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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅴ ~ 島の少年と黒い妖精編 ~

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第24話 ~ 皆殺しにするならそれでもいい ~

ちょっと鬱回です。

外伝Ⅴ第24話です。

 出発の日。


 表浜には人だかりが出来てきた。


 ドクトルたちにとっては、栄えある日だ。

 2人が願い、協力し、とうとう島を脱出する。

 その瞬間を迎えていた。


 対して、島民の様子はどこか剣呑だった。

 島に浮かんだ1艘の船。

 浜に来れば、否応にも目に付く構造物に慣れてしまったのか。

 民の目に驚きはなく、ただ邪なものでも見るように視線を向けていた。


 ドクトルは保存食を積んだ壺を船の中に運び終える。

 汗を拭うと、パルシアの方を向いた。

 縁にもたれかかるように、人だかりの方を見て、誰かを捜している。


「どうした、パルシア?」

「いやぁさ。……ベリエと親方が来てないなって」


 ドクトルも人だかりに目を向け、2人を探した。

 島民のほとんどがいるにも関わらず、ベリエたちの姿が見えない。

 ついでにいえば、島長の姿もなかった。


 あの老人からすれば、屈辱的な出来事なのだろう。

 見届けたくないという心理もわからなくはない。


 今はともかく、ベリエとモロだ。

 溜らずパルシアは声をかけた。


「ねぇねぇ……。ベリエとモロ親方のこと誰か知らない?」


 黒い妖精が突如、質問を投げかける。

 島民たちはどよめいた

 お互いの顔を見合わせると、周囲に視線を放った。

 しかし、手を挙げるものはいない。


「いないな。……工房じゃないのか?」


 むすっとした顔をパルシアに向けたのは、ゴーザだ。

 勝負に負け、一時塞ぎ込んでいた島一番の漁師は、すっかり立ち直っていた。


「かなぁ?」


 パルシアは首を傾げる。

 すると、船から飛び降りた。


「おい。パルシア……」

「すぐ戻ってくるよ」


 手を振り、ダークエルフの女は工房を目指した。




 工房にも2人の姿はなかった。


 パルシアは顎に手を当て考える。


「あとは、山にある秘密の工房だけか」


 もしかして、今この栄えある門出の日にも、彼らは仕事をしているかもしれない。

 なんだかんだと言って、2人とも仕事の虫だ。

 今日が出発日だということすら忘れているかもしれない。


 別れは済ませてある。

 このまま見送られず、出ていくのもいいだろう。


 だが――。


 パルシアは胸に手を置く。

 胸騒ぎがするのだ。何か……。


 結局、山へ向かうことにした。

 工房の場所はわからないが、【ウラガ】はそんなに広くない。

 山に限定するなら、捜索範囲は絞られる。


 ドクトルを待たすことになるが、こっちの方がよっぽど重要だ。


 山登りはすっかり慣れてしまった。

 ドクトルの家が丘の方にあるからだ。

 小さな島だ。約100日もいれば、自分の庭同然だった


 空を見上げれば、まだ太陽(バリアン)が西の方に傾いていた。

 そして快晴。

 雲一つない。

 こんな日に出発しない手はない。

 ドクトルの読みでは、しばらく晴天が続くらしい。


 山の中を彷徨っていると、ふと気配を感じた。

 振り返る。

 すると、木材が転がる音が聞こえた。


 男が立っていた。

 ひょろい男――。

 見たことがある。確かゴーザの取り巻きで、ミグラという若者だ。


「ひぃ……」


 パルシアに見つかったミグラは、小さく悲鳴を上げた。

 顔面が蒼白なり、胸に抱えていた薪をさらに取り落とした。


「ちょっと! 君、こんなところで何やってるの?」


 尋ねた瞬間、ミグラは残った薪を放り出す。

 わあああぁぁ! と叫びながら、背を向けて逃げ出した。


「あ! ちょっと! そういう反応。結構、傷つくんだからね」


 好きでダークエルフに産まれたわけではない。

 パルシアは頬を膨らましつつ、ミグラの後を追いかけた。


 足は向こうの方が速い。

 パルシアは見失ってしまう。


 ――こんなことなら、魔法を使うべきだった。


 己の判断を悔やんだ。

