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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅴ ~ 島の少年と黒い妖精編 ~

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第14話 ~ 私の感情は島とともにある。 ~

外伝Ⅴ第14話です。

よろしくお願いします。

 翌朝。


 表浜に再び人だかりが出来ていた。

 一昨日は男たちだけだったが、今度は島の女たちも参加している。

 精悍な男たちとは打って変わり、やせ細り、暗い顔を浮かべていた。


 その人だかりの中心にいたのが、一昨日と同じメンバーだ。


 ドクトルとパルシア。

 対するゴーザ。

 その間に立っていたのは、白髪白髭の島長だった。


 群衆は、男たちを先頭にして、彼らを取り囲んでいる。

 口々に会話をかわし、予想を言い合った。


 ほとんどがゴーザ有利という考えだったが、果たして大怪魚(ドーマ)がすんなり釣れるかという疑問も多少なり囁かれた。


 ドクトルが勝つと考えるものは、誰もいない。


 一時賭け屋が出来たが、勝負にならないということで早々に店じまいしたことからも、わかる通りだった。


 潮騒が、人の声にかき消される中、一際大きな声が浜を貫いた。


「これより! ゴーザとドクトル。どちらがパルシアの嫁に相応しいかを決める!」


 齢90に届こうかという島長の声は、一瞬にして民衆を静まり返らせる。


「ここにいるものは、その見届け人じゃ。心するように」


 ギロリと島長は睨みを聞かせると、空気が張りつめていくのを感じた。

 不意に潮騒の音が耳に飛び込んできて、はっきりと聞こえるようになる。


「ドクトル」

「はい」

「もう1度確認する。この勝負に依存はないな」

「ない」


 きっぱりと言い切った。

 島民たちを瞬時に黙らせた眼力を持つ島長に、ドクトルは真っ向から立ち向かう。

 しばし2人は睨み合った。

 どちらも引かない。


 やがて折れたのは、島長の方だった。

 そっと目を伏せ、対するゴーザの方を向く。


「ゴーザも依存はないな」

「もちろんだ」

「うむ」


 頷く。


「では――」


 手を掲げた。


「各々はじめられよ」


 こうして勝負は厳かに開始を告げられた。


 ドクトルはパルシアを釣れて、動き出す。

 その2人をゴーザが呼び止めた。

 正確にはパルシアを、だ。


「パルシア……。夜の寝藁を最高級のヤツにしてやるからな」

「ゴーザくん。それは自慢かな? 1人で寝るベッドを自慢されても、ボクはどう反応すればいいかわからないよ」

「勝負は決まってる。俺の勝ちだ。お前は俺の子を産むんだ」

「後者はともかく、前者には賛同するね。そう。勝負は決まってる。ボクたちの勝ちだよ」

「ふん。ぬかせ! 舟もなしで、どうやって大怪魚(ドーマ)を釣るんだよ」


 ゴーザの後ろの群衆が割れた。

 同い年ぐらいの男たちが、1艘の舟を担いでやってくる。

 舟には色がついていた。

 木の実をすりつぶして色づけしたのだろう。

 故に、島村では色つきの舟は金持ちの証だった。


「別に俺の舟に乗ってもいいんだぜ」

「なに、それ? 暗喩……? ともかく、そんな趣味の悪い舟には、お金を積まれたって乗らないよ」

「んぐ……」


 なかなか自分のペースに持ち込めないゴーザは、ついに顔を曇らせる。

 奥歯にぐっと力を入れ、眉間に深い皺を刻んだ。


「吠え面かかせやる!」


 舟を水面に走らせると、その勢いのまま乗り込んだ。

 櫂を船底から拾い上げ、手慣れた動きでこぎ始める。

 あっという間に、沖の方へと出てしまった。


「へー。ただの自信家じゃなかったわけだ」

「ゴーザは操船も漁師の中で一番うまい」

「ふーん」

「乗ってみたいか?」

「まさか! 言ったろ。頼まれたって乗りたくないって。それにボクが乗る舟は、1艘だけと決めているから、ね?」


 パルシアはドクトルを見つめて微笑んだ。

 不意の告白に、少年は慌てることなく頷く


 すると、自分の舟をかついだ男達が、後ろを通り抜けていく。

 海面に舟を一斉に並べた。

 その中にはミグラや、森の見張りをしてたオルドの姿もあった。


 皆、それぞれ乗り込み、ゴーザを追いかける。


「何をしてるの?」

「たぶん、ゴーザの援護だろ。大怪魚(ドーマ)は1人で釣るのは難しい。俺の父ちゃんみたいになるからな」

「あ――」

「行こう。俺たちには俺たちのやるべきことがある」


 ドクトルは海から目を切り、歩き出す。

 数歩あるいたところで、パルシアが着いてきていないことに気付いた。


「どうした?」

「いや、なんか格好いいなって」


 パルシアは微笑む。

 今にも何かがこぼれそうな笑顔を見て、ドクトルは顔を赤くする。


「い、行くぞ!」


 歩き出す。


「はーい」


 からかい半分に応じながら、小さな背中を追いかけた。




 1日目の夕方――。


 事件は起きた。


島長(おさ)! 大変です!」


