第16話 ~ お前は本当に天才だ ~
ちょっと中途半端な時間の更新となりますが、よろしくお願いします。
外伝Ⅴ第16話です。
「くそ!!」
大きな声で悪態を吐いたのは、ゴーザだった。
拳を寝藁に打ち据える。
側にあった酒杯から酒がこぼれた。
横に座っていたミグラが、物欲しそうな顔で地面に垂れた滴を見つめている。
当然、酒は貴重品だ。
そのほとんどが島にやってくる行商から買い入れている。
他国では二束三文の安い酒も、【ウラガ】では足元を見た商人たちが2倍3倍と値を釣り上げていた。
島で所有しているのは、島長やゴーザ。一部のベテランの漁師ぐらいなものだ。
それも魚の干物などを売って、必死に外貨を稼いで得たものだった。
「大怪魚どころか。魚すらいないとはな」
隣のオルドは、顎に手を当て考えていた。
室内にいるのは、ゴーザ、ミグラ、オルドの3人だ。
場所はゴーザの寝家。
火のついた炉を中心に、車座になっている。
すでに外は陽が落ちて、真っ暗になっていた。
とうとう2日目が終わったのだ。
「くそ! 昨日は大怪魚に邪魔をされ。今日はスカだと! ここまで魚に虚仮にされたのははじめてだ」
杯を乱暴に掴むと、ゴーザは一気に嚥下した。
顎に垂れた酒を拭う。
ミグラは、喉を鳴らした。
溜まらず声をかける。
「あのさ、ゴーザ」
「ああん?」
「ちょっと――」
「失礼するぞ」
しゃがれた声が聞こえた。
大海草を翻し、ゴーザの寝家にやってきたのは、島長だった。
ミグラとオルドは立ち上がる。
ゴーザだけが杯を持ったまま迎えた。
目は据わり、鼻の周りが赤くなっている。
「酒か……。致し方なしか」
「なんだ、島長。説教をしにきたのか?」
「別にするまでもあるまい。一番悔しいのは、お主だろうからな」
ゴーザの眉根がぴくりと動く。
島長は対面に座った。
本来なら家主であっても、島長には敬意を払うのが島の礼儀だ。
故に、ゴーザがいる場所に、座るのが通例ではあるのだが、今それを言っても無駄骨になると考えたのだろう。
何も言わず、ただ自分の白い髭を撫でた。
白眉の裏からゴーザを見つめる。
「ゴーザ」
「あんだよ……」
島長の呼びかけに、ゴーザはぶっきらぼうに答える。
表情を変えず、島の代表は二の句を告げた。
「明日……。裏浜で漁をしろ」
「はあ?」
ゴーザは顔を突き出すように凄んだ。
「どういうことですか、島長?」
怒りと酒の力で真っ赤になったゴーザを制し、穏やかに尋ねたのはオルドだった。
島長は炉の火を見ながら、理由を話した。
「裏浜でドクトルが何か企んどる」
「ドクトルが?」
「正確にはあのパルシアという黒い妖精がだ」
「…………」
ゴーザから笑みが消える。
酒が入った陶器の瓶を傾け、酒杯に注いだ。
「何やら仕掛けを放っていた。見に行かせた男たちの話では、魚が集まってるようだ」
「魚が!?」
ミグラが素っ頓狂な声を上げた。
振り返り、ゴーザを見る。
酒杯を口にしたところで、固まっていた。
じっと――何か値踏みでもするかのように島長の顔を睨む。
「気になるなら、明日の朝早く裏浜に行ってみるがいい。どちらで漁をするのか、その後決めても良かろう。いずれにしろ――」
島長は立ち上がった。
「酒は程々にして……。早く寝ることじゃ」
そう言い残して、寝家から出ていった。
ゴーザはようやく酒杯を置く。
「ゴーザ……」
「もういい」
「え?」
「お前らもとっとと帰れ。酒宴は終わりだ」
ミグラは少し残念そうな顔をする。
結局、酒宴とはいいながら、待望の酒にありつけなかった。
「明日、裏浜に行く。舟を持ってな。手伝ってくれ」
「島長の忠告を聞くのか?」
「悪いか、オルド」
「お前にしてはやけに素直だなって」
ゴーザは何も言わなかった。
ふんと、オルドの言葉を鼻息だけで吹き飛ばした。
「ドクトルが……。あのねーちゃんが何を企んでいるか関係ねぇ。ただ――」
「ただ?」
