第7話 ~ 女の子として、そこは覚悟するよね ~
終章第7話です。
よろしくお願いします。
ラザールは1つの確認を終えると、力尽きてしまった。
ベッドに横たわり、飛んできた典医から薬をもらうと、寝息をかいて眠ってしまった。過度の心労と、まだ病床にもかかわらず長時間話し込んだのだ。『疲れた』という言葉だけでは言い表すことができないほど、老王はすり切れていた。
ともかく命に別状がないことがわかり、一同は胸を撫で下ろす。
処置を典医たちに任せ、宗一郎、ライカ、ローランは寝室を出た。
「ところで、宗一郎……」
自分たちにあてがわれた私室に向かう途中で、ライカは口を開く。
「さっき言っていた“やりたい”こととはなんだ? 文脈から察するに、ラフィーシャに対抗することだと思うのだが」
「ああ……。そうだな。一応、伝えておくか。オレの部屋で話そう」
「私も同席していいかしら」
「まなか姉も?」
「あら? ダメ? それとも……ライカちゃんと2人っきりの方がいい」
口元に手を当てるまではお上品であったが、瞳は実に下品に歪んでいた。
宗一郎とライカは思わず顔を合わせる。
「ポッ」と擬音が聞こえるほど、赤くなった。
若き婚約者たちの反応に、今度はローランが固まる。
「ちょっと冗談で言ったつもりなんだけど……」
「ま、まままままさか。誤解だ、それは」
「ご、誤解なのか? 部屋でよよよよ呼ばれるということは、その――」
「ちょ! ライカまで」
「だよね? だよね? 女の子としてそこは覚悟するよね」
ローランはふんふんと頷いた。
宗一郎は「お手上げだ」というふうに項垂れる。
やがて軽く首を振った。
「心配するな。オレの部屋にもう1人うるさいのがいる」
2人っきりになるなど、不可能に近いのだ。
「待ってましたッスよ、ご主人!」
宗一郎の部屋でスタンバっていた悪魔は、主の顔を見るなり飛んできた。
「おかえりなさい、あなた……。お風呂場でしますか? お料理にしますか? それともベッドでオーソドックスやっちゃいますか?」
フルフルの勢いというよりは、一同は格好に驚いた。
シックな執事服ではなく、紫の薄いネグリジェだったのだ。
さらに外からの明かりが、中身のシルエットが浮かび上がらせる。
キツい絞め付けから開放されたわがままボディのラインが、はっきりと映っていた。
他男が見れば、パンツを脱いで飛びつきたくなるような姿。
宗一郎は顔を赤くする。
むろん、お怒りである。
「な、なんと破廉恥な」
後ろで見ていたライカは目を半分隠しながら、あられもない悪魔の姿を焼き付ける。
一方、ローランは宗一郎の顔を覗き込み、尋ねた。
「宗一郎くんはこういうのが趣味なの?」
そこでぷつんと堪忍袋の緒が切れる音がした。
「フルフルぅぅぅううう!! 貴様、そこになおれぇぇえええええ!!」
「ひー! 許してくれッスよ!! お代官さまぁああああ!!!!」
世界の危機の渦中にあるローレス城に、悪魔と主の絶叫が響き渡るのだった。
「う……。うう……。ぐすぐす…………」
硬い床の上に正座させられ、フルフルは泣いていた。
その姿は執事姿に戻っている。
ただし、頭の上に大きな付属品が付き、アラームでも知らせるように赤く光っていた。
側にいたローランはチラチラと視線を送る。
「宗一郎くん。いくらフルフルちゃんが頑丈でも女の子に手を挙げるのはダメよ」
「心配しなくてもいい、まなか姉。そいつの涙は悲しいのではなく、嬉しいのだ」
「久しぶりにご主人から、折檻してもらったッスよぉぉおお。おーいおーい……」
「…………」
「な?」
「わかったッスか? まなかお姉さん。ご主人とフルフルは、海よりも深い愛と1本5000円ぐらいで買える鞭で繋がってるッス。ああ、ちなみにフルフルはバラムチじゃなくて、ウィップタイプの方が好きッス!」
誰も聞いてねぇよ!!
