 打ち合うこともなく、リーダーは絶命した。


「ひぃ!」


 崖の上から悲鳴が聞こえる。

 弓を引いたまま固まっていた。


 フードの奥から青い目が光る。

 凍れるような鋭い眼圧(ヽヽ)に、思わず手を離してしまった。

 弓は大きく逸れ、乗客の後ろの幹に突き刺さる。


 盗賊が弓を放り出した瞬間、男の肩にショートソードが突き刺さった。


 奇声を上げ、崖の上で人が倒れる音が聞こえる。

 一瞬の闘争は、静かに幕を下ろした。

 残ったのは、血の臭いと森独特の静けさだけだ。


「もう出てきていいぞ」


 人を殺した直後とは思えないほど、冷静な声だった。


獣人っぽい女の子のことを皆様が覚えていてくれるといいのですが……。


覚えていないという方は、第4章第12、13話を参照下さい。

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