第12話 ~ ちょっと一狩りいってくるッス ~
終章第12話です。
よろしくお願いします。
妙ちきりんという言葉がピッタリだった。
野菜の形をしたものから、手と足が出ている。
子供が描いた絵から出てきたような容姿。
さらに、目があり、口からは人語が飛び出したのだ。
現代世界にあるディ○ニーみたいな動物が、目の前に出現した。
――なんだ。これももしかしてモンスターなのか?
現代最強魔術師の困惑を余所に、一際高い声が響き渡る。
「かわいい!!」
唸りを上げたのは、まなか姉――ローランだった。
ピンク色の瞳を、まるで警報機みたいに爛々と光らせている。
辛抱たまらず飛びかかると、寸前のところでユカによって襟首を抑えられた。
「落ち着け、ローラン! あれは魔物だぞ」
「モンスターなのか、ユカ?」
宗一郎の問いに、ユカは薄紫色の髪を振る。
「私は見たことはないが……。こんな珍妙な奇天烈な動物もいないはずだ」
「きっとユニークモンスターッスよ!! うほほほい!」
ローランに代わって、フルフルが飛び出す。
バスターソードを振り上げた状態で飛び上がった。
「フルフルの経験値と、モンスターコンプに協力してもらうッスよ」
にんじん(仮称)はギロリと襲ってくる角が付いた女を睨む。
瞬間、激しい金属音が鳴り響いた。
地面が抉り飛ばされ、土煙が舞う。
やったか――と思った。
「あれ?」
真っ二つにされたにんじんがあるのかと思いきや、影も形もない。
剣圧に吹き飛ばされたのか。
相手の柔さがわからない以上、そういう想像も出来るか、それは間違っていた。
「遅いな。お前たち」
一斉に振り返った。
赤いにんじんが木に寄りかかっていた。
3本ある指の1本を立て、きざったらしく「チッチッチッ」と声を出す。
なかなか癇に障る態度だ。
にんじんの癖に……。
「フルフルの剣が遅いッスか?」
振りが大きなバスターソードでの攻撃だったが、決して遅くはなかった。
並のモンスターならあの一撃で致命傷だっただろう。
なのに、にんじんは回避し、あまつさえ背後を取った。
意識してなかったとはいえ、魔眼を持つ宗一郎の視界にすら映らなかったのだ。
フルフルが遅いか速いか置いておくにしても、相手が速いことは間違いない。
「むふふふ……」
突然笑い出したのは、その従者悪魔だった。
「フルフルが遅い……。フルフルがスローリィ……。むふふふ……。いいッスねぇ。滾ってきたッスよ!」
「フルフル……。言うまでもなくわかってると思うが、こんなところで魔力を使わせるなよ」
「魔力……」
ギロリと金色の瞳が光る。
虹彩を収縮させた目は、怒り狂ったドラゴンのようだった。
「そんなもの使わないッスよ。それじゃあ、フェアじゃないじゃないスか?」
「お、お前……。何を言って……」
「ただご主人! フルフルが力を使うとするならばあれッスよ」
ゆっくりとフルフルは超重量のバスターソードを持ち上げる。
肩に担ぐように構え、適性生物を睨んだ。
「ゲーム力ッス!」
――わけがわからんわ!
