第19話 ~ 脳天に当てるつもりが当たってしまった ~
サブタイが誤字ではありません。
終章第19話です。
よろしくお願いします。
長老の話を聞き、塔を後にすると、1人のダークエルフの青年が駆け寄ってきた。
年はラードと同じぐらいだろうか。
随分、急いでやってきたらしい。
顔には大量の汗を掻いていた。だが、無表情だ。
ダークエルフの村を見て思ったが、彼らはあまり感情を見せない種族なのだろう。
アフィーシャは例外というわけだ。
「エレーレ? 狩りに出ていたんじゃないのか?」
「ああ。そうだ。ただ別の用事が出来た。お前に見せたいものがある。ついて来てくれ」
返事を待たず、エレーレという青年は元来た道を引き返す。
やはり何か緊急事態が起こったらしい。
「オレたちも付いていっていいか?」
「あんたらがそれでいいなら構わねぇよ」
ラードはエレーレについていく。
宗一郎たちも後を追った。
現場に到着した一行は唖然とした。
「くそー。はなせー。縄をとけー」
犬の遠吠えみたいに叫んでいるのだが、完全に抑揚が抜けていた。
つまりは棒読みだ。
1人の女が太い棒に手足を縛りつけられ、なまけもののようにぶら下がっていた。
よくアニメとかで見る狩猟民族が、動物を掴まえてきた時にするようなアレだ。
ぶら下がっていたのは肉汁が滴るような牛でも豚でもなかった。
人だ。
いや、よく考えれば人でもなかった。
訂正。
悪魔だ。
しかも、3人がよく知る悪魔である。
「お! ご主人! 助けにきてくれたんスか!?」
ピカリと目を輝かせたのは、契約悪魔フルフルだった。
薄紫色の髪と尻尾を垂らし、八重歯を見せて喜んでいる。
「あんたらの知り合いか?」
「いや。全然!」
宗一郎は速攻で否定する。
「ちょ! ちょっと、ご主人! 宗一郎の便所悪魔フルフルを忘れたッスか!」
「卑猥な表現をするな! 馬鹿者が!」
「なーんだ。覚えてるじゃないスか。ヤリ捨てられたのかと思って焦ったッスよ」
「おい。誰かこいつを火あぶりにしろ」
「おいおい。ダークエルフも引くぐらいの即決っぷりだな」
ラードは肩を竦める。
「ところでなんだよ、この縛り方は。なんつーか、下品っていうか。ここまでしなくてもいいだろ?」
ラードの仲間たちは顔を見合わせる。
無表情のままで説明した。
「こいつがそうやれと」
「それが狩猟民族のスタイルだとかどうとか」
「…………」
黙ってラードは宗一郎の方を向く。
視線が痛かった。
「あんたたちの知り合いって、かなり変わってるな」
――ごめんなさい。
宗一郎は心の中で詫びた。
「縄を解いてやれ。どうやら客人の知り合いらしい」
「ダメッス!」
思わぬところから物言いがかかった。
フルフルだ。
木の棒にぶら下がった状態で、目を血走らせ、力説した。
「フルフルは捕まったッスよ! このスタイルになったからには、火あぶりが決定なんス! フルフルは祖国を救うために立ち上がった乙女。しかし、最後は味方に裏切られ、敵国に捕まって火あぶりになるんスよ」
――ジャンヌ・ダルクか!!
「いやー、何世紀ぶりッスかねー。確かセイラムの時に1回おいたをやって人間に捕まちゃったんスよ。火あぶり、熱いッスけどね。背中とお尻をじりじり焼かれるのって、意外とフルフルの性感帯に響くっていうか。ちょっと過激な蝋燭プレイみたいなもんスからね」
…………。
言葉をかける隙間もなかった。
宗一郎は黙って振り返る。
ユカを見つめた。
「ユカ……。お前、魔法は使えるか?」
「すまない、宗一郎。ただ――今自分が魔法使いではないことを激しく後悔している最中だ」
「…………」
何も言わず、宗一郎は頷いた。
フルフルに向き直る。
手を掲げた。
無邪気な瞳をパチパチと瞬いた。
「では、ここで望み通りにしてやる」
「ぎゃああああああ!! ご主人、こんなところで魔術使っちゃったらダメッスよ! やめて! お願い! こんなところで無駄な魔力を――ぎぃゃああああああああああああ!!」
こうして悪は去ったのでした。
めでたしめでたし。
「めでたしめでたしじゃないッスよ! マジ死ぬところだったッスよ!!」
全身黒く染まったフルフルは、煤を払った。
頭は実験に失敗した博士みたいに、アフロヘアになっている。
けほっ、と吐き出した息も黒くなっていた。
「真剣に殺すつもりだったのだがな」
ギロリと睨み、手を掲げる。
その眼光はマジだ。
横で見ていたラードは顔を青くしたが、当人は至って涼しい顔をしていた。
「やだなー。もー。冗談ッスよー。ご主人、そんなにフルフルがいなくて寂しかったんスか?」
