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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝 ~ それぞれの1ヶ月 ~
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外伝 ~ 宗一郎と無口な司書長 ~ 前編

本日1話目になります。

前中後編の3部作になりますので、よろしくお付き合い下さい。

 図書館というものはいい。


 芳醇な本の香り。整然と並べられた百科事典たち。自然と口を閉じられる厳かな空間。何よりも自分の知らない知識が詰まった叡智の宝石箱。


 杉井宗一郎は図書館というものが好きである。


 現代世界において、世界平和の傍ら――有名な図書館をまわったものだ。


 だが――こういっては失礼だが――蔵書世界最大のLCも、ドイツのDNBも、アイルランドのトリニティ・カレッジも目ではない。


 今、宗一郎が向かう先にあるのは、異世界の図書館。

 しかも、マキシア帝国最大の図書館といわれる場所だ。


 つい口元がにやけてしまうのは、無理からぬことだった。


 そんな心が躍る心境であったのは、つい5日前……。

 最初は、右足と右手が揃ってしまうぐらいうきうきと図書館に通っていたというのに、今や宗一郎はその道すがら溜息を吐くほど、心が荒んでいた。


 つと立ち止まる。


 顔を上げると、白亜の神殿と見間違うほどの立派な建物があった。


 イオニア式とかコリント式とか名前がついてそうな石柱がぐるりと囲み、壁のあちこちには彫刻が彫られている。慎重に積み重ねられた切石が、一部の隙もなく建物にはめ込まれていた。

