第15話 ~ 海そのものが敵か ~
終章第15話です。
よろしくお願いします。
「まさか……。プリシラ様が亡くなってから初めて我が国に宣戦布告したのが、海洋国家であり、商業都市でもあるアーラジャとは……」
ブラーデルは首を振った。
場所は皇帝の執務室である。
そこに彼と、ライカ、ゼネクロ、クリネが集まっていた。
クリネは侍女に運ばせたティーポットからお茶を注ぐ。
机に肘を突き、難しい顔をしている姉の前に置いた。
ゼネクロは本棚に寄りかかり、こちらも腕を組んで考え込んでいる。
重い空気が当人たちの肩にのしかかっていた。
あの後、議会は紛糾した。
即刻、軍を派遣し、アーラジャに先制攻撃をしかけよ、という意見。
もしくは南の守りを固めるべしという意見。
事情を話し、まずはマキシア帝国が潔白であるということを主張するべきという慎重な意見。
3つの意見が話し合われたが、まとまることはなかった。
1度、皇帝が意見を集約し、追って沙汰を下すということになり、一任する形で議会は閉会した。
ライカはブラーデルと、ゼネクロを呼び、意見を尋ねたが、それでも沈黙するしかなかった。
何せ60年ぶりの他国からの宣戦布告である。
戦争の中で生きた祖父なら「戦うべし!」と一喝したであろうが、ライカはそう判断できなかった。
モンスターという枷はあれど、人間同士の戦争がなかった世界。
それは世界を1つの家族としたいカールズの理想にもっとも近かったと言える。
もし、その理想を手放せば、人類は結局過去へと逆戻りする。
それだけは絶対にあってはならない。
何より、宗一郎が許さないだろう。
しかし、マキシアはすでに被害を受けている。
まだ少数ながら戦争に賛同する者も帝国国民の中にも現れはじめていた。
その中身は、サリスト遠征時に息子や父親を亡くした家族だ。
皇帝は民の上にいる以上。
理想と私事だけで判断することは出来なかった。
やおらライカは顔を上げる。
置かれた紅茶を一口すすった。
少し冷めている。一体いつから自分はこうして考え事をしていたのだろうか、とライカは考えた。
「お姉様。紅茶、入れ直しましょうか?」
クリネはティーポットを持ち上げた。
ライカは手を振る。
「いや、いい。それよりもブラーデル」
「はっ! 何でしょうか、女帝陛下」
「ドクトル・ケセ・アーラジャ……とは、どんな人物だ」
「はい。そういうと思いまして、ある男を帝都に召喚しております。ちょうどこちらに来ていて幸いでした」
「ある男?」
すると、タイミングよくドアが開いた。
ひょろりとした体躯の男が、執務室に入ってくる。
若草色の髪の一部を赤く染めた変わった髪型。
弦のような細い目。
体つきとは違って、大きな口。
見覚えるのある人物に、執務室は騒然とした。
「じ、ジーバルド様!」
大きな声を上げたのは、クリネだった。あぶなくポットを落としそうになる。
ライカも椅子を蹴って立ち上がった。
入ってきたのは、ライーマードにおいて宗一郎たちを邪魔してきた貴族。
ジーバルド・プロシュ・ヘステラだった。
「何者だ?」
1人事情を知らないゼネクロが尋ねる。
自慢の髭をいじりながら、入ってきた若者を睨んだ。
ジーバルドは丁寧にお辞儀をして、ゼネクロに向かって自己紹介する。
「はじめまして、ゼネクロ・ベゼル・マリリガ公爵閣下。私はジーバルド・プロシュ・ヘステラ。帝国資源開発室次長を務めさせてもらっています」
「ヘステラ……。ああ、クロインツ子爵のせがれか」
「父が生きておりました折りは、大変お世話になりました」
「いや、待てよ。確かヘステラ家は没落したと」
「はい。今はこうして帝都で働かせてもらっています」
「ゼネクロ……。子爵を知っているのか?」