 息を切らし、島長の寝家に入ってきたのは、ミグラだった。

 漁師の中では一等細いゴーザの取り巻きは、膝に手を突き、激しく咳き込む。

 よく見ると、濡れ鼠になっていた。

 乾燥させたばかりの藁に、水滴が落ちる。


「どうした、ミグラ」


 島長は茣蓙ござから立ち上がる。

 薄暗い部屋をオレンジ色に包んでいた焚き火が、一際大きく破裂音を鳴らした。


「ゴーザが! ゴーザが!」

「ゴーザがどうした! ええい! 落ち着かんか!!」


 ガッと声を張り上げた。

 老人の喉から出たとは思えない声量だった。


 小心者のミグラは身を縮める。

 なんとか息を整えると、報告した。


「ゴーザが転覆した!」


 普段は深い眉の中に隠れている島長の目が、カッと開かれた。




 島長はミグラとともに、浜辺へと向かった。


 すでに人だかりが出来ている。

 皆、漁師だ。


 分け入ると、中心にはゴーザが座っていた。

 やや疲れた顔をし、長い蓬髪から滴を垂らしている。


「何があった? ゴーザ」


 島長が尋ねるのも無理はない。

 ゴーザは若いが、操船は漁師で1番だ。

 ベテランの漁師たちも認めている。

 こう見えて、努力家なのだ。


 そのゴーザが転覆した。

 珍事ではなく、もはや事件である。


「…………」


 ゴーザは答えない。

 憔悴しきっている。

 転覆したことから、ショックをまだ引きずっているのだろう。

 無理もない。

 今は勝負の最中。

 普通に漁へ行って、帰ってきたのとはわけが違う。


 答えを求めて、島長はすでに暗くなった海を眺めた。

 ゆったりとした海の音が聞こえる。

 波は穏やかだ。

 こんな状態で、ゴーザが転覆するはずがない。

 急な高波に煽られたという可能性もあるが、ならばそんなにショックを受けるわけがなかった。


大怪魚(ドーマ)だ。間違いない」


 ぽつりと告げたのは、オルドだ。

 ゴーザの次ぐらいに逞しい身体をしてる漁師は、ゴーザに気遣いつつも話を続けた。


「黒い影を見た。それを見て、ゴーザが銛を投げたんだ。しかし銛は外れ――」

大怪魚(ドーマ)の逆襲にあった、か?」


 神妙にオルドは頷いた。

 島長は髭を撫でる。


「おい。大丈夫なのか、ゴーザ」


 声を上げたのは、群衆の中の1人だ。

 ベテラン漁師で、どちらかと言えば若いゴーザを目の敵にしてるタイプの男だった。


「舟まで壊されて! どうすんだよ、お前!!」


 ここぞとばかりに責め立てる。

 すると、他にも日頃のゴーザの態度に不満を抱いていた漁師たちが一斉に口を開く。

 項垂れる若い漁師に、罵倒を浴びせた。



「う――るせぇええええええええ!!!!」



 突然、大声が上がる。

 ゴーザだった。


 拳で砂を叩く。

 バフと間抜けな音しかしなかったが、その迫力は声だけで十二分に伝わった。

 漁師たちが静まりかえる。


 ゴーザは立ち上がった。

 暗がりでも、その瞳はひっそりと輝いていた。


大怪魚(ドーマ)を釣る! それだけだ!」

「しかし、舟が――」

「わしのを使え」


 提案したのは、島長だった。


「島長!」


 漁師たちはどよめく。


「どうせもう漁には出られない身体だ。埃を被ってても仕方あるまい」

「しかし!」

「島長ぁ!」


 食い下がる漁師たちを留めたのは、ゴーザ自身の声だった。


「恩に着るぜ」

「ただしじゃ。絶対勝て。パルシアのことは捨て置いても、漂流者の息子に負けたとあっては、【ウラガ】の漁師の名折れだ。絶対に勝利せよ」


 ゴーザに宿った憤怒の瞳が、島長を刺し貫く。

 島長も同様だった。

 お互い引かない。異様な雰囲気に、騒いでいた漁師たちは喉を鳴らす。


「あんたのそういう狂気じみたところ……。割と嫌いじゃないぜ」

「狂気ではない。私の感情は島とともにある。これは【ウラガ】の意志なのだ」


 ゴーザは群がる漁師を押しのけ、歩いていく。

 ミグラやオルドらが付き従った。


「ゴーザ、どうするの?」

「寝る」

「でも、島長の舟の手入れは?」

「日が昇ったらすぐにやる。暗闇だと手元が狂う」

「あ。そっか……」


 会話を続けながら、自分の寝家の方へと行ってしまった。


 後ろ姿を見送った島長は、1つ息を吐く。

 近くにいた漁師を引き留めた。


「ドクトルはどうしてる?」

「それがどこの浜にもいないんですよ」

「なに?」


 長い眉毛を釣り上げる。


「俺、朝に裏浜の方でなんかやってるのを見かけたけど」

「俺はドクトルが何か壺のようなものを運んでいるのを見たぞ」


 口々に目撃報告を言い合った。

 しかし、そのどれも要領を得ない。


 ――勝負を捨てているのではあるまいな。


 島長は顔を上げる。

 視線の先には、かつてワットという漂流者が住み、今はドクトルが寝床にしている穴蔵があった。


 そして瞼を閉じた。

 昼間の少年の目を思い出す。


 ――まさかな……。


 杖を突き、島長はようやく浜を後にした。


次は来週になる予定です。


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