第9話 ~ 結婚式を挙げよう ~
終章第9話です。
よろしくお願いします。
話はまとまり、一旦解散となった。
宗一郎は自室に残り、ライカ、ローランはそれぞれの執務に戻る。
ライカは部屋の扉を開けると、宗一郎が呼び止めた。
部屋にあった便せんに走り書きする。
封筒にしまい、蝋で留めると、ライカに差し出した。
「これは?」
「マキシアに何かあった時の対策だ。これに書かれた住所に届けてくれ」
「ああ、わかった」
「本当なら、側にいたいのだが……」
「うん。宗一郎の気持ちはわかっている」
「…………」
「…………」
ライカは不安そうに俯く。
宗一郎も似たような顔をしていた。
意識の高い最強魔術師にしては珍しく、負の感情を露わにしている。
それを横でワクワクしながら見つめていたのは、フルフルだった。
何かを言いかけた時、悪夢の手を引くものが現れる。
「ねぇ、フルフルちゃん……。私の部屋でゲームをしない」
「ゲームっスか!!」
フルフルの尻から垂れた尻尾がピンと伸びた。
途端に目の前で行われている2人のラブロマンスに興味をなくした悪魔は、爛々とローランを見つめる。
「ええ……。といっても、テレビゲームじゃないの。向こうでやってたボードゲームを再現したもので……」
「え? オセロとかッスか? うーん。それはやり飽きたッスよ」
「そういうのじゃなくて、ほら……。クトゥルフ系の――」
「な! そっちッスか!! やりたいッスよ! 何を隠そうフルフルはゲームとつくものなら何でも好きッスからね」
「別に隠せてないと思うけど……」
ローランは苦笑する。
「で? なんスか? パンデミックっスか? ああ、でもフルフルは久しぶりにエルダーサインもやりたいッスよ」
「じゃ、じゃあ、行きましょうか」
「楽しみッス」
2人は部屋を出ていく。
音を立て、扉が閉まった。
かと思えば、そっと隙間が開き、ローランが顔を出す。
「ごゆっくり……」
手を口元に当て、「ししし」と笑う。
そして今度こそ扉を閉めて出ていってしまった。
沈黙が落ちる。
騒がしい喧騒から、一気に防音の行き届いた部屋に入ったかのようだ。
時折、微風が窓ガラスを叩く。その風に乗って、練兵のかけ声が聞こえてきた。
最初に口を開いたのは、宗一郎の方だ。
「しばしの別れだな。ライカ」
「うん……」
「30日だ。執務に忙殺されていれば、すぐだろう」
「……うん」
けど――。
「きっと私にとって、人生で一番長い30日になる」
「そうか。でも、離ればなれになったのは、これが最初じゃない」
そう――。
1度目のオーガラストでの戦闘の後。
そして2度目のオーガラスト討伐では、洞窟の影響で2ヶ月の時間が過ぎていた。
思えば、ライカには待ってもらってばかりいる。
結婚をすることも含めてだ。
「私にとって、それはどれも一番なのだ。たとえ、宗一郎が明日帰ってくるとわかっていても、私にとって世界一寂しい時間にかわりはない」
「ライカにしては、随分弱気だな」
「弱気にもなる」
「皇帝になって、マキシアを離れた時、ライカはオレの前で誓ったじゃないか。オレのように意識の高い女になりたい、と――」
「ああ。そうだ! 言った!! でも……。それでも――」
宗一郎の前では、女の子でありたいのだ……。
…………。
ようやくライカは顔を上げる。
頬を染め、泣いてはいなかったが、目には潤みを帯びていた。
半ば興奮気味で、小さなピンク色の唇から吐息が漏れる。
「幻滅したか?」
ライカは問う。
一瞬の間があった後、宗一郎は首を横に振った。
「いや……。ただ――」
「ただ?」
「かわいいと思った」
「かわ――」
宗一郎はライカが言い終わらぬうちに、細い身体を引き寄せた。
そして唇を塞ぐ。
自室に、男女の吐息と唾液が交わるような音が響き渡った。
時間にすれば、刹那……。
しかし、2人にとっては30日以上の濃密な時間が流れる。
やがて糸を引きながら、両者の唇は離れていった。
「ライカ……」
「なに?」
艶を帯びた声が返ってくる。
緑色の瞳はまだぼうっとしていた。
「もし、ラフィーシャのことが片づいて、オーバリアントの政情が安定したなら」
「なら――」
「式を……。結婚式を挙げよう」
「嬉しい」
ライカは満面の笑みを浮かべる。
だが、すぐにそれはしぼんでいった。
「だが良いのか? お主はこの世界の住人ではない。本来いる場所があるはずなのではないか?」
それに宗一郎には現代に思い人がいるらしい。
その人もきっと宗一郎の帰りを待っているはずだ。