「むしろオレの平穏な日々を返してほしいのだが……」
「そんなに怒らないでほしいッスよ。あ。わかったッス。きっと溜まってるから、怒りっぽいんスよ。じゃあ、今から早速…………」
「――――ッ!」
「やめろ、宗一郎。相手にしても無駄だ。お前たちの世界には、暖簾に腕押しという言葉があるのだろう。まさにそれだ」
以前、ローランに教えてもらった言葉をユカは披露する。
しかし、フルフルは懲りなかった。
「むふふふ……。フルフルは無視されたって大丈夫ッスよ。放置プレイも、レズプレイも安心安全印の悪魔ッス! どうスか、ユカたん。今晩――」
フルフルの脳天にナイフが突き刺さった。
「ぎゃあああ! 何をするッスか!?」
「すまん! 脳天に当てるつもりが当たってしまった」
「国語おかしくないッスか!? 明らかに殺意があったじゃないスか!」
「何か問題でも……。なあ、宗一郎。こいつ、なんで死なないのだ?」
「すまんな。しぶとさはゴキブリ以上なんだ」
「ねぇ……。それよりもダークエルフさんたちの方が困惑していると思うけど」
ローランの指摘通りだ。
ダークエルフたちは宗一郎を取り囲んでいた。
その瞳こそ奇妙なものを見るような様子だったが、表情に乏しいため余計に恐ろしく思えてしまう。
宗一郎は息を吐き出した。
「お前、なんで捕まったんだ?」
「あのにんじんのモンスターを追いかけていたら、ばったり出会ったんスよ。ラノベの導入みたいに」
――街角で起こるボーイミーツガールじゃあるまいし。
「ボーイミーツガールね」
「まなか姉も、そんな目をキラキラさせて乗っからないでくれ」
「はーい」
しょぼん、とローランは肩を落とす。
その横で宗一郎は頭を下げた。
「すまない。オレたちの仲間が迷惑をかけたようだ」
「いいよいいよ。別に謝ることじゃない。こちらこそ悪かったな。あんたらの仲間とわかれば、こんなことはしなかったんだが……。ところでにんじんってなんだ?」
「やたらとすばしっこい――おそらくモンスターだと思うんだが――オレたちの世界の野菜に似ているから、にんじんと呼称している」
「すばしっこいか。やっぱマーグが増えてるみたいだな」
「マーグ?」
「【エルフ】に住む特有のモンスターさ」
「特有! つまりレアっていうことッスか!?」
フルフルは神を崇めるが如く、ラードを見上げた。
「外から来た仲間はそう言ってる。だが、少々困っていてな。こちらから手を出さない限り人畜無害だったんで、放っておいたんだが、どうやらかなり繁殖したらしくってな」
「食糧か何か被害にあったのか?」
ユカが質問する。
「いや、なんというか……」
鬱陶しい……。
――ああ……。
――なんとなくわかる気がするッス。
一同は同時に頷いた。
「で、最近ぼくたちで退治し回っているのだが、知っての通りあのスピードだろ。手に負えない状態になっていてね」
「ダークエルフの叡智を持ってしてもか?」
「そんなに皮肉らないでくれよ、剣士のお姉さん。ぼくたちも材料とかあれば、何か考えるさ。だが、あいにくにこの島には必要な素材がないんだ」
なるほど、と宗一郎は頷いた。
本気になれば、あっさりと異世界の扉を開いたり、クローンを作ったり出来る種族である。
その割りに、やたらと原始的な生活をしていると思ったら、この島内で出来ることに限っていたというわけだ。
「オレたちも協力しよう」
「ああ。それは助かる。ぼくたちはモンスターに関しては無知に等しいからね。あんたら専門家がついてくれるなら心強い」
その言葉を待っていたらしい。
他のダークエルフも依存はないようだ。
「ところで、あんたら案内したダークエルフってはぐれたままか?」
「アフィーシャのことか……」
名前を出した途端、周囲がざわついた。
無表情に近いダークエルフたちが顔をしかめ、1歩後ずさる。
フルフルというよくわからない種族を掴まえてもさほど慌てていなかった黒い妖精たちが、警戒感を露わにしていた。
「それならここにいるッスよ! アフィーシャたん、起きるッスよ」
全く空気が読めないフルフルは、胸についたブローチを叩く。
この一大事にずっと眠りこけていたダークエルフは、思いっきり伸びをした後、周囲を見回した。
「あら。ようやく村に着いたのかしら。一時はどうなるかと思ったけど」
「やっぱりあんただったか」
ラードが1歩踏みだし、ブローチの中のダークエルフに詰め寄った。
アフィーシャもまた顔を上げて、青年を凝視する。
「あらら……。ラードじゃない。久しぶり」
「ああ。久しぶりだな」
母さん……
来週月曜もよろしくお願いします。




