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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅴ ~ 島の少年と黒い妖精編 ~

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232/330

第23話 ~ 僕たちにはそれが息苦しい ~

外伝Ⅴ第23話です。

よろしくお願いします。

 90日後……。


「出来た……」


 パルシアは呟く。

 汗を拭うと、手についた塗料が額に線を描いた。

 女の顔はまるで子供のように満足げな顔をしている。

 口角を伸ばし、にぃと笑った。


「出来たぁぁぁぁああああああ!!!!」


 絶叫した。

 持っていた鳥の羽毛で作った刷毛を放り投げる。


 草屑、島に眠っていた石灰、海で少しずつ浮かんでいた油。

 彼女自ら考案し、ブレンドした舟のためにひつような水止め(コーキング)塗料。

 その最後を余すところなく使い終えたパルシアは、すべての力を使い切り、地面に寝ころんだ。


 時間は深夜。

 船渠から少し離れた砂浜には、オレンジ色の明かりが灯っている。

 周りにドクトル、ベリエ、モロがうつらうつらと首を動かしていた。


 3人はパルシアの声を聞き、顔を上げる。

 寝ぼけ眼を擦った。


「おお……」


 普段は無感動なドクトルも、歓声を上げずにはいられなかった。


 少年の水色の瞳に映ったのは、灰色の木造船だった。

 だが、漁に使う“舟”ではない。

 中央には、帆が張られている。


 帆船だ。


 【ウラガ】史上はじめのて帆がついた“船”が、いまやっと出来上がったのである。


「改めてみると、大きいね。ね、親方」

「…………」


 ベリエは巨人でも見上げるように顔を上げる。

 側にいたモロは、半ば口を開き、帆船を見つめていた。


 パルシアもごろりと転がり、まるで茶の間にでもいるかのように横臥すると、船に視線を向けた。口がむずむずと動き、興奮を隠せていない。


 …………。


 長い90日だった。

 様々な苦労があった。

 何せ、ここにいる者は、帆船作りの素人だ。

 ドクトルもワットから習っていたとはいえ、実践するとなるとまるで違う。

 ベリエやモロにしてもそう。

 ダークエルフとして知識をため込んだパルシアも、戸惑うことばかりだった。


 膨大なトライ&エラーの繰り返し。

 否応なく突き付けられる現実。自分の無力さ。

 島民からは白い目で見られ続けた。


 それでも4人は成し遂げた。


 爆発的な歓声も、葬式のような号泣もそこにはない。


 全員が船を見つめていた。

 ただまったりとした空気が流れ、苦労を噛みしめていた。


「これで終わりじゃないぞ」


 厳しい言葉をかけたのは、ドクトルだった。


「そうだ」


 モロも同調する。

 普段は寡黙な親方は、二の句を告げる。


「まだこれが浮くかどうかはこれからだ」

「だね」


 パルシアは立ち上がる。

 脇や太股についた砂を払った。


「そうだね」


 唯一涙を滲ませていたベリエが、目を揉み、再び船を見つめた。

 ドクトルの方を向く。

 手をすっと差し出した。


「ありがとう」


 ドクトルは顔を上げた。

 自分よりも頭半個ぶん大きい年上の男は、穏やかに笑っている。


 その手に触れた。

 自分よりも大きく、そしてゴツゴツしていた。

 漁師の手ではない。職人の手だ。


 ドクトルの手に、ベリエはさらに手を重ねる。

 両手でがっしりと握りしめた。


 ベリエは言った。


「そしてずっと言いたかった」



 ごめんなさい……。



 若者の声は、夜の【ウラガ】の砂浜にぽっかりと浮かんだ。


 ドクトルは目を広げる。

 改めてベリエを見つめた。


「何故、謝る?」

「君を――子供を1人にしてしまった。本当なら、1人残った君を僕たち大人が保護してやらなければいけないのに。僕たちに勇気がなかったから。放置してしまった」

「…………」

「君のお母さんのこともそうだ。……助けてあげるべきだった。僕はそう思ってる。今さらだけど……。謝ることしか出来ないけど……。もう君に謝る事が出来ないかもしれないから。今、言っとく。ごめんなさい」

