第4話 ~ 正義に必要なものをご存じかしら ~
ちょっと遅れましたが、第4話です。
そして時間軸は、マキシア軍司令官代理ロイトロスが、ローレス王の寝室に駆け込んできた時にまで遡る。
「大きなキノコのような…………くもを…………」
老兵の口から漏れ出た言葉に、宗一郎はすぐに何があったか察した。
おそらく魔法兵器【太陽の手】が使われたのだろう。
ロイトロスはマキシア軍が壊滅的な打撃を被ったことを報告した後、意識を失った。
「ロイトロス!」
ライカは涙目になりながら、老兵の名を叫んだ。
「心配するな。眠っただけだ」
すでに傷は宗一郎の魔術によって癒えている。
重傷を負いながら、潰走する兵をここまで率いたのだ。
ライカに報告が出来て、ホッとしたのだろう。
「寝室をご用意します」
まなか姉――ローレスの王女ローランが、指示を与えた。
衛兵が手早くロイトロスを担架に乗せ、医者と共に部屋を出ていく。
「クリネ……。ロイトロスについてやってくれ」
側に立っていた妹に、ライカは声をかけた。
クリネは緑色の瞳を持ち上げ、姉の様子を伺う。
ピンク色の唇が真っ赤になるほど、震えていた。
「お姉様……。本当は――」
「言うな! クリネ。私はマキシア帝国皇帝だ」
「すいません」
ロイトロスはライカが生まれた時から、側にいた帝国の兵であり、従者だ。
接していた時間は、亡くなった父カーズルよりも長いかもしれない。
いわば、第二の父親。
カールズが亡くなってからは、さらに依存してきた。
そんな人間があれほど傷ついて帰ってきた。
しかも自分の代わりに司令官として赴任した先でだ。
姉の胸中はいかばかりか……。
肉親であるクリネすら想像が付かなかった。
状況をずっと聞いていたラザールが、ようやく口を開いた。
「おそらくエジニアはその勢いのままサリスト王都ロダルに雪崩れ込むに違いない。今から兵を送っても手遅れだろう」
「では、お父様。サリストの王とご家族は……」
ローランは息を呑む。
数度、お目にかかっただけだが、非常に気さくな王であったことを覚えている。
王妃も、その王子も自身の身分におごることなく、厳しく優しい人物だった。
「無事に逃げてくれていればいいが……」
ローラン王ラザールは息を吐く。
それは望み薄だろう。
ローランと同じくサリストもRPG病に汚染され、終息したばかりだ。
短期間で、国としての機能を取り戻しているとは思えない。
「王とその家族ならなんとかなるかもしれん」
「ホント!? 宗一郎くん」
「ああ……」
ローランは目を輝かせる。
転生した友人の姉の笑顔を見る一方で、宗一郎の顔は冴えなかった。
それは側にいたフルフルも同様だった。
「ご主人……」
「わかっている。王室の人間だけだ。……聞いていたな、ベルゼバブ」
『はい。出来る範囲でお助けするつもりです』
宗一郎の頭に、ベルゼバブの声が響く。
すでに移動を始めているのだろう。軽く息づかいが聞こえる。
「頼む」
念話を閉じる。
ギリッと音がするほど、奥歯を噛んだ。
本来であれば、宗一郎も赴き、侵攻してくるエジニア軍を迎え撃つのが得策だ。
おそらく勝利することも可能だろう。
だが、魔力があまりにも残り少ない。
万が一、エジニアが【太陽の手】を使用すれば、完全にガス欠になる。
なれば、この先のラフィーシャとの対決でかなり不利になるのは必死だ。
情けなく歯がゆく思う。
妥協と言う言葉は、意識の高い宗一郎にとって、もっとも唾棄する言葉だ。
しかし、今は従者悪魔の最低限の機能を使い、数人の人間を逃がすのが精一杯だった。
「お姉様」
クリネが話を元に戻す。
「あ、ああ……。おそらくエジニアはそのままローレスもしくはムーレスに侵攻してくるだろう。私は王とその対策を話し合わなければならない」
「…………わかりました」
「すまない」
「お姉様」
「なんだ……」
「無理をなさらないで下さいね」
「……ありがとう、クリネ」
失礼します、とラザール王とローランに断りを入れると、クリネは部屋から出ていった。
「では、王……。病床のところ申し訳ないが……」
早速、ライカが今後の対策について切り出した瞬間――。
『ああ……。テステス……。皆様、聞こえまして、かしら……』
その声は聞こえてきた。
「頭に声が響く」
