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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第3話 ~ 普通の死すら生ぬるい ~

前回の続き。

若干グロいです。

「率直に言おう。スギイソウイチロウ君……。我らに手を貸してくれないか。帝国最強を破った君が仲間に加われば、これほど心強いものはない」


 ワペルドの言葉に、室内に響いていた革靴の音が止まった。

 エジニア軍中将のすぐ目の前には、宗一郎が立っている。


 やおら頭を上げた。

 その表情は、出会った時と寸分も変わらない。

 宗一郎の心は、全く揺らいでいなかった。


 ぞくり、と背筋が凍るの感じた。

 身体が何度と「危険」を発する。

 だが、逃げることなどできない。

 戦うことなど、戦力をはかれない一兵卒がやることだ。


 ワペルドのやることはただ1つ。

 剣より磨いた弁舌しかなかった。


 しかし、それもすでにネタ切れだ。

 今はそう――。目の前にいる青年の言葉を待つしかなかった。


「お前に3つ尋ねたいことがある」


 願いが通じたのか。

 ようやく宗一郎は口を開いた。


 ワペルドは飛び上がって喜びたかった。

 問答無用に殺されるよりは、遙かにマシな反応だからだ。

 何より質問は言葉のキャッチボールが可能になる。

 それだけでも随分と前進しているように感じた。


「お、おお……。良いだろう。なんでも質問してくれたまえ」

「お前らが使った【太陽の手(バリアル)】を、どうやって手に入れた?」

「それは……」


 ワペルドは言い淀む。

 しかし、これは演技だ。


 言うまでもなく【太陽の手(バリアル)】の入手した経緯は、国家の最重要機密である。本国に帰れば、なんらかの咎めを受けることになるだろう。だが、今はそれよりも自分の命だ。


 簡単に吐けば、折角の重要機密の価値が下がる。

 相手に情報の価値を想起させ、恩を着せねばならぬ。

 それが薄皮一枚の恩だとしても、命がかかったこの状況ではベッドに敷くマットよりも分厚いもののように感じる。


 宗一郎は無言の圧力をワペルドに向けた。

 自然と脂汗が滲む。これは演技ではなかった。


 折を見て、ワペルドは降参する。


「わかった。言おう……」


 寝間着の首もと付近を正す。

 そして口を開いた。


「あれはウルリアノから海路を経由して、我が国に持ち込まれたものだ。それ以上は知らない。売り手が誰だったかも含めてな」

「…………」

「本当だ。信じてくれ!」


 迫真の演技というよりは事実だった。

 【太陽の手(バリアル)】については、本国の王家と軍上層部の限られた人間しか知らない。

 

「2つ目の質問だ」

「あ、ああ……」


 宗一郎はあっさりと引き下がった。


「お前らのバックにはダークエルフがいるはずだ。そいつは王家のどこまでをコントロールしている」

「な、なんの話をしている……」


 寝耳に水だ。

 エジニアも他国と同じく、ダークエルフに対して、法律を含め、対策を怠っていない。王家にも、議会にも、軍にもダークエルフの影響などあろうはずもなかった。


「そうか。わかった」

「いやに簡単に引き下がるではないか」


 そう。気持ち悪いほど、宗一郎の尋問はあっさりとしていた。

 しかし、憎悪を含んだ瞳は全く揺るぐことはない。

 なのに、目の前の将校の言葉をあっさりと信じる宗一郎の態度が、ワペルドには解せなかった。


「どうした?」

「拷問でもされるのかと」

「必要ない。オレにはこの瞳があるからな」


 片目に手を置いた。

 やがて、ゆっくりとその手を引く。


 中から現れたのは、青く燃える瞳。

 その中には、無数の幾何学模様が描かれていた。


「な、なんだ。それは……」


 ここに来て、初めてワペルドは恐れを露わにした。

 1歩退く。

 動悸が速くなっていくを感じた。


 対して宗一郎は冷静だった。


「【フェルフェールの瞳】……。あらゆる人間の真実を暴く魔眼ひとみだ」

「真実……。だと……」

「だから、オレにはわかるのだ。お前が嘘をついていないこと。そして……。お前がオレを懐柔しようとしていることもな」

「な、なんのことだ……」

「まあ、あまりにお粗末すぎて、魔眼に頼らなくともお前の甘言に乗ることはなかったがな」


 まずい……。


 一瞬、ワペルドは視線を剣へ向けた。

 しかし思いとどまる。

 何度もいうが、戦うなど愚かだ。


 たとえ、相手が自分の心を読める相手だとしても、自分に残されたのは弁舌しかない。


「ほう……。それでも武器を取らないのか。貴様、もはや軍人ですらないな」


 ――何とでもいえ。私は絶対に生き残る!


