第15話 ~ お主は恨んでいるのか? ~
お待たせしてすいません。
外伝Ⅴ第15話です。
2日目がやってきた。
太陽が西から昇ると、同時に島の活動が始まる。
空の端が白くなった瞬間、ゴーザは寝家を飛び出した。
焦りからではない。
漁が待ちきれなかったのだ。
膝が痛む。
昨日、転覆した時に舟の縁にぶつけたのだ。
どうってことはない。
殺人魚に右腕を噛まれた次の日だって、沖に出たのだ。
勝負を諦め、負けるより、ずっと痛くない。
浜に行くと、ミグラとオルドが待っていた。
後ろには、島長がかつて使っていた舟が置いてあった。
ゴーザは呆然と2人の姿を見つめた。
「お前ら……」
「手伝いにきたよ」
ミグラは自分の船道具を見せる。
「俺は勝負とかどうでもいい。……ゴーザに大怪魚を釣ってほしいだけだ」
オルドが言った。
ゴーザは1度下を向く。
逞しい腕が震えていた。
大きく息を吸った。
「ありがとよ」
ゴーザは人生で初めて、心の底からの感謝を伝えた。
島長も動いていた。
ゴーザが沖に出て行くのを見送った後、2人ほど若い人間を連れて、裏浜を目指した。
老体には堪える道だ。
珊瑚の欠片や貝殻が敷き詰められていて、非常に歩きにくい。
しかし調停役として、あの2人が何をやっているのか見届けなければならなかった。
「島長、気にしすぎじゃないか?」
「そうだぜ。大怪魚を岸で釣り上げるなんて、どう考えても無理だろ」
お付きの2人が口々に言い合う。
だが、島長は耳を貸さない。
沈黙を守った。
警戒すべてきはドクトルではない。
パルシアの方だ。
あの奇妙な魔法は使わないと彼女は言っていた。
そもそも魚を釣る魔法などないという。
それでもあの娘が黒い妖精であることに変わりはない。
黒い妖精は膨大な知識を持っていると聞く。
それを使い、国を滅ぼすことすら可能だという。
今やっているのは、漁――単なる魚釣りだ。
国を滅することと比べれば些細なことかもしれない。
げに恐ろしきは、今この島に流れる潮の目を変えてしまうことだ。
たとえ、この勝負に負けたとしても、それだけは守らなければならない。
裏浜に着いた。
海岸線のどこにもドクトルとパルシアの姿はいない。
手分けして探す
すると、お付きの男が何か奇妙なものを見つけた。
場所は裏浜からほど近い岸壁だった。
そこかしこに魚の血が点々としている。
血の理由はわからないが、おそらくドクトルが釣り場にしている場所だろう。
問題のものは、岸壁から垂らされたロープだった。
突き出た岩にしっかりとくくられ、海の方へと伸びている。
舟十艘ぶんほどだろうか。沖に向かって続いていた。
お付きに潜るように指示を出す。
2人は飛び込むと、ロープの先を追った。
しばらく、潜っては浮上し、浮上しては潜りを繰り返した男達は、やがて岸壁で待つ島長のもとへ戻ってきた。
「どうじゃ?」
島長の質問に、2人は顔を見合わせた。
「壺がありました」
「壺? どんなだ?」
「普通の大壺です。我々も真水を入れる時に使っている」
「…………? それで他には?」
「それだけです」
「ああ……。魚がよく集まっていました」
「魚が集まってきていたじゃと……」
島長は鬚を撫でた。
【ウラガ】で70年近く生きているが、そんな漁など初めて聞いた。
それに魚が群がっているのも、理解ができん。
壺の中に何か魚が好む餌でもあるのだろうか?
