第10話 ~ 悪代官の所行を成敗 ~
終章第10話です。
※サブタイみたいな話ではありません。
鬱蒼と木々が茂る深い樹海。
樹木の匂いが濃く、遠くからは小川のせせらぎが聞こえる。
緑一色といった風情の中で、その白い髪は異様なまでに映えていた。
「こ、こんなところで偶然ね」
声をかけたのはローレス王国王女ローランだ。
そのお召し物は王城にいる時のようなドレスではない。
どちらかと言えば、現代の服装に近く、動きやすそうなパンツに長袖。リュックを背負っていた。
ハイキング用の装備を見て、姉と慕う黒星まなかの姿がより深くイメージと重なった。
ローランの顔はにこやかだが、珍しく焦ってるらしい。
額から汗が滴っていた。
「すごいッス! こんな樹海のど真ん中で出会ったことを“偶然”の一言で片付けたッスよ。街角でパンをくわえた女の子と出会い頭に衝突するよりも、奇跡的な確率なのに……。ねぇ、ご主人」
フルフルが横を見る。
顔面にいやらしい笑みを浮かべて、だ。
宗一郎は、というと額を抑えて俯いていた。
「どうしたッスか、ご主人? 生理ッスか?」
「馬鹿か、貴様は!! 俺は男だぞ!」
「そっちにツッコむより、もっと別な方向にツッコむべきかと思うッスよ」
「ぐっ……」
フルフルが珍しくまともな指摘をする。
思わず口を噤んでしまった。
改めてローランを見つめる。
「たはは……」と相変わらず笑みを浮かべていた。
笑っているのに、どこか「ごめん」といっているような顔だ。
まなかが無理を通そうとする時の表情。
宗一郎や妹のあるみが、この顔にどれだけ振り回されたのかわからない。
故に、2人は強くなれたといえるのだが、素直に喜ぶことは出来なかった。
今も同じ心境だ。
異世界に来て、まなかの笑顔に出会えたのは僥倖だが、現代世界の路地裏よりもここは遙かに危険な場所だ。モンスターや野生の動物が跋扈し、死と隣り合わせであることなど、本人も理解しているだろう。
それでも、この場所にいることは、実にまなからしく、有り体にいえば怒る気にもならなかった。
「まなか姉を見張っておくようにと、王宮の兵士に言付けてあったはずだが」
「ああ……。やっぱり宗一郎君だったんだね。どうりでいつもより警備が厳しいと思った」
「まなか姉がダークエルフに興味を示してたから、あるいはと思ったんだ」
「ふふん……。私を甘く見たようね、宗一郎くん。これでもお城をこっそり抜け出すのは得意なんだよ」
ふふん、と得意げに胸を張った。
「まさかお城を出て、市中を観察し、悪代官の所行を成敗していたのよ、とか言わないよな」
「なんで知ってるの?」
まなかはキョトンとした後、首を傾げた。
驚きたいのは宗一郎も同じだ。また頭が痛くなってきた。
バファ〇ンとか売ってないものだろうか……。
横のフルフルさえ「暴れん坊お姫様ッスね」と呆れている。
「ともかく、かえ――」
帰れ、と言いかけたその時、静かな樹海に大きな声が解き放たれた
「いたぞ!!」
見れば、甲冑をまとった男達がこちらに向かってきている。
その腰や手には、武器があった。
反射的に宗一郎は臨戦態勢に入る。
女神プリシラからもらった【ピュールの魔法剣】を抜き放った。
「あ! やばい!」
ローランは宗一郎の方へ走り出す。
後ろに回り込むかと思えば、通り過ぎた。
そのまま【旅人の祠】の中へと入っていく。
「ちょ! まなか姉!?」
状況が掴めず、宗一郎は珍しく慌てる。
「ローラン王女! お城にお戻り下さい!」
「あれって、ローレスの親衛隊ッスよ」
「しまった!」
宗一郎は剣を鞘に戻し、踵を返す。
ローランが駆け込んだ【旅人の祠】の中に入っていく。
薄暗い内部は、緑の精霊光蟲の巣になってるらしい。
中で自在に飛ぶ光蟲の姿は、一種幻想的な雰囲気を醸し出している。
奥に進むと、水溜まりの前でローランが立ち止まっていた。
「まなか姉、城に帰るんだ!」
「ここに入ればいいのね」
「ちょ! やめ――――」
宗一郎の制止も聞かず、ローランは水たまりの中に飛び込んだ。
「ローラン!!」