 頭を回した。

 生涯において最高と自負できるほどに。

 疾く疾く……。

 この場を切り抜ける“解”を探した。


「では、最後の質問だ」


 そうだ。

 質問はまだ3つあった。

 自分はまだ生きていられる。


 そして3つ目の質問は、ワペルドにしてみれば、予想との1つであり、もっとも的中してほしくないものだった。


「どんな風に死にたい?」


 死神すら寄せ付けぬ冷たい言葉だった。


 酒が入ったワペルドの顔から血の気が引いていく。

 大量の汗が流れ、寝間着は雨に打たれたかのように濡れていた。


「待て。待ってくれ!!」


 彼が長年磨き続けた舌鋒から、とうとう命乞いが漏れる。


「絞首か。火攻めか。水攻めか……」

「待て! お願いだ。助けてくれ! 命だけは……。勘弁してくれ」


 ワペルドの口から、在り来たりなワードが飛び出す。

 それは言うまでもなく、滑稽だった。


「馬裂きにしてもいい。それとも市中を引き回すか? 股ぐらから串刺しにするのも悪くないか」

「なあ……。頼む。許し……許してくれ……。金もやる。名誉もやる。なんでもするから」

「ん? そうか? なんでもか……。なら、なんでもしてもらおう」


 再び宗一郎のフェルフェールの瞳が輝く。


 ワペルドはその光に吸い込まれていった。




 気が付けば、ワペルドは縛り首にされていた。

 すでに息はない。糞尿を漏らし、口から泡を漏らしていた。


「やめ……」


 次に気が付けば、火にまみれていた。

 全身が皮膚が焼けただれ、朽ちていく。

 息も奪われ、肺腑の中に感じたことのない異常な熱さと痛みだけが感じた。


「やめろ」


 次に水攻めだ。

 手に重りを持たされ、海中へと没していく。

 身体に残っていたわずかな酸素はあっという間に切れ、我慢できず海水を飲み込んだ。臓腑に冷たい水が樽を逆さにしたかのように入っていくのを感じる。

 それでも息は出来ない。もがくこともない。


「やめろ!」


 今度は四肢が鎖が巻かれていた。

 それが馬に繋がれている。合図とともに、馬は走り出す。

 筋肉が切れる音が聞こえる。骨が折れる音が響く。

 悲鳴すら拒む激痛が、全身を切り刻む。

 やがて四肢が馬と共に飛んでいった。

 ワペルドは傷口を押さえることすら出来ず、ただただ絶命するまで痛みに耐えるしかなかった。


 あるいは市中を回され……。

 あるいは串刺しにされ……。

 その度に、ワペルドは痛みを追った。

 それを何千回と繰り返した。


 痛みに慣れようかという時、それは訪れた。


 気が付けば、家族に囲まれていた。

 妻、そして息子夫婦と、娘。

 息子夫婦には生まれたばかりの子供がいた。

 可愛い初孫だった。ワペルドはそんな孫の世話をしながら、余生を過ごした。

 幸せな日々。

 だが、ある時ワペルドは悪漢に拉致された。

 手足を縛られた状態で、薄暗い部屋の中で座らされた。

 そして目の前に現れたのは、家族だ。

 どうやら自分と同じく拉致されたらしい。

 悪漢たちは、ワペルドの目の前で家族を殺していく。

 最初は妻。次は息子。その妻。そして娘。最後には……。


「やめろぉおおおおおおおおおおお! やめてくれ! お願いだ!」


 そして最後には、孫を絞め殺した。

 ワペルドは憤怒の瞳で悪漢を見つめた。

 だが、その正体を知って、愕然とする。

 それは、紛れもなく……。



 自分だった……。



 ◆



 床に倒れ、半ば意識を失ったエジニア軍中将を、宗一郎は見下げた。


「うぇ…………。え…………。えへ…………」


 顔は自身の体液にまみれ、半分白目を向いている。

 頬を絨毯にこすりつけ、意味不明な言葉を呟き続けていた。


 完全に心が破壊されていたものの姿は、すでに異形と称していいほど、無様な姿だった。


「貴様には、普通の死すら生ぬるい。一生……己の罪にまみれているがいい」


 スーツを翻す。

 そうして宗一郎は、部屋を出ていった。


 その顔は、この部屋に入ってきた時以上に、険しいものだった。


ちょっときつかったかもしれませんが、いかがだったでしょうか?

次回は時系列が戻ります。


今週もう1回上げる予定です。

よろしくお願いします。


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