疑念は尽きない。
すると――。
「ああ! ちょっと! 反則じゃないの?」
少女のシルエットが、崖の上からのぞき込むんでいるのが見えた。
島長は白眉を上げる。
パルシアだ。
隣にはドクトルもいる。
少年の手には、小ぶりな壺があった。
2人は器用に岸壁に沿って、降りてきた。
「ちょっと! ボクたち仕掛けに何もしてないよね」
島長の鼻先に食いつかんばかりの勢いで、パルシアは顔を近づけた。
目を見開き、老人はよたよたと後ろに下がる。
「おい! 島長に乱暴はよせ!」
お付きの2人が構えるが。
「うるさい。燃やされたいの?」
深い青の瞳を一閃する。
途端、男達は声を失った。
構えた腕を下げる。
「心配するな。何もしておらん。そうだな」
「は、はい……」
島長が確認すると、男達は頷いた。
「なら、よかった」
先ほど殺気を漲らせていた女とは思えない無邪気な笑顔が光る。
黒い妖精が気を取り直したところで、島長は尋ねた。
「お主ら、ここで何をしている?」
「何って……」
パルシアとドクトルは顔を見合わせた。
答えたのは、少年の方だった。
「大怪魚を釣ろうとしているだけだ」
「それはわかっておる。あの仕掛けはなんだ?」
ロープの先を指し示した。
「ああ。見たんだね?」
濡れ鼠になっている漁師2人に視線を向ける。
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「あの壺はなんだ?」
「秘密兵器ってとこかな。……それよりもゴーザ君は頑張ってる? なんでも転覆したそうじゃないか?」
「転覆させたのは、大怪魚で間違いないのか?」
ドクトルが質問を重ねた。
「ゴーザはそう言ってる。お主達が心配することでもなかろう」
「そだね。じゃあ、ボクたちも行こうか、ドクトル」
「ああ……」
そう言って、ドクトルはずっと持っていた壺を海に放り投げる。
壺は密閉されているらしい。1度沈んだが、すぐに水面に浮かんできた。
「何をする気だ?」
「仕掛けの確認だ」
「そうそう……。おじいちゃんが何かしてないか、ちゃんとチェックしなきゃ」
「その壺は? 仕掛けか?」
「……違う」
「むふふふ……。浮き輪ならぬ浮き壺だよ。泳げないドクトルのために、ボクが作ったんだ」
島長は目を剥いた。
後ろの漁師も同じ反応だ。
「ドクトル……。お主、泳げないのか?」
「誰も教えてくれなかった。父も母も、泳ぎを教える前に死んだ。ワットも船が難破してから海が怖くなったといって、教えてくれなかった」
「――――!?」
「もういいか? 俺は行くぞ」
岸壁の縁に足をかける。
「待て。ドクトル……」
「まだあるのか?」
「1つ教えてくれ……。お主は恨んでいるのか? お前を迫害しつづけた島民のことを」
「別に恨んでない」
「…………」
島長は小さく息を吐く。
「けど……。父ちゃんを1人で漁をさせたり、父ちゃんが死んでも、誰も母ちゃんを助けてくれなかったことには――」
とても恨んでいる……。
少年は海に入った。
鼻を摘まみつつ、ゆっくりと水中で己の身体が浮くのを待った。
顔を出す。
側にパルシアの顔があった。
彼女も飛び込んだのだ。
「ほら。捕まって」
浮き壺を差し出す。
ドクトルは抱えるように捕まった。
「うん。随分となれてきたじゃないか」
「子供じゃないんだ。慣れれば問題ない」
「そういうのはね。浮き壺から手を離してからいうんだよ」
コツン、と少年の額を叩く。
「じゃあ、浮き壺を持ったままバタ足で、仕掛けのところまでいこうか。息を継ぎたくなったら、顔を上げればいいから」
「ああ。わかってる」
そう言って、ドクトルは息を大きく吸い込んだ。
水面に顔を付け、バタ足を始める。
ゆるゆると仕掛けのある場所へと進んでいった。
岸壁でそれを見ていたお付きの2人は腹を抱えて笑っていた。
漁師の子供が、女に泳ぎを教えてもらっているのだ。
これほど滑稽なものはない。
しかし、島長は笑わなかった。
ただドクトルと、その先にある水平線を眺めていた。
裏浜の水平線は、死者の国があると【ウラガ】では考えられている。
島長はそこに、ドクトルの父と母を思い浮かべていた。
次回はなんとか今週中には……。
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