激しい怒声が後ろから聞こえた。
見れば、大柄な女が立っている。
親衛隊の1人なのかもしれないが、メイド服の上に武具を纏う変わった格好をしていた。
「アフィーシャ! この先はどうなってる?」
「心配しなくてもいいかしら。いきなりダークエルフに遭遇するということはないと思うわ。ただモンスターがいないという保証は出来ないけど……」
迷ってる暇はない。
宗一郎はローランの後を追って、水たまりに飛び込んだ。
◆
「ぷは!!」
水たまりの中から、宗一郎は顔を出す。
辺りを見渡すと、やはり薄暗い祠の中だ。
転移出来ていないのかとも思ったが、雰囲気が違う。
先ほどまでいた祠はどこか古代の建築物を思わせるような古びた印象があったが、この【旅人の祠】はきちんと整備されているように見えた。
宗一郎は水たまりから這い上がる。
すぐに気づいた。
水に濡れた人の足跡が、出口の方へ真っ直ぐ向かっていることを。
誘われるように宗一郎もよたよたを歩いて行く。
20歩も歩かないうちに、祠を出た。
カッと目映い光が網膜を刺激する。
手で遮りながら、人が立っているのが見えた。
まなかだ。
キリッとした顎を上げ、何かを見上げている。
ともかく無事らしい。気配を探ったが、モンスターらしき姿もない。
ともかくホッとして、宗一郎は「まなか姉」と声をかけた。
しかし、返事はない。
まさかモンスターのスキル、もしくはダークエルフの魔法の術中にかけられているのかとも疑ったが、そんな様子はない。
ただ一心不乱に何かを見つめていた。
まなかの視線の先を追う。
宗一郎は息を呑んだ。
目の前にあったのは樹木だった。
先ほどまでいた樹海の植生とはまた違う。
というより、遙かに背が高い。
白っぽい木皮に、高木という点では、現代世界にあったメンガリスに近いが、それよりもまだ大きい。
それだけではない。
木の梢の間から見える人工物。
それは優に他の樹木を超え、天に突き刺さらんばかりにそびえていた。
外観から見るだけでは、白い外装にいくつかのガラス張りの窓。
けれども、そのデザインはオーバリアントで見てきた建物とは一線を画す。
……いや、現代世界でも見たことがないだろう。
その大きさと形から、どこか未来のロケットのようにすら映る。
とてもオーバリアントの一種族が作ったものとは思えない。
先進的な建物だった。
「捕まえたぞ。ローラン」
振り返ると、親衛隊の女が立っていた。
ぐっしょりと濡れた赤い髪から、滴が滴る。
宗一郎と同じで濡れ鼠になっていたが、顔中に噴出した怒りが鎮火することはなかった。
ローランは全く意に介さない。
むしろ友人の登場を歓迎するかのように嬉々とし、正体不明の人工物を指さした。
「ねぇねぇ! 見て見て、ユカ! あれ凄いよ! 私がいた世界でもあんな斬新な建物はなかったの。まるで未来のお城みたい!!」
興奮冷めやらぬといった調子でまくし立てる。
一方、無邪気に喜ぶローランを見て、すっかりユカという女は、毒気を抜かれてしまった。
こめかみを抑える仕草を見て、同情を禁じ得なかった。
「そんなことより、城に戻るぞ」
頭痛から立ち直ったユカは、ローランを睨んだ。
「ちょっと待って、ユカ! ここまで来て引き返せっていうの?」
「お前がこれからあのよくわからん建物に行こうが、ダークエルフに会おうが、私は何度でもいついかなる場所でもいってやる。城・に・帰・れ・!」
「まなか姉……。この人の言うとおりだ。帰った方がいい。ここはダークエルフの根城みたいなものだ。何が起こるかわからない」
「宗一郎くんまで……」
諦めたかと思ったが、ローランの赤い目に宿ったのは、強い意志だった。
おもむろに2人に訴える。
「宗一郎くん……。ユカ……。私はこう考えているの」
私はラフィーシャを説得したい……。
しばらく月木の18時に投稿していこうと思います。
(もしかしたら、ズレたりするかもしれません。その時は活動報告に告知を打たせていただきます)
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