第11話 ~ 勇者様も男だったということかしら ~
終章第11話です。
よろしくお願いします。
一陣の風が吹く。
海が近いのだろうか。
樹木の匂いに混じって、かすかに潮の匂いが混じっていた。
宗一郎。
フルフルとアフィーシャ。
ユカは、目の前の少女の口元を見つめる。
小さく、またピンク色の可愛らしい唇から紡がれた言葉を聞き、一同は呆然としていた。
――ラフィーシャを説得したい……?
信じられなかった。
誤訳かとすら思った。
だが、彼女は確かにいった。
破壊衝動を本能とするダークエルフ。
そして今まさに、有言実行しようとしている暴君。
女神プリシラを殺し、古くはオーバリアントに暗躍し、国や人を破壊した絶対悪。
それを――。
説得する……?
宗一郎は反論することすら忘れて絶句する。
ただ姉の次なる言葉を求めた。
唖然とする一同を前に、ローランは笑う。
自嘲気味に。
「まあ、そういう反応になるよね。ダークエルフは悪。破壊の権化……。実際、彼らによって多くの人が亡くなったことは、オーバリアントの歴史を学んで知ってる。けど、私は対話をしてみたい。彼らと、そしてラフィーシャと……」
「そんなの無理だ!!」
声を張り上げたのは、ユカだった。
「お前のお付きになって2年。お前は他人が無茶だと考えることを叶えてきた。それを横目で見てきたから、多少の無理もなんとかなると思う。けどな。今回ばかりは賛同できない。ダークエルフを説得するなんて。これまで誰も成し遂げられなかったんだぞ」
「それは誰も成し遂げなかったんじゃなくて、誰もやらなかったんじゃないの? 彼らを説得する。共存が無理だって、勝手に私たちは思いこんできたんじゃないの?」
「共存って……。そんなこと――」
「だから、私がやるの。私はローレス王国の姫。そして……。ユカも知っているでしょ? その魂は元々現代世界の女子高生だったもの。すべてがオーバリアントではない私だからこそ、彼らとの共存を探ることが出来ると思うの」
「それは――」
ユカはたじろぐ。
気勢はそがれ、次の言葉を求めて目線を彷徨わせる。
やがて、それは宗一郎に焦点を合わせた。
助けを求める目だ。
やりとりを聞きながら、宗一郎は2人の馴れ初めを想像した。
きっとユカという親衛隊の彼女のことを、まなかはかなり信頼しているのだろう。
逆にユカもまた、まなかの強さを知っている。
宗一郎も知っていた。
自分の知るまなかも、現代最強魔術師という異名がかすむほど強い人間だった。
彼女の前では常識は通じない。
人間が居すくんでしまいそうタブーにすら飛び込んでいってしまう。
暴力や言葉での脅しすら通じない。
やる、といえば、自分が納得するまでとことんやる。
意識が高いとかそういう次元ではない。
その姿勢は“執念”めいていた。
もしかしたら……。
いや、もしかしなくても、ダークエルフの破壊衝動以上に、まなかが心に秘めた意志は強いかもしれない。
だから、宗一郎は思う。
――結局、まなか姉は異世界に来てもまなか姉だな。
きっとこの感想をまなかが聞いた時、彼女はこう言っただろう。
お互い様だ、と……。
「つまり、まなか姉は彼女を説得する材料を得るため、ダークエルフに会いたい、と……」
「そうよ。彼らを知ることから始めなきゃ」
「ここにもダークエルフがいるんだけどな」
とフルフルのペンダントに閉じこめられているアフィーシャを指さした。
「アフィーシャは可愛いけど、なかなか本心をお話してくれなさそうだから。まずは外堀を埋めないと」
「心外かしら。私、結構オープンに話してると思うんだけど」
ジト目で王女を睨む。
「あなたはそこから出ない限り、本心を喋ってくれないでしょ?」
「…………」
「あれ? アフィーシャたん、図星ッスか?」
フルフルが尋ねるが、返ってきたのは深いため息だった。
「勇者様の姉は、本当に変わった人かしら」
口を噤んでしまった。
まなかは宗一郎に向き直る。
ローレス王国王女ローランに転生し、黒から赤へと変えた瞳は、より強く意志の色が濃く出ているような気がした。
「お願い、宗一郎くん。私も連れてって」
姉の最後の哀願。
弟は結局、折れるしかなかった。
「わかったよ」
「やった! さすがは宗一郎くん。そういうところ好きよ」
「――――!」
いきなりの不意打ちに、宗一郎は顔を赤くする。
慌てて手を振った。
「な、何を言ってるんだよ、まなか姉」
“ジッ”
背中に突き刺さるような視線を感じる。
振り返ると、フルフルが睨んでいた。
ユカやアフィーシャもだ。
「ご主人ってきっと……。キャバクラでキャバ嬢の社交辞令的なお世辞とか真に受けて、簡単に貢いじゃうタイプッスよね」
「何を言っているのかはわからないが、その意見に激しく同意する」
「所詮、勇者様も男だったということかしら」
腕を組み、うんうんと頷く。
3人の中で、謎の一体感が生まれようとしていた。
――なんとでもいえ!