宗一郎の申し出は嬉しい。
でも、その2人のことを思うと、気が引けてしまう。
「1度は戻ることになるだろう。でも、心配するな。その後はずっと……。ライカの側にいるから」
「宗一郎……」
再びライカは婚約者の胸へと戻っていく。
宗一郎もそれに応えた。美しい金髪を撫でるように、まだ少女の皇帝を引き寄せた。
この後、3日後。
宗一郎は一時の別れを告げ、ローレスを後にした。
◆
ローレスを出発して、早1日。
アフィーシャに案内されるまま、宗一郎たちは北の樹海に踏み込んでいた。
まだ人の手が入っていない大自然。
針葉樹にた木が鬱そうとしげり、野生動物が木の陰から顔を出していた。
だが、そこに本来あるものがない。
モンスターだ。
ローレスを出発してからというもの、1度とてエンカウントしていない。
ようやくモンスターがいないオーバリアントを実感しはじめていた。
「本当にモンスターがいないんスね。これはこれで興味深いッスけど、ゲーマーとしては退屈ッス」
「ゲーム世界を取り戻すためにも働いてもらうぞ、フルフル」
「おお! そういうとテンションあがるッスね! ゲーマーにとって、ゲームを取り上げられることほど、トラウマになるものはないッス。子供の時にゲームが出来なかった人ほど、大人になってゲームにはまるらしいッスよ」
――なんの話をしてるのだ、こいつは……。
相変わらずな悪魔に、宗一郎は心の中で項垂れる。
そんな主人のメランコリックな心情も知らず、フルフルは宗一郎の腕を取った。
そのまま自分の胸を押しつける。
「おい! くっつくな!」
「いいじゃないッスか! 久しぶりの2人っきりッスよ。これぐらいのスキンシップは、ライカも許してくれるッス」
「ちょっと……。わたしの存在を忘れていないかしら」
「よし! では、アフィーシャちゃんも含めて3Pするッス」
「あなたって悩みがなさそうで羨ましいわ」
「悩みならあるッスよ。たとえば、ゲームが出来ないこととか、セックスレスなご主人なこととか」
「待って。着いたわ。ここよ」
2人は立ち止まる。
顔を上げた。
そこにあったのは、石で出来た祠だ。
かなりの年代ものらしく、びっしりと苔が生え、周りと同化を果たしていた。
アフィーシャが言わなければ、見逃していたかもしれない。
「これが旅のとび――もとい――【エルフ】に通じる【旅人の祠】ッスか?」
「そうよ」
「1度、聞いてみたかったのだが、お前たちが建てたというこの祠は、オーバリアントにいくつあるんだ?」
もし世界中に祠があるのなら、一大事だ。
マキシアもローレスに兵を送る際用いたが、この世界でこれほど兵の輸送手段に打ってつけのものはない。
そうでなくても、情報伝達としても使えれば、今までにない速さで他国の現状を知ることが出来る。
便利であるが故に、戦争に使わない手はないのだ。
「さあ……」
「しらばっくれない方がいいぞ、アフィーシャ。自分の立場はわかっているだろう」
「本当よ。わたしも、ここと……。マキシアにあったあの祠しか知らないかしら。見てわかると思うけど、もう随分前に作られたもので、この通り周囲と一体になっていて、見つけるのにも苦労する代物よ。そんなものを探すほど、ダークエルフは暇じゃないの」
まあ、嘘は言っていないだろう。
アフィーシャの前で何度か【フェルフェールの瞳】を使用している。宗一郎には嘘が付けないことはわかっているだろう。
だが、アフィーシャは知らなくても、世界中にあるなら大事であることに変わりはない。それがもしラフィーシャが把握していたとなれば、かなり頭の痛いことになる。
オーバリアント全土に知れ渡る前に、潰しておかなければならないだろう。
その時だった。
物音が聞こえた。
小枝を踏みならす音。
小動物か何かだと思ったが、違う。
姿は見えない。
宗一郎の勘が言っていた。
“誰かに見られている”と。
「誰かいるのか?」
返事はない。
しかし、宗一郎の悪魔は見逃さなかった。
「そこッス!」
自ら動き、茂みに走っていく。
飛びかかるようにして突っ込むと、可愛い少女の悲鳴が森に響き渡った。
宗一郎は後を追って近づいていく。
フルフルの組み敷かれ、やはり人が倒れていた。
その姿を認めた瞬間、宗一郎の瞼がみるみる広がっていった。
風が樹海を通り抜ける。
木の葉と一緒に、白い髪がなびいた。
「ま、まなか姉!」
「や、やあ……。宗一郎くん」
苦笑を漏らし、まなかことローランはそっと手を挙げて挨拶するのだった。
次はなるべく木曜にあげる予定です(頑張る)




