第13話 ~ 謝罪は自らの意志でいうものだ ~
本年もよろしくお願いします。
外伝Ⅴ第13話です。
ドクトルの寝家に帰ってきた。
ここを出てから、ちょうど丸2日ほどだが、随分と帰っていなかったような気がする。
当たり前だが、中身はそのまま。
基本的に魚を釣る道具と本棚しかない。
それでも、心落ち着けることはできた。
「むふー。パルシアちゃん、大勝利!」
帰ってくるなり、パルシアはVサインをドクトルに見せつけるかのように掲げた。
サインの意味がわからないドクトルは、ただ首を傾げるだけだ。
無視して、道具の手入れをはじめてしまう。
「まだ勝ってないぞ。勝負はこれからだ」
「むっふっふー。硬いなドクトルは」
「痛ッ! ちょっとパルシア。あまりくっつくな」
「ごめんごめん。……でも嬉しいくせに」
ドクトルの顔には、腫れが引くとされる海草が貼り付けられていた。
服も綺麗になっていて、脇の辺りにも貼られている。
本来なら漂流者の子供であるドクトルに、島村の連中はこんなに手厚い治療はしない。パルシアに無理矢理やらされたのだ。
だが、原始的な治療方法は、ダークエルフから見れば、十分乱暴だった。
ドクトルはほんのりと赤くなった顔を背ける。
少年の反応を見ながら、パルシアはニヤァと笑みを浮かべた。
「もしかしてドクトル……。照れてる?」
「照れてない」
「でも、おかしいよね。前のドクトルだったら、ボクが迫ってくると『セ〇ッスするか?』とか言ってたのに」
「~~~~!」
「ほほう。ようやくドクトルも愛の大切さを知ったというわけか。うんうん」
ドクトルの後ろでおちゃらけていると、小さな背中が一層丸くなる。
何かしょげているような気がした。
「本当にどうしたの?」
「恥ずかしいんだ」
「恥ずかしい? ボクみたいな大人がはしゃいでいるのが」
「違う。自分が恥ずかしいんだよ」
「自分が? 意味がわからないんだけど」
すると、ドクトルはくるりとパルシアに向き直った。
あぐらを組んだ状態で、膝に手を置く。
そして頭を垂れた。
「お前、守れなかった。すまない」
パルシアは蓬髪の中に隠れたつむじを見つめた。
キョトンとする。
「ど、ドクトル……。そんな謝らなくても」
「家を守るのも、女を守るのも、男の役目だ。俺はそれが出来なかった」
「でも、打ち合わせ通りだったじゃない。そしてゴーザとの勝負に持ち込めたんだよ。ひとまず万々歳じゃないか。あとは君が大怪魚を釣れば――」
そう――。
洞窟を出て、ゴーザや島の人間に見つかる。
実は、そこまで洞窟内で打ち合わせした通りだった。
ただお互いに誤算はあった。
パルシアにとっては、ドクトルが傷つけられたこと。
ドクトルにとっては――。
「でも、俺はお前を守れなかった。それは恥ずべきことだ」
パルシアは髪を掻き上げた。
――男って本当に……。人間もダークエルフも馬鹿だよね。
「自分のことばっかり……」
「何か言ったか?」
「馬鹿野郎ってことさ」
「馬鹿……。ああ、どんなに罵ってくれてもいい。お前を助けることが出来なかったのは事実だ」
「はあ……」
深いため息を吐く。
「ドクトル、君ねぇ。ボクが謝ってくれって頼んでる?」
「違う。謝罪は自らの意志でいうものだ」
「謝ってくれるのは結構だよ。でも、もう十分だ。お腹一杯。飽き飽きするほどだ」
「そ、そうなのか?」
「だから、次にボクがしてほしいことを考えなよ」
「そうだな。……お、贈り物とか。花を届けようか?」
はあ……。
またドクトルは息を吐いた。
「違う。そうじゃない。……いや、まあ、嬉しいけどさ。それはそれで」
「じゃあ、今から――」
「落ち着きなって、ドクトル。もう――!」
立ち上がろうとする少年の肩を押さえつけ、再び地面に座らせた。
すると、ドクトルに顔を近づける。
青い目と青い目がぶつかり合った。
一方は少し怯えた目で。