ラザール王は驚き、白髪を手で押さえた。
どうやら皆にも聞こえたらしい。
頭にクエスチョンマークを浮かべながら、周囲を探っている。
「ラフィーシャだわ」
フルフルの方から、その声は聞こえた。
皆の視線が、悪魔の首元にあるブローチに向けられる。
ダークエルフの女――アフィーシャだ。
薄紫の縦ロールを揺らし、ブローチの中から声の出所を窺っていた。
「おそらく呪術を介した念話だな」
この時、宗一郎が知る由もなかった。
ラフィーシャの念話はオーバリアント全域に聞こえていたのだ。
例え、彼がこの事態を知っていたとしても、呪術に介された媒介を解明することが不可能だっただろう。
それほど、全世界域に対する念話は、想像を絶する技術だったのだ。
そして、オーバリアント史上に残る演説は、始まった。
同時に、世界の混乱の始まりだった。
◆
みなさま、こんにちは。
私の名前はラフィーシャ……。
姓なんてないわ。必要もないし。
しいていうなら――。
女神ラフィーシャ、かしら……。
そう。お聞きの通り、私は女神。
このオーバリアントの新たな女神よ。
よろしくね。オーバリアントのみなさま。
今、あなたたちはこう思ってるかしら。
旧女神のプリシラはどうしたのか?
プリシラ様は一体どこに?
当然よね。
有り体にいうかしら。
旧女神プリシラは死んだ。
私が殺した。
でも、憤らないでほしい。
私はあなたたちオーバリアントの人のために女神を殺したの。
そう――。
正義のために殺した。
みなさま、好きでしょう。
正義あるいは大義。そんな言葉が……。
では、女神を殺す正義とは何なのかしら。
大義とは何なのかしら。
今から私の言うことに、まずは耳を傾けてほしいの。
正義に必要なものをご存じかしら。
それは簡単よ。
すなわち、罪……。
罪あるからこそ正義がある。
つまり、プリシラは罪を犯していたの。
では、その罪とは何か……。
それは、旧女神プリシラこそが、世界にのさばるモンスターを操ってきた張本人だからよ。
信じられない。
そうよね。
プリシラこそ善の存在であると、みなさまは聞いて育ってきたもの。
無理もないかしら。
けれど、これは事実よ。
確かにモンスターは、かつてダークエルフが召喚した異界の魔物。
プリシラはそれを利用し、自ら考案したシステムによって、戦乱期のオーバリアントを停滞させた。
それは確かに偉業……。
素晴らしい功績だと思うわ。
でも、皆様は一時でも思わなかったかしら。
今まで人間を相手にしたきたのが、モンスターに変わっただけ。
むしろ、人の行き来が制限されることによって、世界は住み難くなったのではないか。
そう……ね――。
新たな女神ラフィーシャはこう思うの。
人間はもっと自由であるべきだと……。
みなさまには思い出してほしい。
人間の本質を……。
私はそのための手伝いをしただけ。
1つはプリシラを殺したこと。
そして、すべてのモンスターをオーバリアントから撤退させたこと。
そんな馬鹿なって思うかしら。
でも、見てちょうだい。
城壁の上から……。窓の外を……。
きっと見えるはず。
モンスターが大挙し、退散していく姿を。
ね? 見えた?
凄いでしょ。
新たな女神はこんなことも出来るかしら。
だから、もう安心――。
とはいかない。
残念かしら……。
何故ってねぇ、うふふふ。
それはね。
オーバリアントには旧女神の企みに荷担した国があるから。
すなわち、ギルドシステムを作ったローレス王国。
そして、その同盟国にして、世界最大の国――マキシア帝国。
彼らは領土を安定させるため、さらにギルドを介し、資金を徴収していた。
つまりは己の保身のために、プリシラの企てに荷担した。
いわば、人類の敵……。
それをどうするかは、みなさまが決めればいい。
1つ言えることは、モンスター、ギルド、冒険者……。数十年続いた体勢は崩壊し、オーバリアントに真の自由が戻ってくる――ということ。
そして私は、あなた方に何も強制しないし、管理することもない。
ただ……。ラフィーシャは願うだけ……。
オーバリアントの民が、人間の本能を思い出すことを。
自由になる日を……。
どうかみなさま、それまで息災に。
うふふふ……。
次は来週更新の予定です。
よろしくお願いします。




