第24話 ~ アイルビーバックっす! ~
終章第24話です。
1ヶ月後。
【エルフ】を立つ日。
宗一郎は従者悪魔のフルフルとともに、世話になったラードに別れの挨拶をしていた。
「滞在中は何かと世話になった」
「なあに。あんたらのおかげでマーグの量を減らすことが出来た。こっちこそ感謝だ。ありがとうな」
まさかダークエルフにありがとうなどと言われる日が来るとは思わなかった。
だが、1ヶ月【エルフ】で暮らしてみてわかったことがある。
彼らは、本来は純朴な種族なのだ。
やりたいことをやり、非効率なことを徹底してそげ落とす。
1つボタンを掛け違えれば、極端だとか個人主義だとか、冷たいと思われるかもしれない。
でも、それがダークエルフなのだ。
そう受け止め、話をすると、存外その性質は悪くないような気がしてくる。
彼らは決して悪いことをしているのではない。
ただ自分の信念や理念を、曲げることすら知らずに生きているだけなのだ。
そう悟った時、宗一郎は思わず笑ってしまった。
彼らの生き方が、自分の究極形に思えてしまったからだ。
そんなダークエルフだからこそ、見送りもラード1人しかいなかった。
ここでは彼の方が異端なのだ。
別れの場に、ラードが持つテグフォが鳴った。
通話を選択すると、テグフォに映ったのは、ダークエルフの長老だ。
深い眉の奥から視線を飛ばし、宗一郎を見つける。
『異界の人間よ』
「なんだ?」
『願わくば、ここより立ち去った後に【旅の祠】を破壊してもらいたい』
「長老……。それは――」
宗一郎は慌てて反論する。
しかし、老人は譲ろうとはしなかった。
『お前の言いたいことはわかる。だが、もう決めたことだ』
「ラード……。お前の意見を聞かせてくれ」
ダークエルフの青年は、1度目を伏せた。
数秒、何か考え事をした後、口を動かす。
「ぼくもそれでいいと思う」
「ラード……!」
「君たちと暮らしてみてわかった。ぼくたちは相成れない存在なんだ」
「だが、共に生きたではないか。この1ヶ月」
「それは宗一郎だからだ。君の考え方は、とてもダークエルフと似ている。だが、人間の多くは、あのお姫様を守っていた騎士と同じ考えだ。ダークエルフは忌むべき存在。ぼくたちはそれを否定しない。それは歴史が教えてくれている」
「…………」
「それにここの連中は、もう人間とは関わりたくないと思っている。静かに暮らしたいんだ」
「いずれ滅亡するぞ」
『それもいい。……種はいつか淘汰されるものだ。お前たち人間もまたそういう日がやってくる』
長老が話を結ぶ。
宗一郎は【エルフ】に立つ尖塔を眺めた。
多くのダークエルフが住む高層マンションとも言うべき構造物。
【エルフ】という島の象徴的存在だった。
その姿を瞳と、頭と、胸に刻み、宗一郎は頷いた。
「わかった」
『感謝する人間』
長老は頭を下げる。
「勘違いするな。祠を破壊するだけだ」
宗一郎はラード、そして長老を見つめる。
「もし、何もかも終わり、オーバリアントに平穏が戻った時、俺はここにやってくる。船でもなんでも使って、意地でもここに着て、人間と和解させる」
『何故、そこまで我らに肩を持つ』
「お前らがあまりにも自分勝手にやっているからな。俺も自分のやりたいことをやってみようと思っただけだ」
空を見上げた。
薄い筋状の雲が東から西へと流れていく。
太陽の強い光は今、薄い雲に遮られ、目玉焼きのようにぼやけていた。
「それに、これはあるものの願いでもある」
『ある者……』
テグフォの中の長老が眉を顰めた。
宗一郎は微笑む。
一瞬伏せた目の裏に、1枚の絵画が思い浮かぶ。
様々な人種、国の人間が並んだ絵。
そこに終ぞ描かれることなかった空白に思いを馳せた。
「もうその者はいないが、せめてお前たちには、その絵を見てもらいたいのだ。だから、すべてが終わったら、迎えに行く。それまで生きていくれ」
『好きにするがいい。我々が口を挟むことではあるまい』
「長老はともかくぼくは生きているだろうから。本当にそんな世界があるなら、1度は見てみたいものだね」
ラードは笑った。
『わしはこれで失礼する。達者でな、異世界の者よ』