一方は少し怒っていた。
「ボク“たち”のやるべきことはなんだい?」
「…………。大怪魚を釣ること」
「違う。勝負に勝つことさ。そしてその勝負は明後日の朝から行われる。ボクの感覚ではあと40時間ほどしかない。その間に、ボクたちは作戦を確認して、仕込みをすまさなければならない」
「40……?」
「だから、時間が惜しい。わかるかい?」
「うん……」
ようやく素直になってきた。
「だから、君の成すべき事は――」
「パルシアの説明を聞くこと」
「うん。よろしい」
頭を撫でる代わりに、パルシアは少年の身体に抱きつく。
お互いの心拍がはっきりと聞き取れた。
パルシアが言う“愛”の音だ。
身体が自然と熱くなる。
「なあ、パルシア……」
「なに? ドクトル」
「セック――」
「それ以上は言うな!」
すっかり元のドクトルに戻っていた。
「――というわけさ」
パルシアは説明するために持ってきた壺を叩く。
ドクトルは真剣な表情で頷いた。
「なるほど」
「理解できたかな」
「概ねな。そもそも普段、俺がやっていることと変わりはない」
「その通り」
「パルシアの言うとおりだな。早く仕込みをしないと不味い」
「そっちはドクトルに任せるよ。こっちはこっちでやっておくからさ」
ポンと壺を叩く。
ドクトルは「任せろ」といって、竿を持ち上げた。
決戦前夜――。
ドタバタしたが、なんとか用意が出来た。
あとは勝負の時間までゆっくり休むだけだ。
パルシアは寝わらをかぶり、ドクトルは地面の上で寝た。
パルシアは寝返りを繰り返す。
なかなか寝付けない。
妙に鼓動が早いような気がする。
珍しく興奮しているのだろうか。それとも明日の勝負を恐れているのだろうか。
それとも……。
パルシアは見つめた。
暗がりに少年の背中が見つめた。
子供といえど、ドクトルの身体はかなりたくましい。
――もうちょっと背とかあったらなあ……。
とか考えてしまい、「何を考えているのだ」とセルフツッコミをいれる。
やがてドクトルも寝返りを打った。
どうやら彼も寝付けないらしい。
暗がりでもはっきりと見える青い瞳と視線が重なった。
「寝付けないのか」
「ドクトルだって」
「まあ、な」
「寒くないの?」
「別に……。地べたで寝るのは慣れてる」
と、いきなりドクトルはくしゃみを放った。
鼻を啜る。二の腕をさすった。
南国といえど、夜になるとぐっと気温が下がる。
慣れているといえど、寒いものは寒いのだろう。
「ドクトルもこっち来なよ」
「いい。狭いし」
「いいからさ。……明日から君には目一杯働いてもらわなければならないんだ。風邪を引かれると、ボクが困るんだよ」
しばらくドクトルは無言だったが。
「そういうことなら」
おずおずとパルシアの寝藁に入ってきた。
恥ずかしいのか。
背を向けるようにして、床についた。
「ほら。こんなに身体が冷えているじゃないか」
そう言って、パルシアはドクトルの脇の下に手を入れる。
自分の身体を押しつけるように後ろから抱きついた。
柔らかな感触が、背中に伝わる。
ドクトルは猛烈に反応した。
「お。なんか暖かくなってきた」
「――あ、あんまりくっつくなよ」
「恥ずかしがることないじゃないか。……あ、もしかしてドクトル」
うししし、とパルシアは声を上げて笑う。
ドクトルの顔は真っ赤だ。
「わ、悪いかよ!」
「悪い気はしないかな。でも、その状態でこっち向かないでね」
「別に俺はお前と――」
「はいはい。それ以上は言わないの。……でも、ドクトルの子供だね。いざってなるとビビっちゃうんだ」
「そ、それは、その――。俺、はじめてだし……」
「うーん、かわいい」
「うるさい! くっつくなよぉ」
「ういヤツよのぉ。うししし……」
寝藁の中で、ドクトルはパルシアの玩具にされる。
少年は藁の中に潜り込むと、完全にすねてしまった。
