第6話 ~ お主達は『幼なじみ』というヤツであろう ~
終章第6章。
暴走する王……(裏サブタイトル)。
「この際だから、はっきり言っておきたいのだが……」
ローレス王国のラザール王は重い口を開いた。
「勇者殿……。余の娘ローランと女帝陛下。どちらを選択するつもりなのか?」
真顔で尋ねた。
「…………」
「…………」
「…………」
――――――ッ!!
「ちょ、ちょっと!! お父様!! 何を仰っているのですか?」
爆弾のように落ちてきた沈黙を破ったのは、ローランだった。
椅子を蹴っ飛ばし、父のベッドを叩く。
一国の王でもある彼に対し、掴みかからんという勢いだ。
宗一郎とライカは完全に面を食らっていた。
ふと隣同士で視線を交わす。
お互いの顔が真っ赤になっているのを確認すると、反射的に目をそらしてしまった。実に初々しい反応だ。
猛犬と化した娘を前にして、ラザールは手を前にして「まあまあ」と抑えた。
「わかってますの、お父様!? この2人は婚約しているのですよ。それを言うに事欠いて、何故私なのですか!?」
「いやー、さっきから見ていたが、勇者殿もまんざらというわけではないようだし」
「さっきお話しましたよね? 私と宗――勇者様はたまたま古い縁があって、知り合いというだけです!」
「しからば、お主達は『幼なじみ』というヤツであろう。恋愛劇において、それは重要なファクターではないか!?」
よもや異世界にきてまで、『幼なじみ』の要因についてレクチャーを聞くとは思わなかった。当然、宗一郎は頭を抱える。
「お父様は年甲斐がなさすぎです。舞台演劇の見過ぎですわ。特に恋愛劇の!?」
「案ずるな。それだけではなく、女性貴族向けの詩集もたしなんでおるぞ」
乙女か!!?
「そもそも考えてみよ! 幼き頃に一目出会った男が、乙女の窮地に勇者として、お主を助けにきたのだ。何もないはずがない。むしろ、恋がはじまってしかるべきであろう!!」
「どんだけ頭がお花畑なのですか、このバカ父は!?」
ぎゃあぎゃあ、と声を上げながら、父子の喧嘩は続く。
圧倒的に展開される親子喧嘩に、当人である宗一郎は参戦できず、またライカも口を開いて見守るしかなかった。
「父は心配なのだ、ローラン! 王の娘でありながら、いまだ縁談が決まっていない1人娘の将来を」
「私はまだ結婚なんて……」
「お主のいう異世界はそうかもしれないが、そなたは15だ。十分結婚を考えてよい年だ。それをことごとく縁談を断るなど」
「結婚を考えていないわけではありません。しかし、私にも選択の権利が――」
「わかっておる! そなたは変わり者だ。変人だ!」
「な! 娘を変人呼ばわりなんて……。ま、まあ、否定はしないですけど」
……し、しないのか!!
「そうであろう。だが、勇者殿には心を開いているように見えるのだ。お似合いだと思うがな。どうじゃ、勇者殿」
どうじゃ? 一杯? というノリでこられても困るのだが……。
「ダメよ、お父様! だいだい宗一郎君にはね。他にもあるみちゃんっていう――――あっ」
「あ……」
気づいた時には遅かった。
ローランこと黒星まなかは、口を開けたまま固まる。
それを聞いていた宗一郎の顔も、引きつっていた。
「なんだ? 勇者殿? この2人以外にも、女がおるのか? うむ。よいよい。英雄色を好むというしな」
重~い空気の中、ラザール王は1人関心している。
そして寝室に残った4人の中で、もっとも心穏やかではない存在が牙を剥いた。
「宗一郎……」
「は、はひ」
現代世界で最強と謳われた魔術師の声が裏返る。
目を合わせられなかった。
いや、顔を見なくても、隣から漂ってくる熱気だけでわかる。
さぞかし金色の美しい髪は逆上がり、穏やかな紺碧の瞳はレーザーサイトのように光っているであろう。
想像に難くなどなかった。
「私は初めて聞いたのだが……」
声にエコーがかかっていた。
ゲームの魔王が喋っているのではないかと思うほどだ。
最強魔術師は背筋を伸ばす。
「いや、その……だな……。いつか話そうとは思っていたのだ。本当だ。神に誓う」
「宗一郎くん。今のオーバリアントの神様はラフィーシャだよ」
「まなか姉! そこをツッコむな!! 誰のせいだと思ってるんだよ」
「ごめんごめん。でも、宗一郎くんが何も話していないのが悪いんだよ」
「わかってるけど……。でも――」
抗議を繰り返そうとした瞬間、宗一郎の首がねじれた。
ライカが顔を掴み、無理矢理自分の方へと向けさせたのだ。
思わず「ひぃ!」と悲鳴を上げそうになるほど、ライカは怒っていた。
何故か黒い闘気を纏い、怒りに赤くなりすぎた顔は、もはや真っ黒に見える。
口から今にもオーガラスト級の炎息が吐き出されそうだ。
「確認したいことは1つだ」
「は、はい……。なんでしょうか?」
そのかしこまり方は、彼をよく知る従者悪魔がみれば、笑い転げていただろう。
いや、このやりとりが始まってから、すでに笑っていたはずだ。
「もう私に隠し事はしていないな?」
「あ、ああ……」
「わかった」
すると、すんなりと引き下がる。
ひとまず宗一郎はホッと胸を撫で下ろした。
「落ち着いた時に、ゆっくり聞かせてもらうからな」
「う……。は……はい…………」
頷くしかなかった。
「はははは……。さすがの勇者殿も恋する乙女の前では形無しじゃな」
誰のせいだと思っているのだ!!