一方的に長老はテグフォを切った。
「いい長老だな」
「だろ。ぼくも大概だといわれているけど、長老も結構人間臭いところがあるんだ。あんたらと話した辺りから、その臭いは一層濃くなったような気がする」
「そうか」
ラードはフルフルに近づいた。
膝に手を突き屈む。
胸のブローチを見つめた。
「今生の別れだね、アフィーシャ」
「元気でねっていって、涙ながらに手を振れとでもいうのかしら。あなたとは、とっくに縁が切れていると思っているのだけど」
「そうだね。……でも、1ヶ月だったけど、ちょっと楽しかったよ」
「楽しかった? 仲間のいう通りね。あなた、本当に人間臭いかしら」
「アフィーシャに言われたくないね」
クツクツと笑う。
アフィーシャの言うとおりだ。
ラードの表情の変化は、初めて会った頃と比べると、格段に多彩になっているような気がした。
たった1ヶ月――。
頑なだったダークエルフが変わった。
それも進歩の1つなのかも知れない。
「姉さんにあったら、よろしく伝えておいて。ああ……。もし死んでいたら、墓に花でも添えておいてよ」
「何よ、それ? あの子への皮肉?」
「墓碑にはそうだな。『パルシア、愛に死す』なんてどうかな」
「あなたの冗談で1度も笑ったことはないのだけど、今のはその中でも最高に笑えるネタかしら」
「だったら笑ってよ」
「いい女は、お腹を抱えて笑ったりはしないのよ」
「ちぇ!」
「さ。勇者様、早く行きましょ。そうじゃないと、気が変わって、【エルフ】に残るとか言い出しそうな子がいるわよ」
アフィーシャは顔を上げた。
フルフルの顔が見える。
黄金色の瞳には、涙が浮かんでいた。
「うぇえええええんん! もっと遊んでいたかったッスよぉぉおぉおおお!!」
――そっちか!
「【エルフ】! フルフルはいつか帰ってくるッス! アイルビーバックっす!」
「じゃあな、ラード」
「ああ。宗一郎も元気で。……母さんも」
アフィーシャは一瞬、ラードに向かって視線を上げた。
だが、すぐに伏せ、眠りについた。
フルフルの首につけた縄を引っ張りながら、【エルフ】を後にした。
【旅の祠】を抜けると、いつか見た鬱蒼と茂った樹海が見えた。
落葉の季節を迎えているらしい。
赤い落ち葉が絨毯のように敷き詰められていた。
宗一郎はたった今、出てきた【旅の祠】に向き直る。
「ご主人。本当に破壊しちゃうんスか?」
「ああ……。長老の意志は果たさなければならない」
「あのじじいは、おそらくラフィーシャに自分たちが使われることを恐れたのかしら。もうこれ以上、人間の敵になるのが嫌だったのかもね。腑抜けたダークエルフが考えそうなことかしら」
「“腑抜け”というは撤回しろ。あの者たちはあの者たちで考え、最善を選んだんだ」
「はーい。申し訳ないかしら」
宗一郎が睨み付ける。
アフィーシャは肩を竦めた。
「しかし、ご主人。壊すといってもどうするッスか? ゴールド製の剣では、こんな頑丈そうな祠、壊せないッスよ」
「魔術を使うしかないな。他の者に任せるわけにはいかんし」
ガス欠寸前の宗一郎にとってみれば痛い出費だが、仕方ないと割り切った。
拳に力を込める。
高らかに呪文を唱えた。
「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ」
宗一郎の手に赤光が宿る。
力が溜まった瞬間、気合いとともにその力を解放した。
祠にぶつける。
無数のヒビが、石の建築物を貫いた。
瞬間、破砕する。
中の装置まで吹き飛んでしまった。
そこに祠の姿はない。
ただ石の粒だけが、堆く積み上がっていた。
「これでいい」
高ぶった自分の感情を押さえ込むように、宗一郎は呟いた。
いいところではありますが、しばらく休載させていただきます。
本業の方の仕事に専念したいのと、しばらく充電期間おきたいと思い、
誠に勝手ながら決めさせていただきました。
個人的にはそんなに長くはならないと思いますが、
楽しみにして頂いている方には、本当に申し訳なく思っております。
パワーアップして帰ってきますので、これからも本作をよろしくお願いします。