「別にいい。過ぎたことだ」

「そ、そうか」


 ベリエは苦笑する。


「ドクトル……。あっさり言いすぎだよ」

「何故だ? 今、謝ってもらっても結果は変わらない。母さんが戻ってくるわけじゃない」

「それはそうだけどさ……。もうちょっと情緒っていうか。――ま。ドクトルらしいけど」


 パルシアは肩を竦めた。


「ベリエ」

「なんだい、ドクトル」

「ありがとう……」

「え? いや……。別に感謝されるようなことは――」

「船を造るのを手伝ってくれた。俺とパルシアだけなら、ここまで早く出来なかった」

「島の船大工として、当然のことをしただけさ」

「でも、島長から何か圧力はあったんじゃないのか?」

「え? そうなの?」


 初耳――というように、パルシアは目を丸くする。

 ドクトルとベリエはようやく手を離した。


「島長ならやる」

「お見通しか。でも、大丈夫。かしらと島長は旧知の仲ってヤツでね。全部突っぱねちゃった」

「モロ……」


 ドクトルが視線を移す。

 モロは子供の瞳から逃れるように、明後日の方向を向いた。


 照れを隠すように耳の穴に指を入れて、ほじくる。


「ベリエが言ったとおりだ。俺は俺の仕事を真っ当したにすぎない」


 威厳のある答えが返ってくる。

 すると、背中を向けた。


「明後日……。塗料が乾いたら試水するぞ。今日はもう遅い。それぞれのねぐらに帰れ」


 そう言い残し、モロは浜を後にした。

 やや疲れているらしい。いつも以上に、足がおぼつかない。


「まったく……。年なのに無理しちゃって」


 ベリエは目を細める。

 ドクトルに向き直った。


「あれで親方は君たちに感謝してるんだよ」

「……? どういうことだ?」

「親方は僕よりも何倍も木に向かってきた。それを誇りにして生きてきた。でもね。帆船を作っていた時の親方は、僕が知る中でも最高に嬉しそうだった。昔気質だけど、新しいものを習得することが好きなんだ」

「確かに……。おじいちゃんの目は輝いていたように思うね」


 パルシアはうんうんと頷いた。


「だろ? ……だからかな。親方は島を維持しようとする島長に反発して、舟を取り上げられた。親方は事故で足を怪我したっていうけど、古い漁師に聞いたら、あれは島長と喧嘩してああなったらしい。……つまりは粛正さ」

「ひどい! あの島長……」

「島長も島長で【ウラガ】を守ろうとして必死なんだと思う。……だけど、僕たちにはそれが息苦しい」


 ドクトルくん……。


 と、ベリエは顔を寄せた。


「ここだけの話なんだけど……。実は僕たちはもう1艘。帆船を作っているんだ」

「え?」

「もちろん、内緒にね。作業の合間をみて、親方と一緒に作ってる」

「帆船はどこに? そもそも材料がないんじゃないのか?」

「山の中……。漁師たちがあまり近づかない場所で、隠れて作業をしている。たぶん、親方が今向かったのもそこさ。材料は僕たちの家の木材を何本か抜いて使ってる」

「どうする気だ……?」


 神妙な顔でドクトルは尋ねた。


 ベリエは上を向く。

 空を見ると、真っ黒な空に無数の星が瞬いていた。


 島の若者は呟く。


「僕たちも【ウラガ】を出る」


 潮風が、ドクトルの鼻をくすぐった。


 ベリエは顔を元に戻し、少年を見つめる。

 穏やかに笑っていた。

 すべてを覚悟した者の目。

 ドクトルはただ真っ直ぐ受け止めた。


「まだ半分も出来てないから、随分後になるだろうけど。いつかきっと……。君たちに追いついてみせるよ」

「待ってる」


 水色の目が強く光る。

 ベリエの手を掴まえ、再び握った。


 その行動に面食らいながらも、ベリエは強く握る。

 男たちの手に、女の細い指が重なる。


「ボクも待ってるよ」


 パルシアが猫のように笑っていた。


 その後、試水は成功し、ドクトルたちの出発は、5日後と決まった。


ブクマ・評価をいただきありがとうございます。

更新スピードが亀で申し訳ありませんが、今後ともよろしくお願いします。

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