ブラーデルが口を挟む。
「父親をな。貴族でありながら、結構な商売人だったと記憶している。そうか。今は、お主が継いだのか。……それよりも、何故この場に?」
「そ、そうです!!」
声を上ずらせたのはクリネだ。
「どうして、ここにジーバルド様が」
「クリネ様もご存じなのですか?」
「色々あったのじゃ」
ゼネクロは目を剥くと、ブラーデルがたしなめた。
クリネとジーバルドの仲は、議長も知っている。
ライーマードから帝都への道すがら、聞いてもいないのにフルフルから聞かされたのだ。
当人はというと、クリネが驚いていることが愉快らしい。
「もちろん、ブラーデル閣下に呼ばれたからだよ」
「ブラーデル、聞いてないぞ」
ライカは落ち着きを払って、椅子に座り直した。
元老院議長は何食わぬ顔で主君の方を向く。
「失礼いたしました、陛下。実は、このジーバルドは昔、ドクトル・ケセ・アーラジャに会ったことがあるそうで」
「なに……」
目を細める。
ジーバルドは慌てて手を振った。
「そのような怖い顔をしないでください、陛下。確かに我々の間には、色々とありましたが、今は深く反省しております」
ライカは1度、ブラーデルの方を見る。
議長が深く頷くと、質問した。
「それで、ドクトルとどういう関係なんだ?」
「温泉経営に手を出す前に、海上貿易をやっていまして――ああ。それはすぐに辞めてしまったのですが――アーラジャに行く機会があって、その折りに」
「いつだ?」
「3年ほど前になります」
「すでに元首となった後か……」
「はい。マキシアに興味があったようで、私がマキシアの元貴族だと聞いて、色々と質問されました」
「それでジーバルド……。どんな男だった。ドクトル・ケセ・アーラジャは?」
ブラーデルに聞かれ、ジーバルドは少し言い淀む。
若草色の髪を後ろに撫でつけると、少々重たそうに口を開いた。
「陛下。どうか怒らないで聞いていただきたいのですが……」
「…………? わかった。とりあえず話せ」
ライカは首を傾げながら、促した。
咳を払った後、ジーバルドは慎重に言葉を選んだ。
「ドクトル元首をシンプルに、一言で表せる表現がございます。それは――」
陛下の婚約者である杉井宗一郎様に似ておられるのです……。
「宗一郎に!?」
女帝陛下は激しく反応した。
机に手をつき、鼻息を荒くした。
だから、あまり言いたくなかったのだ、という風に一度首を振る。
ジーバルドは「まあまあ」と手で制した。
「失礼いたしました、陛下。その……つまり、あなた方がよく使う言葉ですよ。意識が……ええ、なんと言いましたか?」
「高い、か?」
ゼネクロが答える。
「そうそう。そうです。ドクトル元首もそういう方でした。1つの大きな理想や理念を持ち、常にその目的に向かって邁進しようとする。頑固――失礼――その一途なところは、勇者殿にそっくりなのです」
「それが本当だとするならば、厄介な相手だな」
「ただ……」
「ただ?」
ライカは緑の瞳を上げた。
「1つ勇者殿との違いがあるとすれば、勇者殿が斬れる宝剣であるならば、ドクトル元首は暗殺者が使うナイフといったところでしょう。理想理念に対して執着するその行動力は、勇者殿以上かもしれません」
「例え、他を犠牲にしてでも――ということか」
「おそらく」
ジーバルドの話を聞いて、大きく頷いたのはブラーデルだった。
「対外政策的に見ても、その例えは頷けますな。中央諸国をまとめ上げた時のスローガンはまさに独裁者だ」
「その1歩手前といったところでしょうね」
細い肩を竦める。
一旦、話が途切れると、口を開いたのはゼネクロだった。
「今回の宣戦布告について、貴兄はどう思う?」
「それについても、1つ意見を具申したいことがあります」