 その時、男たちの話し声が聞こえた。


 パルシアはゆっくりとその方向へと近づいていく。


「――――!」


 息を呑んだ。

 そこにあったのは“船”だった。

 帆船だ。


 しかし――。


 破壊されていた。

 船底には穴が空き、帆船の象徴たる帆柱は途中から折れていた。


 その周りには、石斧をもった男たちがうろついている。

 山にあった帆船。鈍器を持った漁師たち。


 帆船がなんなのか。そして何が行われたのか。

 ダークエルフとして多くの知識を持つパルシアでなくても、想像は難しくない。


 茂みをかき分け、パルシアは男たちの前に躍り出る。


「出た――!」


 悲鳴じみた声を上げたのは、先ほどミグラだ。

 他の男の後ろに隠れ、顔を出す。


「君たち……。一体何を――」


 言葉が途切れる。

 表情に浮かんだ怒りが、まるで潮を引くように消えていく。

 代わりに浮かんだのは、心臓が止まるほどの衝撃だった。


「ベリエ……。モロ……親方……」


 今日の空のような青い目に、若者と老人が地面に倒れ臥しているのが映る。

 その頭にはおびただしい量の血が付着し、今もなお枯れ葉に埋まった地面を朱に染めている。

 顔は、個人が特定できないほどひしゃげていた。

 一方的な暴力が行われたのは、明白だ。


 息は――していない。

 2人は死んでいた。

 惨たらしく。

 同じ島民たちによってリンチにかけられ、殺されたのだ。


 パルシアはギュッと拳を握った。


 薄桃色の髪が逆立つ。

 呪詛でも組むかのように、男たちを睨み付けた。


「あなたたち――!!」


 叫ぶ。

 ドクトルですら聞いたことのない声だった。


 途端、彼女の浅黒い肌が、黒くなっていく。

 髪も桃色から、濃い紫へと変色しはじめた。


 まさしく黒い妖精――。


 その変貌ぶりに、男たちは戦く。


 その時だった。


「ば、化け物ぉおおおお!!」


 悲鳴じみた声を上げたのは、隠れていたミグラだった。

 側にいた男の石斧を取り上げると、パルシアに投擲する。


 それは見事――完全な不意打ちとなった。


 パルシアは手を掲げる。魔法を使おうとした。

 しかし、呪文が間に合わない。


 しま――。


 瞼が大きく広がる。


 視界に映ったのは、石斧ではなかった。

 自分よりも小さな影。


 手を広げたドクトルだった。


 斧は少年の目の辺りに直撃する。


「うわぁああ!!」


 悲鳴を上げ、ドクトルは倒れる。

 落ち葉が舞った。


「ドクトル!!」


 パルシアは悲鳴を上げた。

 怒髪がしおれ、髪の色と肌の色が元に戻っていく。


 倒れたドクトルに駆け寄った。

 少年は目の辺りを抑え、蹲る。

 出血がひどい。

 抑えた手から、血がしたたってくる。


 大口を開け、「――――!」と声なき悲鳴を上げ続けた。

 パルシアの青い瞳が緩む。

 心配そうに少年を見つめた後、再び噴出した怒りを男たちに向けた。


「お前らぁあああ!!」


 平静であれば、本人すら驚いただろう。


 異性おんなとは思えない言葉と怒気。

 再び肌が黒くなっていく。


 男たちは反射的に身構えた。


「やめよ!」


 声は大気を震わせた。


 場に張りつめた殺気や、その緊張感がぷつりと途切れる。

 全員が、声の方向に視線を向けた。


 杖を突いた島長が立っていた。

 背後には、祈術師(シャーマン)を務める奥方も控えている。


 島長は現場に踏み込んでいった。


「お前の仕業か!?」


 パルシアの怒りの矛先は、島長に向かった。

 青い瞳は、人魂の炎のように燃えさかっている。


 島長は髭の奥で息を吐く。

 やがて首肯した。


「いかにも……」

「どうして!?」

「掟だ……」

「掟ぇ! 掟だったら、何でも許されるわけ。人を殺しても」


 島長はベリエとモロの遺体を見つめた。


「この者たちは勝手に船を作り、島を出ようとした。それは掟で禁じられている」

「だからって、殺すこと……」

「また同じ考えのものが現れるかもしれない。何よりこやつらは、お前たちのことを知りすぎた。生かしたところで、益などない」

「――――!」


 パルシアは荒々しく息を飲み込む。

 カッと目を見開いた。

 視線を動かし、他の男たちに向けた。