 アテネのアクロポリスや、ローマのパラティーノの丘に建っていても違和感ない高度な建築物だ。


 大きな門の上には「マルルガント」と書かれている。


 宗一郎は足を引きずるように白亜の階段を上り、図書館の内部へと入っていく。


 いつもながら素晴らしい光景だ。

 本、本、本……。

 右を見ても、左を見ても、本だらけ……。

 現代世界にある数々の大図書館に負けない――いや、むしろ勝利できるほどの本が、天井付近まで並べられていた。


「あら、宗一郎様。おはようございます。いつもお早いですね」

「ああ……。アリエラか。おはよう」


 彼女の名前はアリエラという。

 マルルガントの司書であり、最初に宗一郎を案内してくれた女性だ。


「大丈夫ですか? お顔が優れないご様子……。今日はゆっくりお休みになられては?」

「いや、心配はいらない」

「しかし、あまり根を詰めるのはよろしくないかと」

「従者が頑張っているのだ。……私が先にギブアップするわけにはいかない」

「そうですか……。今から司書長を呼んできますね」

「そ、そのことなのだが……。アリエラ」

「はあ……」


 急に声をひそめた宗一郎は、近くによるようアリエラを手招きした。


「君に案内を頼めないか?」

「私がですか……?」

「べ、別にやましい気持ちでいっているのではないぞ。断じてな」

「それはわかっておりますが、私が宗一郎様のお役に立てるでしょうか?」

「大丈夫だ。……きっと役に立つ。君はもっと自信を持った方がいい」


 無意識のうちに、アリエラの細い手を握り、宗一郎は懇願する。

 その目は疲れからか、充血気味だった。


 と、その時――。


 トタタタタタタ……。


 元気な足音が近づいてくるのがわかった。


 宗一郎はビクリと肩を震わせる。

 疲れも、眠気もすべて吹き飛んだ。


 振り返ると、そこにはクリネ姫殿下よりも幼い少女が立っていた。


 図書館の中を走ってきたのだろう。

 若干息が上がっている。


「…………」


 ギン――と擬音が脳内再生されるほど、睨まれる。


「お、おお。マフィ……。おはよう」

「…………!!」

「遅かった、か? いや、昨日借りた本を明け方まで読んでいたから遅れたのだ」

「…………」


 見よ! というように自分の後ろを指さす。

 指示されて視線をそちらに向けると、何故か机の上にトランプタワーみたいに本が並べられていた。


「…………」


 大きく身振り手振りを交え、時に表情を怒らせながら何かを訴える。


 何故か頑なに言葉を使おうとはしない。


 少女のジェスチャーを見ながら、宗一郎は言った。


「あまりに遅いから、待ちくたびれて本でトランプタワーを作ってしまったではないか――か?」

「…………」


 こくこくと首肯する。


 どうやら当たったらしい。


「…………」

「とにかく、今日もはじめるぞ――か。わかった。今、行く」

「頑張ってくださいね」


 アリエラが手を振った。

 振り返った宗一郎の顔色は、図書館に来た時よりも悪くなっていた。





 この得体の知れない幼女と出会いを語るには、5日ほど時を巻き戻さねばならなかった。


 それは初めて宗一郎が、マルルガントを訪れた時の事だ。


 大量の本に囲まれ、テンションが上がった宗一郎は手っ取り早く近くにあった本を読み始めた。

 文字はライカに習い、専門用語以外の常用文字はある程度マスターしている。

 やや小難しい本でも、文脈を推理すれば読めないこともなかった。


 夢中になって読んでいると、ふと声がかかった。


「あのぉ……」


 1ページずつ丹念に読み込んでいく。


「あのぉ!」


 眉間に皺を寄せ、頭を最大限にフル回転させながら、知識を吸い上げる。


「すいません!」


 不意に光が照らされた。


「お?」


 宗一郎は顔を上げる。

 いつの間にか、館内は真っ暗になっていた。

 側には、カンテラか何かを持った女性が立っている。


 年はおそらく宗一郎と同じか、やや下というところだろう。

 人間の女性のようだが、エルフみたいな長い金髪に、白い肌。

 なで肩で、ボリュームたっぷりの胸を搭載した身体にはエプロンのような服を着用し、細い目を一層細くして、宗一郎を見つめている。


「もう閉館ですよ」


 言われて初めて、人の気配がないことに気付いた。

 図書館に入ったのは、昼過ぎぐらいだから、ざっと6時間ぐらいここに立って読んでいたらしい。


「すごい集中力ですね」


 女性は笑う。

 吸い込まれそうになるぐらい柔らかな笑みだった。


「す、すまない」

「いえ……。本がお好きなんですか?」

「本が嫌いな人間が、ここに来ることはあるのか?」


 形の良い金の眉が、目から離れた。

 やや皮肉っぽかったか、と思ったが、女性はまた笑みを浮かべる。口元に手を当て上品に声を上げた。


「ふふふ……。それもそうですね。あ、申し遅れました。……わたくし、当館の司書を務めています。アリエラと申します」


 エプロンの先――スカートのようになっている部分を摘まみ、一礼する。


「オレは杉井宗一郎だ」

「スギイソウイチロウ……。あまり聞いたことがないお名前ですね」

「よく言われる。小さな島国育ちだ」

「そうでしたか……。 オーバリアントの歴史に興味が?」


 アリエラは図書館のあちこちにあるジャンルが書かれた札を見ながら尋ねた。


「そんなとこだ。……ああ、そうだ。マルルガントの司書ならちょうどいい。実は、ここの司書長に会いに来たんだ」

「当館の司書長に……? 複数在籍しておりますが、名前はわかりますか?」

「マルフィアミ・グルミ、というのだが」


 宗一郎はオーバリアントの歴史や文化を学ぶため図書館にやってきた。

 その際、優秀な司書を付けた方がいいというライカの助言を聞き、マルフィアミ・グルミという名前の司書長を紹介されていた。


 紹介状も書いてもらっている。


「まあ……」


 アリエラは目を開けて、声を上げた。

 そしてやや浮かない顔で、二言目を切り出した。


「困りましたね」

「困った? もう退館されたのか?」

「そうではありません。実は、私もグルミ司書長を探している最中でして……。どうやら迷子になってるみたいなんです」

「な、なんだ、それは?」


 思わず膝を折って、ずっこけそうになった。


 まだ隅から隅まで見たわけではないが、図書館の中は複雑な迷路構造になっているのは、宗一郎も認めるところだ。本棚も自身の背丈の優に3倍は超えていて、視界が悪いのも、迷子を生む温床になっているのだろう。


 小学生や幼稚園児ならまだいいが、仮にも帝都最大の図書館の司書長だ。

 自分の庭で、迷子になるなど、職務怠慢もいいところである。


「その迷子探し、手伝ってもいいか?」

「よろしいのですか?」

「待っているのは性に合わん質でな。そちらがいいなら」

「では、お願いできますか? ……えっと。今、司書長の特徴を絵に――」

「別に構わん。……図書館に迷子になっている司書長など、そう何人もいるわけじゃないだろ?」

「それはそうですが……」

「オレは上から順に見て回る。アリエラは1階から順に探していってくれ」


 いつの間にか、図書館のことをよく知らない宗一郎が仕切っていた。


「わかりました。図書館は5階までありますから、間の3階で落ち合いましょう」

「それでいい」


 お互い頷き合い、迷子の司書長を探しはじめた。


というわけで、新キャラ2人です。


中編は18時になります。

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