豪快に笑うラザールの口に、真綿でも突っ込んで窒息死させたいという衝動を必死に抑える。
怒りをくみ取ったのか、まなかも厳しい視線を父親に向けていた。
「さて、冗談はさておき――」
―――― 冗談だったのかよ! ――――
とツッコみを入れたのは、宗一郎だけではなかった。
ラザール王は落ち着き払い、本題をはじめた。
「先ほどの魔女――ああ、これはダークエルフの俗名なのだが、こっちの方が言いやすいので、そう呼ばせてもらうぞ。その魔女が、先ほどいった内容の中で1つ真実であると話しておこうと思うのだ」
「真実ですか?」
ローランは蹴っ飛ばした椅子を元に戻し、スカートを丁寧に揃えて座り直した。
「ラザール王、それは一体どういう?」
「ライカ陛下。おそらく、あなたは知らないことであろうが、魔女がいった『旧女神の企みに荷担した』という点については、本当のことなのだ」
「つまり、こういうことか? ラザール王よ」
宗一郎もまた落ち着いて、口を挟んだ。
「ローレス王も、そしてマキシア皇帝も、モンスターが女神の管理下にあると知って、ギルドシステムを立ち上げたということか?」
「それってお父様……。裏を返せば、プリシラ様が本当にいらっしゃると知っていたということですよね」
「そうじゃ」
ラザールははっきりと首肯する。
「では、父カールズもこのことを……」
「いや……。知らなかったと思う。実際、プリシラ様と会ったのは、先々代にあたるクフ陛下だ。余も先代から伝え聞いているに過ぎない」
「お爺さまの……」
マキシア帝国先々代の皇帝クフについては、宗一郎も帝国大図書館で帝国史に学んだ程度のことしか知らない。
帝国の領土拡大に尽力した人物で、相当な傑物だったと聞いている。
ただ帝国が安定期に入ると、政治に興味をなくし、家臣の専横を許してしまった。その後は、カールズの『静かな革命』によって、退位に追い込まれ、数ヶ月後に病に倒れた後、崩御したと史実にある。
まだライカが生まれていない頃の出来事だ。
そのためか彼女の顔にはあまり実感がこもっていなかった。
「どうやら先代たちは、プリシラと懇意にあったらしい。つまりは三角関係じゃな。むふふふ……」
――この王は、1度性根をたたき直した方がいいな……。
「先代はプリシラの話を聞いて、ギルドシステムの構築を計った。ローレスが世界に先立って冒険者というシステムを作れたのは、そのためだ。だが、クフ陛下は反対した。というよりは、興味がなかったのだろう。故に、マキシア帝国は1歩乗り遅れたのだ」
地理的な条件、モンスターの強弱という問題はあっただろうが、もしマキシアが本気で乗り出していれば、世界最初のギルドはローレスになかったかもしれない。
「では、ギルドからの資金流入があったというのは、誠ですか?」
宗一郎が尋ねると、ラザールは首を振った。
「それはない。むしろ身銭がはたいてきたのは国だ。だが、民衆はいつの日も自分の都合の良いように解釈したがるものだ」
「国とギルドの癒着は、格好のスキャンダルになるから、マスコミも記事にしやすい」
「事実……。我が国でも、よその国でもあったからな」
ウルリアノ王国であった過去の事件が最たるものだろう。
その中で、国やギルドを民衆は攻撃してきた。
冒険者システムが構築されて60年。
国費が投入され、システムも安定期に入ってきた。
故にギルドは、現状のオーバリアントの中で1番金が集まる場所であるといってもいい。
金が集まるところに、癒着は起こりやすく、大衆による攻撃も起こりやすい。
それはオーバリアントでも、現代世界でも同じらしい。
異世界をそれなりに見聞きしてきたが、冒険者システムを歓迎する声は皆無だった。その恩恵を受けている冒険者ですら、不満を抱いているのだが現状だ。
「楽しめ、か……」
ポツリと呟き、プリシラの今際の際の言葉を思い出した。
ラザール王は話を続ける。
「モンスターが撤退し、世界の支柱であった冒険者システムが終末を迎えれば、今度はじまるのは責任論だ。そして――――」
「大戦の再開だな、王よ」
「ライカ陛下。その通りだ。そして魔女は、良いターゲットを教えてくれた」
「すなわち、マキシアとローレスか……」
宗一郎は唇を引き締める。
「エジニアだけではない。おそらく他の国も、我々の国を目指して殺到する可能性があるだろう。故にライカ陛下……。今一度確認したい」
「ラザール王よ。なんなりと」
「この現状となった今、貴国とローレス――いや、ローレスト三国の同盟は、いまだ健在と考えてよろしいか?」
ラザール王の首元に汗が滴る。
王として。国を代表するものとして……。
その質問には、同盟すべての人間の命がかかっているといっても過言ではなかった。
ライカは間を置いた。
迷ったからではない。
病床から復帰したばかりの王の不安をすべて受け止めるためだ。
そっと立ち上がり、ラザール王のやせ細った手を手に取った。
「むろん健在だ、ラザール王。むしろ我らの同盟はより強固なものになるだろう」
「かたじけない」
ラザール王の目は赤くなり、少し涙が滲んでいた。
正確には、ライカの言葉に感銘を受けたのではない。
もちろん、マキシア帝国初の女帝には感謝しているだろう。
ただ王は、1つの重責を終え、少しホッとし涙腺が緩んだ。
それほど、両者の誓いは意味のある――そして重い決定だった。
きっとカールズとラザールが2人で話したら、
ファストフードの女子高生みたいになるに違いない。
次回は来週投稿予定です。




