第17話 ~ 間違いない!! 大怪魚だ! ~
ちょっと短めです。
外伝Ⅴ第17話です。
裏浜に際限なく白波がうち寄せる。
パルシアはスカートの部分を絞り、裸足になって波と戯れていた。
南海の水は少し冷たい程度で、火照った気分を冷ましてくれる。
潮の香りも、ダークエルフの島とはまた違う。
薄桃色の髪を撫でるような凪が、気持ちが良かった。
勝負の最中でなければ、いいレジャーになったかもしれない。
パルシアは側にあった大きな貝殻を拾う。
大きな巻き貝だ。
耳に当ててみると、波の音が聞こえた。
思えば、【エルフ】にいた頃は海で遊んだことはなかった。
自分にとって海は、牢獄の格子のようなもの。
自由を奪う枷のような存在でしかなかったからだ。
だが、今――。
溶かしたガラスのような海が、男たちの闘争の場になっていた。
沖を見る。
3艘の舟が浮かんでいた。
その1艘――。他の2艘の漁師は、水面に目を凝らして警戒しているのに対し、その1艘に乗った漁師は、じっと仁王立ちをし、明後日の方向を向いている。
今度は岸壁を見る。
少年がじっと海を眺めていた。
微動だにしないという点では、先だって漁師と同じだった。
「ドクトル……。大丈夫かな」
パルシアは不安を吐露する。
朝――。ここに来てからずっとああだ。
水面を凝視し、何か待っている。
いや――。
何かではない。
魚――【ドーマ】という怪魚が、自分の仕掛けあるいは餌に食いつくのを待っているのだ。
静かな闘争……。
潮騒と風の音。時々、海鳥。
世界一と称してもいい静寂なる戦いは、昼を過ぎても続いた。
3日目は本当に静かだった。
変化があったのは、昼もだいぶ過ぎた頃。
最初に好機が訪れたのは、沖で張っていたゴーザだった。
舟が揺れる。
小波によって、微かに舟が傾斜した。
そう思っても仕方がない微妙な揺――れ。
ゴーザはカッと目を開く。
縁に手をかけ、水面を覗き込んだ。
「ゴーザ!」
先に友人の反応に気付いたのは、ミグラだった。
その声に返事はない。
ただじっと海面を見つめている。
ミグラも、そして遅れてオルドも、海面を見つめた。
その時だった。
海の底で、何か影のようなものが揺らいだ。
「来た」
不用意には叫ばない。
魚に聞かれる恐れがある。
それでも、歓喜の言葉を吐露する。
影は大きい。
おそらく全長はゴーザの背丈の2倍はあるだろう。
大きく扁平な魚頭。口は大きく、胸びれと思しき部分をパタパタと動かしている。
そのため泳いでいるというよりは、優雅に飛んでいるように見えた。
ゴーザはミグラとオルドに手で指示を出す。
【ウラガ】の漁師特有のハンドサイン。
ミグラはそれを理解し、用意していた撒き餌を放つ。
オルドは岸と魚の間に、舟を回り込ませる。
ドクトルの罠がある岸へは近づけさせない作戦だ。
ゴーザは舟に置いた銛の位置を確認する。
まだ水面に出さない。
この辺りの魚は往々にして、太陽の光以外のものに敏感だ。
骨で削った刃とはいえ、鈍く反射した光に反応し、逃げる場合がある。
銛を使うのは、獲物が水面まで上がってきた時だ。
それまで極力、水面には出さない。
ミグラの撒き餌が底の方へと落ちていく。
そのほとんどが稚魚だ。
図体がデカい魚が、大きな魚を食うわけではない。
小さな魚でもまとまっていれば、食いつく習性があることは、長年の勘からわかっている。
案の定――影に変化があった。
底を泳いでいた巨躯が、ゆっくりと上昇を始める。
一度、ミグラはゴーザの方を向いた。
視線に気付き、さらに餌を撒くように指示を出す。
櫓を使って、ゴーザはゆっくりと舟を動かす。
類い希なる操船技術を使い、波立たせずに移動を果たした。
餌が放たれた範囲外のギリギリで待つ。
影が上昇してくる。
大きな口が見えた。背ビレ――子供の手の平のような魚鱗も見える。
ミグラはゴーザを見た。
餌を撒くのを止める。
すでに魚は見える。
ゴーザは視線を外さない。
舟の底で銛を持ち、ギリギリまで待ち続けた。
その時だ。
ゴフッ!
水を飲み込むような音が聞こえた。
ぱっくりと割れた魚の口が、地上に現れる。
口内に無数の撒き餌が溜まり、真っ赤に染まっていた。
「ひいぃいいいい!!」
グロテスクな光景に、思わずミグラは腰を抜かす。
それをあざ笑うかのように舟の前で、大魚は再び海中へと身を翻す。
「間違いない!! 大怪魚だ!」
ゴーザは歓喜した。
ギィン、と音が聞こえるぐらい、舟の上で震えるミグラを見据える。
何を求められているか、やせ細った漁師はわかった。
また撒き餌を撒く。
今度は特殊なヤツだ。
海に沈降せず、波間に浮く。
海面まで出てきた魚をおびき寄せるための、引き餌と言われる餌だ。
大怪魚はすぐに反応した。
引き餌は大魚が好む中型の魚を使っている。
海中に残った撒き餌を回収しながら、反転する。
再び影が大きくなった。
今度はゴーザの舟の方へ向かってくる。
――来い!
黄色くなった歯を見せ、ゴーザは笑った。
銛を掴んだ手に自然と力が入る。
その時だった。
一瞬、曇り空から陽光が強く差し込む。
それがゴーザの歯に強く反射した。
鈍い光が海面に達した時、大怪魚は身を翻す。
「な!」
予想外の動きに、ゴーザはとうとう大きな声を上げる。
だが、大怪魚は目の前――射程距離だ。
銛を持ち上げる。
舟を蹴って跳び上がる。
刃の切っ先を海面へ向け、飛び込んだ。
どぷん、と大きな水柱が立つ。
沈黙が流れた。
ミグラとオルドは水面を見つめる。
しばらくすると、ゴーザは「ぷは!」と大きく息を吸い込む。
顔を振って、飛沫を飛ばすと叫んだ。
「オルド! そっちへ行ったぞ!」
その忠告を受けた時には遅かった。
魚の影がオルドの方へ真っ直ぐ向かう。
オルドは櫓を使い、方向を転回するが、ゴーザほど素早く動かせない。
大怪魚の背ビレが、オルドの舟に当たる。
強い衝撃を受け、舟はあっさりと傾くと裏返った。
オルドは海中に放り出される。
無事だったが、大怪魚はそのまま岸の方へと向かった。
「しまった!」
ゴーザは叫ぶ。
その声は、島の方にまで届いていた。
なるべく早めに更新します。
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