「あんたたちはそれでいいの!! いつかあんたたちも、このじじぃに『掟だ』という理由で殺されるかもしれないのよ」


 叫んだ。

 しかし、帰ってきたのは、漁師たちの不安げな顔。

 そして沈黙だった。


 代わりに答えたのは、島長の奥方だった。


「この者たちは掟に従ってきた。そして今日まで守られてきた……。今後も、それに従うだろう。のう、みんな……」


 念を押すように尋ねられた。

 誰も口には出さない。ただ小さく首肯し、その考えに従った。


「狂ってる……」


 かすれた声で、パルシアは呟いた。

 やがて強く奥歯を噛みしめる。

 猛犬と化した黒い妖精は、傍らにいるドクトルから離れ、島民たちを睨んだ。


 手を掲げる。


 炎を生み出した。


「おお……」


 島長も、漁師たちも声を上げ、恐れおののく。

 祈術師(シャーマン)も、「あっ」と口を開き、身を強張らせる。


「駆逐してやる」


 地の底から噴出してきたような怨嗟の声。


 パルシアは一歩踏み出す。

 しかし、そのドレスを掴んだのは、ドクトルだった。


「待て。パルシア!」

「ドクトル! 止めないで!」

「もう行こう!」

「でも!!」


 振り返る。

 片目から大量の血を流しながら、少年は残った水色の目でパルシアを見つめていた。


 出会った頃とまるで変わっていない。

 【ウラガ】の海のような透明度の高い眼球。

 パルシアの気が一瞬、晴れる。


 だが、持ち直し、再び全身に怒りを漲らせた。

 ドクトルは尚もパルシアのドレスの裾を掴む。


「皆殺しにするならそれでもいい」


 それは許しのように聞こえ、島民たちをざわつかせた。

 しかし、少年の言葉は続く。

 結婚を申し込んだ相手を、強く――じっと見つめた。


 そして問いかける。



 それはお前のいう“愛”なのか……。



 するとドクトルはパルシアを抱きしめた。


「えっ……」


 紫へと変色していた髪が揺れる。

 やがて元の薄桃色へと戻っていった。


 片方を朱に染めながら、ドクトルは自分の鼓動を聞かせるようにきつく抱きしめた。


 強い日差しの元……。

 【ウラガ】の少年とダークエルフは、しばらく抱擁を続けた。


 すっと先に離したのは、ドクトルだった。


 その時にはすっかりパルシアは元の姿になっていた。


「行こう」

「……うん」


 2人は手をつなぎ、浜の方に向かって歩く。


 パルシアはつと立ち止まる。

 振り返った。


 ベリエとモロの遺体を見つめる。


 消え去るように言葉を告げた。


「ごめんなさい……」




 2人はやがて戻ってきた。


 変貌ぶり――特にドクトルの怪我に、島民はどよめく。

 ゴーザが駆け寄り「大丈夫なのか」と尋ねると、少年は一言「ああ……」とだけ言って、船に乗り込んだ。


「止血をしてやる。それじゃあ、方向感覚が……」

「ゴーザ……」

「なんだよ」

「いい島長になれよ」

「ああ? ……言われなくてもなるさ」

「あと手当は船でする。じゃあな」


 ドクトルは帆を広げた。

 舵を動かす。

 ゆっくりと、船は浜から離れていった。


 ドクトルはその光景をぼんやりと見ていた。

 ゴーザは手を振っていたが、他の島民はただ不安そうな顔で見つめるだけだった。

 何か劇的なことが起こるわけでもない。

 感傷に浸るわけでもなく、まして寂しいとも思わなかった。


 ただ残った目で、島を見ていた。


 パルシアは水平線の向こうをずっと見続けている。

 終ぞ島の方を向くことはなかった。


 水平線の向こうに島が隠れた時、ドクトルは船に乗ってはじめてパルシアに声をかけた。


「方向は?」

「あっち?」


 指だけを向ける。

 ドクトルは舵を着る。


 暗い雰囲気の中、少年とダークエルフの新たな人生は始まったのだった。


次回はエピローグです。

一気に17年後に飛んで、ようやく元の時間軸に戻ります。


今後の予定ですが、来週のエピローグ(長くなったので前後編予定)を投稿した後、

1、2週ほどお休みを取らせてもらう予定です。

再開はTwitterや活動報告などに掲載する予定ですので、しばらくお待ち下さい。

(一応、今本編の作業に入っています。長くお待ちいただくことはないかと)


今後ともよろしくお願いします。

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