第18話 ~ 受け入れろというのか、この真実を ~
ちょっと体調不良により、いつもの投稿時間に間に合いませんでした。
申し訳ないです。
終章第18話です。
長老の話はそっと終わりを告げた。
しかし、息苦しいほどの緊張感は残り続ける。
狭い部屋に重たい沈黙が下りた。
それぞれがそれぞれの顔で話を受け止めた。
特に狼狽していたのが、ユカだ。
あまりに荒唐無稽な話に「信じられない」と呟いた。
宗一郎やまなかと違い、生粋のオーバリアント人である彼女にとっては、受け止めがたいことなのだろう。
オーバリアントにいる人類は、余所から来た。
それを成し遂げたのが、ダークエルフ。
いわば、彼らが神さまみたいなものだからだ。
一方、宗一郎は妙に納得していた。
実はオーバリアントに初めて来た頃から気にはなっていた。
この世界に住む人間が、あまりに自分たちと同じ構造を持っていたからだ。
多世界論解釈を行うなら、現代世界の人間とオーバリアント世界の人間とそっくりである可能性は、0というわけではない。
だが、あまりに都合が良すぎる。
それはもはや神の悪戯と呼ぶしかない確率の話なのだ。
宗一郎が初めて転移した先に、探していた黒星まなかの魂があったこともそうだ。さらにプリシラも、宗一郎と同じ世界の住人だった。
宗一郎がオーバリアントにやってきたのは、すでに現代世界とこの異世界になんらかのチャンネルがすでに開いていたからではないか。
それならオーバリアントの人類が、宗一郎と似ているのも頷ける。
つまり、オーバリアントの人類は、宗一郎が生まれるずっと前に、ここへ移住してきた現代世界の人類なのではないか、ということだ。
それなら、まなかの魂がオーバリアントにたどり着いたことも説明が付く。
「えっと……。どうしました、皆さん」
沈黙に耐えかねてラードが声をかけた。
「すまない。思ってもみなかったところで、こちらに来てから感じていた違和感の正体を払拭することができたのでな。少し驚いていたところだ」
「宗一郎。こいつらの言うことを信じるのか?」
食ってかかったのはユカだった。
まだショックから立ち直れていないらしい。
顔を真っ赤にして睨んだ。
宗一郎は冷静だった。
「科学的――というのはおかしいか。だが、先ほどの話は合点がいく部分は多い。こっちの思惑とも一致するしな。ユカこそ、どうしてそんなに怒っている?」
「すべてだ。ダークエルフこそ、このオーバリアントの真の支配者といわんばかりではないか」
「真の支配者であるかはともかくとして、彼らが人類よりも先にオーバリアントにいた種族であることは確かだろう」
「それを信じるのか、と聞いているのだ」
「信じるわ、私は」
はっきりと明言したのはローランだった。
お付きの護衛の方を向かず、長老を真っ直ぐ見つめていた。
「このおじいさんは嘘をいっていない。というより、嘘をいっても仕方がないという顔をしている」
「またそんな根拠のない推測を――」
「それにユカ。あなたはすべてといったけど、1つだけ私たちも知る真実があるわ」
「……なに?」
ユカは眉を顰めた。
「私たちが彼ら――ダークエルフを虐げてきたこと……。それは紛れもなく事実よ」
「こいつらはいくつもの国を滅ぼしてきたんだぞ」
「そう。……でも、やられたらやり返すでは、私たちもダークエルフとそう変わらないんじゃないかしら」
「黙って殺されろ、というのか、ローラン」
ローランは首を振る。
「そういうわけじゃない。戦うべき時には戦わなければならない。でも、もっと他に方法があったはずよ」
「そんな方法……」
「ユカ……」
そっとローランはユカの手を握った。
女性の割りにゴツゴツとしていて、硬い手だ。
この手で彼女は、幾多の命を奪ってきた。
モンスターだけではない。悪人とは言え、人の命もだ。
「モンスターという脅威はあったにせよ。オーバリアントはかつてない安寧の時代を迎えていたと私は考えている。あなたもその時代に産まれ、生きて、わかっているはず。それがどれだけ尊いことなのか……」
「ローラン。わかっているだろ。私がどんな人生を生きてきたのか」
「わかってる。それでも、あなたとこうして出会えたのは、今の時代があったのだと信じている」
ユカの腰に手を回し、ローランは抱きしめた。
女剣士は呆然と天を仰いだ。
「受け入れろというのか、この真実を……」
呟いた。
宗一郎は長老に向き直る。
「ところで、お前たちはここで何をしているのだ。永遠のゲリラ戦を演じるのが、ダークエルフの役目ではないのか?」
「我々は疲れたのだ」
長老は顔を上げる。
「確かに、このオーバリアントをみすみすお前たちの手に渡してしまったのは忌々しい。それに同胞を殺したこともだ」
深い眉の中に隠れた瞳から、一瞬老人の殺意が垣間見えた。
「だが、このままではいずれ種が滅ぶ。いかな我らとて、種の滅びは避けなければならない。それに……。そなたたち人類を呼んだのは、他でもない我らだ。その失敗を、我らは受け入れなければならないだろう」
「疲れた、というのは?」
「言葉通りだ。ゲリラ戦に疲れたのだよ」
「あの……」
ローランが長老に近寄る。
「何か私に出来ることはないかしら。こう見えて、お姫様なの。それなりに権力は持っているつもりよ」
長老はギロリと睨んだ。
しわがれた口を動かす。
「ならば、放っておいてくれないか。そっとしておいてほしい」
心配そうに見つめるローランの肩に、宗一郎は手を置いた。
何も出来ない少女はシュンとなって後ろに下がる。
それを見送り、宗一郎は今一度告げた。
「どうあれ、お前たちの同胞であるラフィーシャを倒すことになるぞ。いいな?」
「是非もなかろう。我らからしても、あやつの行動は常軌を逸しておる」
「もう1度、聞くが、ラフィーシャの居所に心当たりは」
長老は軽く頭を振った。
「ない。……だが、お主らアフィーシャと一緒に来たのだろう?」
「ああ」
「あの子が知らないはずはないと思うがな」
「ぼくもそう思います」
同意したのは、後ろで聞いていたラードだった。
会った時から気になっていたが、妙にアフィーシャのことになるとこの青年は、口数おおくなるような気がする。
「わかった。世話になったな」
「わしからも1つ聞いてよいか……」
「お主……。オーバリアントの人間ではないな」
「ああ。言ってみれば、お前たちが連れてきた人類の――そのオリジナルの世界からやってきた」
初めて長老の顔が大きく変わる。
皺と伸び放題の体毛でよくわからなかったが、心底驚いたらしい。
やがて「かっ」と笑った。
「なるほどの。向こう側から開いて、こっちに来たのか。……どうじゃ? あっちの世界は?」
「オーバリアントとそう変わらない。だが、国同士で好き嫌いはあるが、まあ……うまくやっている方じゃないのか?」
「なるほど。……存外、この世界のことを人類に任せても、さほど悪くはなかったかもしれないの」
長老はテグフォを操作する。
現れたのはオーバリアント全土の地図だった。
ぼんやりと眺め、長老はそのままスイッチが切れたように押し黙ってしまった。
ちょっと短めですが、今日はここまでです。
体調によって予告もなく投稿が途切れることがございます。
都度ご連絡するつもりですが、ご了解いただけたら幸いです。