弁明はせず、宗一郎は切り替えた。
「ともかく、えっと……」
「ああ。ユカ・ミュール。こいつ――おほん! ローラン王女のお側係兼護衛をしている」
「杉井宗一郎だ。ローラン王女とは――」
「事情は知っている。本当に異世界から来たのか?」
「まあ……! ユカ、まだ私の話信じてなかったの?」
むっとして、ローランはユカを睨む。
「有り体にいえばな。私からすれば、王国の一大事だというのに、お忍びで出かけ、あまつさえその張本人であるダークエルフを説得するなんていうお前の方が信じられないがな」
「ふんだ! 信じなくても結構よ。目にもの見せてあげるわ」
イー、と歯をむき出し、2人は睨み合う。
その行動に関しては、まるで子供が喧嘩しているようだったが、2人が良いコンビであることは、間違いなかった。
「私も同行するからな。良いか、勇者殿」
「ああ。あんた1人なら。連れてきた兵は祠の前に待機してもらうように頼む。ダークエルフと引き合わせたら、とっとと返すつもりだからな」
「そう願う。兵には私から言っておこう」
「あと、勇者殿というのはやめてくれ。宗一郎でいい。まなか姉の友人に、畏まってもらうのは忍びない」
「わかった、宗一郎。私もユカでいい。どうやら宗一郎もローランで苦労してきたようだな」
「それはお互い様だ。我が姉が迷惑をかけた」
「ならば今度、一杯付き合ってもらおう」
「願ってもないな」
宗一郎とユカはパシッと音を立て、握手する。
ここにも妙な一体感が生まれつつあった。
自分のことで盛り上がる2人を見て、ローランは頬を膨らませる。
フルフルはケラケラ笑いながら、自分のブローチに目を落とした。
「ともかく、アフィーシャたん。今度は、どこに行くッスか?」
「白い建物が見えるでしょ。とりあえず、そこを目指せば、ダークエルフの集落が見えてくるはずよ」
「――だ、そうッス」
「よし。出発しよう。先頭はオレが……」
宗一郎の言葉が自然とフェードアウトしていく。
くるりと踵を返す。
木が生い茂る森の方向を見つめた。
すると、茂みが揺れる。
音が段々と近づいてきた。
しかも、かなり速い!
「ダークエルフッスか?」
「わからん」
宗一郎は【ピュールの魔法剣】を引き抜く。
フルフルもまた魔法袋の中からバスターソードを取りだし、装備した。
瞬間だった。
何かが森の奥から飛び出した。
が、姿が捉えられない。
宗一郎の魔眼でも追いかけられないスピード。
反応したのは、契約悪魔だった。
「そこッス!!」
フルフルはバスターソードを振り上げ、飛び上がる。
動きを読み切り、相手の進行方向上に躍り出た。
迷わず、バスターソードを振り下ろす。
硬い音が周囲に響き渡る。
獲った――かに見えたが、刃は獲物から少し外れていた。
だが、謎の影の動きが止まる。
「こ、これ!? な、ななんスか?」
フルフルは素っ頓狂な声を上げた。
彼女の刃筋の横には、大きなにんじんのような赤く円錐型の生き物が倒れていた。
にんじんのような胴体からは根のような足と手が伸び、さらに大きな目玉と口が存在していた。
その目玉をギョロリと動かす。
さらに口を開いた。
「おうおう! ねぇちゃん、危ないじゃねぇか!!」
――――!
一同は反射的に声を合わせた。
「しゃべった!!」
次回は木曜更新です。
よろしくお願いします。
ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます!