「さあ! ご主人! フルフルの膝の上に石を。長さ3尺、幅1尺、厚さ3寸、1枚当たりの12貫の伊豆石を置くッスよ! ちなみにソースはWikiッス!」
知ってはいたものの、悪魔の立ち直りの速さに、宗一郎はただ呆れるしかなかった。
「馬鹿は放って置いて、話をはじめよう」
石プリーズ! と要求するフルフルを脇に置いて、宗一郎は話を始めた。
「さっきも言ったが、ラフィーシャと今から正面切ってぶつかっても、勝てる可能性は低い」
はっきりと宗一郎は断言した。
すかさずライカは反論する。
「率直に言おう。私には宗一郎が負けるビジョンが考えられない。新しく女神として君臨したラフィーシャは強いだろうが、私は見てきた。そなたの鬼神のような強さを……。やはり少し……宗一郎にしては弱気だと思うのだが」
「ああ。それはオレも思う。多分、魔力が残り少ないことが、メンタル的に弱気――というよりは、慎重になっているのだと思う」
「随分と冷静な自己分析ね。宗一郎くんらしいとは思うけど」
ローランは眉根を寄せる。
彼女もライカと同じ気持ち――というよりは、単に弟分を心配しているようであった。
「勝てる可能性が低いということは、今のところ勝つ手段はあるのだな」
「ああ……。ただオレたちはいまだ女神がどこにいるかを知らない。しかし、向こうはオレたちの動向を、女神の力によって知ることが出来る。オレの魔力が切れかけていることを知るのも、時間の問題だろう。いや、もう知れているかもしれない」
その可能性は高い。
マキシアやローレスに、他国が侵攻する大義名分を与えたのも、単にギルド政策の根幹を壊そうとするものではない。
両国を攻めれば、必ず宗一郎が立ちふさがる。
必死になって応戦することだろう。
いくら温存したとしても、世界大戦規模の戦いで1滴も使わないのは、いかな最強魔術師とて難しい。
「それにオレの強さの根幹は魔術だ。それが使えなければ、少々腕っ節の強い人間という程度でしかない」
「宗一郎の強さは魔術だけではない。その精神の強靱さ――意識が高いことにあると私は思う!」
宗一郎を咎めるように睨む。
ゆらりと揺れた紺碧の瞳が見つめ、そっと口角を上げた。
「確かにな。すまない、ライカ。少々オレは弱気に慣れてしまったようだ」
「そうだ。私が目指し、愛した宗一郎はそうでなくては……」
マキシアの女帝はニヤリと笑う。
その顔は『不可能』と聞いた宗一郎に似ていた。
「お熱いわねぇ、2人とも。ヒュー! ヒュー!」
「ごちそうさまッス! フルフルも食べてほしいッスよ!」
外野2人が煽ると、宗一郎とライカは顔を赤くし、シンクロした。
やがて咳を払ったのは、ライカの方だった。
「で――。これからどうするのだ? 宗一郎」
「ひとまずレベルを上げておこうと思う」
「レベルか……」
幸いにも、プリシラが張り巡らされた疑似ゲームシステムは残っている。
強さのパラメーターとなるシステムが、まだはっきりと残っている以上、レベルが高いというのは、今後も大きな強みになるだろう。
「というわけで、しばらくフルフルと武者修行だ。いいな?」
「はいッス! 手取り足取り初心者ゲーマーのご主人を鍛えるのは楽しみッス」
自分の名前があって、相当嬉しいのだろう。
悪魔の瞳は、天使のように輝いていた。
「期間は14日ぐらい予定している。それまでには戻ってくるつもりだ」
「いや、30日だ。宗一郎」
弾かれるようにライカは反論する。
「念のため早く戻ってくるつもりなのだろう。だが、14日ではいくらそなたは不眠不休で頑張ろうとも、私かクリネぐらいまでしかレベルは上げられないだろう」
「しかし――」
「案ずるな。何があっても、こちらが対処するつもりだ。それに少し舐めてもらっては困るぞ、宗一郎」
ライカは微笑を浮かべる。
「私はマキシア皇帝女帝だ。そしてマキシアは世界最大の領土を持つ最強の国……。エジニアは1度辛酸をなめさせられる結果となったが、本土にはまだ精鋭が残っている。30日どころか10年だって持ちこたえて見せるぞ」
朗々と紡がれた口上に、宗一郎は圧倒された。
そして女帝と同じく微笑む。
「さすがはオレの婚約者だ」
これほど頼もしく――自分の背中を預けるに足る人物に出会ったのは、オーバリアントでは初めて……。人生においては、2度目だった。
「わかった。30日だ。それまでに戻ってくる」
「うむ。宗一郎のことだ。きっと途方もないことをして帰ってくるのだろう。期待して待っている」
「ああ……」
ライカは拳を突き出すと、宗一郎は己の拳で軽くこついた。
現代において、グータッチと呼ばれるものだが、オーバリアントでも信頼の証や約束をする時、握手と同じ意味で行われる。
和やかな空気が、宗一郎の私室を包む。
その最中、不意に緊張が走った。
「1つ提案があるのだけど……」
妙に甘ったるい声が聞こえ、一点を見つめる。
全員がフルフルが胸にしているブローチに視線が集まった。
「わたしも発言していいかしら……」
ブローチの中で、そっと手を挙げたのは、ダークエルフの少女。
ラフィーシャの妹――アフィーシャだった。
今週中にもう1回上げる予定です。
新作『【暴食】スキルで“楽々”異世界を救うことにしました。』を連載しています。
こちらもよろしくお願いします。
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