「よい。離せ、ジーバルド殿」
ありがとうございます、と礼を言って、ジーバルドは話を続けた。
「おそらく皆様は、ドクトル元首が新女神ラフィーシャなる人物の言葉に踊らされ、マキシアに対して宣戦布告したとお考えでしょうが、私の意見は違います」
「ほう……」
「実は、マキシアとアーラジャとの確執は、すでに先代カールズ陛下の頃からあったと推測します」
「確執?」
ライカは眉を顰める。
「陛下は現在、帝国が海上運賃を規制しているのはご存じでしょうか?」
「ああ。だが、それは致し方ないことだと思っている。モンスターが現れて以降、陸送の運賃が高騰した。そのため海上運送の需要が増え、各商会が軒並み運賃を釣り上げたのだ。そうした動きに対して、歯止めをかけるためのものだった」
「本当にそれだけですか?」
「どういうことだ?」
逆に聞き返すと、ライカは瞳を光らせる。
ジーバルドは落ち着きを払い、話を続けた。
「失礼。おそらくそれが真実なのでしょう。しかし、ドクトル元首はそう思ってはいないようでした」
「なに……?」
ジーバルドは視線を逸らす。
執務室に飾られた世界地図を見つめた。
「陸とは違って、海は楽園そのものです。その中で、海洋国家アーラジャは自由に海を行き来していました。そして、それによって得られた外貨は、マキシアをも越えようとしています。この60年間……。もっとも力をつけたのは、海を主とするアーラジャや、島国連合なのですよ、陛下」
「何がいいたい?」
「つまり、運賃規制について、ドクトル元首はアーラジャの経済力を削ぐためだとお考えのようでした」
「そんな馬鹿な」
「そう。でも、その口から真実を聞かなければ、納得しないこともあるでしょう」
「対話を怠ってきたというのか、我々は」
「というよりは、長年の鬱憤もありましょうな」
そう言ったのはブラーデルだった。
「オーバリアントの主役はこれまで陸地だった。……おそらくドクトル元首が、中央諸島や同じく海洋国家であるエジニアを島国連合として併合したのも、歴史の風向きを海へと向けさせるためなのかもしれませんな」
「海そのものが敵か……。そうなれば、マキシア以上の版図を持つ勢力になるぞ」
ゼネクロは髭をいじりながら、地図を見つめる。
海の面積は、オーバリアント全体の半分以上を占めていた。
ライカは息を吸う。
「私の腹は決まった」
「陛下?」
そしておもむろに立ち上がる。
「私はドクトル・ケセ・アーラジャに会おうと思う」
「なんと!」
「宣戦布告をした相手にですか?」
「そうだ」
力強く女帝陛下は頷いた。
その唇が滑らかに動く。
「布告を受けた後では遅いかもしれない。こうして布告をした後で、アーラジャが我が国を侵犯した報告はない」
「た、確かにそうですが……」
普通、宣戦布告をするなら、どこかを攻撃するのが、一般的な戦争の始まりだ。
しかし、アーラジャはそうしなかった。
ただ文章で「宣戦布告する」とだけ言ってきただけなのだ。
「この宣戦布告は肩を叩いてきたようなものだ。こっちを向け。そういうことではないか?」
「私もその考えに賛同いたします、陛下」
「うむ。では、ジーバルド殿。そなたに頼みがある」
「私が出来ることでしたら……」
「まず私の代理人となって、今の旨をドクトル元首に伝えてほしい」
「お、お姉様!」
慌てたのは、ずっと話を聞いていたクリネだった。
しかし、姉の意志は変わらない。
「危険なことは百も承知だ。それでもやってもらえるか?」
「それが我が主君の命令であるならば」
恭しく頭を下げる。
では、早速と、踵を返し、執務室を後にするのだった。
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