「あの島長が何を見たのか、気になるだけだ」
そしてゴーザは酒が入った瓶の上に木の蓋を押し込んだ。
明朝。
まだ夜も明けきれないうちに、ゴーザ、ミグラ、オルドは舟を担ぎ裏浜に向かった。
海から行く方法もあるが、潮流の関係で表浜から裏浜に行くことは難しい。
特定の潮目と流れを掴まえなければならないため、余計に時間がかかる場合があるのだ。そこでゴーザは陸路から裏浜に行くことに決めた。
島の反対側とはいえ、歩くとそれなりに時間がかかる。
道は整備されていない野道な上、3人の肩には1艘の舟がのしかかっている。
いくら屈強な海の男とはいえど、さすがに応えた。
幸い日の出には間に合ったが、朝日とは反対側の裏浜はまだ薄暗かった。
ひとまず浜に舟を置く。
多くの漂流物を横目に、前にドクトルが釣りをしていた岸壁へと向かった。
「これのことかな?」
ミグラが岩に繋がれた縄を見つける。
辿っていくと、海中へと没し、沖の方へと向かっていた。
「「「――――!」」」
3人は同時に息を呑んだ。
魚群だ。
無数の魚たちが渦を巻くようにして回遊していた。
中心にあるのは、どうやら縄の先にあるなんらかの仕掛けらしい。
魚は大中小問わず、選り取り見取りだ。
赤、黄、青――漁師からすれば、それは魚の宝石箱だった。
「すごい! すごいよ、ゴーザ」
ミグラは無邪気に喜んだ。
しかし、当人の顔は優れない。
奥歯を強く噛んで、息を荒く吸い込んだ。
「入って確かめるか?」
1人冷静なオルドが尋ねる。
ゴーザは首を振った。
「いや……。今、海中に入ったら魚が逃げる」
「だが、みすみすドクトルに魚をやるようなものだぞ」
「忘れたのか? 俺たちが狙いは大怪魚だ。小物なんていくらでもくれてやる。それよりもだ」
「ん?」
「この状況を利用する。……魚が集まってきてるということは、これを狙って大怪魚もやってくるはずだ」
「あ。なるほど」
ミグラはポンと手を叩いた。
「俺たちは沖で迎え撃つ。岸に入ってきた大怪魚を狙い討つぞ」
「「わかった」」
ゴーザは浜に戻ると、待機させておいた舟に乗り込んだ。
潮の流れを掴まえ、沖へとこぎ出る。
ミグラとオルドも表浜から舟を出して、島を回り込むようにして裏浜へと向かった。
時期に合流できるはずだ。
「さあ、来い! 大怪魚!!」
広い海原を見ながら、ゴーザは舟の上で手を広げた。
◆
今日は、ドクトルもパルシアも早朝から裏浜にやってきた。
「ひゅー。いい感じだね」
「魚が……」
ドクトルは海の状態を見て、ゴーザたちと同じく息を呑んだ。
「凄い……!」
「むふふふ……。驚いてくれたかな。この天才パルシアちゃんが考えた仕掛けを」
「ああ。パルシア、お前は本当に天才だ」
「いやー、そう真剣にいわれると照れるんだけどね」
褐色の肌がポッと赤くなる。
薄ピンクの髪を掻いた。
だが、ドクトルは真剣だった。
その表情のまま、沖に浮かんだ舟を見ていた。
「ゴーザたちだな」
「あー! あれって狡くない! 漁夫の利だよ! まさしく!!」
パルシアも舟を指さし、非難した。
一方、ドクトルは冷静だった。
「別にルール違反じゃない。裏浜の沖に舟を浮かべてるだけだ」
「でもさ。ボクたちが一生懸命作って、ここまで待ったんだよ。狡いよ、やっぱり」
「子供みたいなことをいうな」
「子供に言われたくないよ!」
むぅ、とパルシアは頬を膨らませる。
ドクトルはその怒りを無視し、仕掛けに結んだ縄の具合を確かめた。
「大丈夫だ」
「何が?」
「ゴーザではな釣れない」
「どうしてわかるの?」
「勘だ。漁師の勘……」
「なんか心許ないなあ」
パルシアはガックリと項垂れる。
その時、ドクトルは水面の変化を微妙に感じ取っていた。
目を細める。
夜は明けたが、まだまだ暗い。
空には雲が立ちこめていた。
雨を降らすものではないだろう。絶好の釣り日より。
そうして期限の最終日。
3日目が始まった……。
次回は来週更新予定です。