宗一郎がツッコミを入れた時には、フルフルは突っ込んでいた。
先ほどよりも遙かに速い。
行く手を阻む大気を吹き飛ばし、にんじんの間にあった距離を征服する。
さすがに面を食らったらしい。
にんじんは飛び出た目玉を白黒させた。
しかし――。
振り下ろした刃の下にあったのは、やはり地面だった。
フルフルの攻撃は終わらない。
今度は金色の瞳に、相手の逃げた方向を焼き付けていた。
地面がえぐれるほど、蹴り飛ばす。
初速はあっという間にフルスピードにまで至る。
木の横でスカしていたにんじんの前に踊り出る。
その後はイタチごっこだ。
激しい金属音がなり、土柱が立つ度に大地は弾き飛ばされ、大気が局所的な暴風を引き起こす。
リアルもぐらたたき。
ただし点数も商品もない。
ひたすらにんじんを殴りつける不毛な戦い。
はじめはにんじんの動きを必死に追いかけてきた宗一郎も飽きてきて、呆然と事態の推移を見守る。
ユカは最初からついていけず、状況を理解することを早々に放棄した。
唯一ローランだけが、フルフルのテンションに負けず劣らず、目を輝かせている。
奇妙奇怪な謎の生物を、いまだに「かわいい」と思っているらしい。
永遠に続くかと思われたが、先に体力が尽きたの悪魔の方だった。
バスターソードを突き立て、膝をつく。
玉のような汗を地面に染みこませていた。
無尽蔵の体力を持つフルフルだが、宗一郎からの魔力供給を出来る限りカットしている状態では、そう長くは続けられないのだ。
重いバスターソードを持って、トップスピードを30分に渡って維持していただけでも驚嘆に値する。
それは彼女自身の体力なのか、それともゲームへの愛なのかは、契約者である宗一郎すら判断できなかった。
「おうおう……。情けねぇなあ、お嬢ちゃん。もうへばっちまったのか?」
対してにんじんは元気ハツラツといった感じだ。
すぐにでも42.195キロを走れますといった涼しい顔を浮かべている(顔は赤いが)。
するとおもむろに自分の手首を見た。
腕時計でも確認するようなジェスチャーを取った後。
「おっと! おれっち今からデートなんだわ! ではアデュー!」
バビューン、という漫画に出てくるような擬音を立てて、にんじんは森の中へと逃げてしまった。
フルフルは手を掲げ、「待つッスよ!」と叫ぶ。
すでに赤い生物の姿は影も形もなかった。
「ちっくしょう……ッス!」
土を掴み、投げつける。
まるで甲子園で負けた球児みたいに悪魔は悔しがった。
しまいに、ボロボロと涙を流す。
蚊帳の外に置かれた面々は、それを見つめることしか出来ない。
「あーあ。いっちゃったわね」
微妙な空気の中で、アフィーシャの声がのんびりと響く。
ブローチの中で、ダークエルフは言葉を続けた。
「あれがわたしがいってたレアモンスターかしら」
「なるほど。確かにレアモンスターだな。あれは――」
特に容姿が――。
「あれ……。掴まえられないかしら。ね、ユカ」
「無茶いうな! フルフル殿ですら、捉えられなかったのだぞ。私が出来るわけないだろ」
まるでUFOキャッチャーの景品を取ってとでもいうような気軽さで懇願する主人に、ユカは頭を抱えるしかなかった。
フルフルはゆらりと立ち上がる。
黄金の瞳にはすでに涙はなく、ただいつになく真剣な眼差しをしていた。
ぽつりと呟く。
「リベンジッス」
「は?」
宗一郎は思わず首を傾げた。
「ちょっと一狩りいってくるッス」
「お前は、何を言ってるんだ?」
「このまま主人の前で恥を掻かされたままでは、契約悪魔としての面目が立たないッス」
「おい。建前と本音の差がひどすぎるんだが」
「止めないでほしいッス、ご主人!」
――まだ何も言ってないんだが……。
「フルフルは主人を守りきれるゲーマーとしてきっと戻ってくるッス!」
――とうとう本音を隠さなくなったな。
「しばしのお別れッス! それまでオナ禁してるッスよ!」
フルフルは森の中へと突撃していった。
唖然と見送る一同。
正直に言って、なんと言ったらわからなかった。
ようやくユカが指をさす。
フルフルが消えた森の方へだ。
「いいのか? 行かせて……」
「言うな、ユカ。今は誰とでも喋りたくない気分なんだ……」
宗一郎は頭を抱えた。
契約悪魔の熱い情熱――もとい――アホすぎる言動に、もはや言い訳など通じるはずもなかった。
「ともかく我々はダークエルフの里に向かおう」
「え? でも、案内役のアフィーシャちゃんが、行っちゃったわよ」
あ……。
一同、再び沈黙――。
宗一郎はバックに炎を燃え上がらせた。
「あの馬鹿悪魔め! 探してくる!」
宗一郎が走り始めた瞬間、茂みが動いた。
フルフル? それともにんじんが戻ってきたのか?
影は確実にこちらに向かってくる。
やがてその姿を現した。
「あれ?」
疑問符を投げかけたのは、ダークエルフの青年だった。
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来週も月木と更新させていただきます。