「明日は早いんだ。もう寝ろよ」
「はいはい」
ようやく静かになる。
遠くで潮騒の音が間断なく聞こえる。
穏やかな夜だった。
明日が激務であることを忘れさせてくれる。
ふと思った。
「ねぇ。ドクトル、眠った」
「……まだだ」
まだすねているのだろうか。鼻声だった。
「大怪魚って見たことある?」
「ない。……なんでそんな事を聞く」
「うん? 別に……。ちょっと気になっただけ。やっぱ大きな魚なのかな」
「ああ……。そして賢いらしい」
「賢い?」
「大怪魚は魚の種類じゃない。この辺りの主のことを言う。漁師達の釣り針や天敵から逃げ切って、10年以上も生きてる魚をいうんだ」
「へぇ……。それって、今さらだけどさ。いるの?」
本当に今さらだった。
聞く限り、大怪魚が死んでいる可能性はある。
いくら漁師達の釣り針や天敵から逃げる知性を持っていても、生物である以上寿命はあるのだ。
それでもドクトルは。
「いる――」
と断言した。
「根拠はあるの?」
「母さんが死んでから少しして、沖で漁をしている島民の舟が転覆したことがあった。その時、漁師の1人が黒い影を見たらしい。それからも、餌を根こそぎとられたりしてる」「なるほど……ね」
「あいつはまだ生きてる」
言葉には、強い執念のようなものが込められていた。
ドクトルはもう一度口を開く。
「俺の父さんは、昔大怪魚を釣り上げたことがあるらしい」
「え? ホント?」
「凄く優秀な漁師だった。……でも、母さんとの結婚で島民と対立して、村八分にされたそうだ」
「そう……だったんだね」
「母さんは身体が弱かったし、俺も小さかった。村のサポートがなければダメだと思ったんだろう。もう1度大怪魚を釣れば、村のみんなの信頼は戻ってくるって考えたらしい。でも、次の大怪魚に舟を倒されて」
「亡くなったの……?」
「ああ。しばらくして、裏浜に打ち上げられていた」
今でも夢に出てくる。
打ち上げらた父が埋葬するため、再び沖の方へと流されていく光景。
母は最後まで見られなかった。
我が子を抱きしめ、泣いていたからだ。
ドクトルは小さいながらじっと見つめていた。
遠く見えなくなるまでずっと……。
少年は懐古する。
すると、パルシアは再びドクトルに手を回してきた。
「そうか。君にとって、お父さんの敵討ちでもあるんだね」
「うん。……なんかお前を巻き込んでしまった。すまない」
「謝る必要はない。ボクたちは運命共同体なんだよ。ここから出たいという利害で一致している」
「そうだな」
「ね。ドクトル……」
「君は外に出たら、どうするつもり?」
「“クニ”というものが見てみたい。いろんなものがあるらしい」
「あるよ。一杯」
「いろんなことを学んで……。島の連中に見せつけてやりたい。自分たちがどんな愚かな事をしてきたかを」
「ふふん……。ドクトルは野心家だね。力を付けて、見返したいってわけだ」
「ダメか」
パルシアは頭を振った。
「悪くない。……むしろ嫌いじゃないよ」
――何故か、そういう心情に、滾るものがあるんだよね。
ダークエルフとしての本能だろうか。
愛を知りたいといいながら、やはり自分はダークエルフという存在から抜け出せていないとつくづく思う。
ドクトルの願いはとても純真だ。
野望を見届けたいと思う。願いを追いかけたいと思う。
そっと見守りたいと思う。
そして――――。
ハッとわき上がってきた衝動を、パルシアは頭を振って霧散した。
「どうした? パルシア」
「なんでもないよ。ねぇ、ドクトル」
「ん」
「…………。ごめん。何でもない。もう寝よう。おやすみ」
「ああ。おやすみ」
パルシアはドクトルから背けるようにして寝返りを打つ。
目を強く閉じる。生まれた衝動を心の奥深くに隠した。
――なんで……? なんでその心を……。
コワシタイ。
と思ったの?
身も震えるような恐怖と戦いながら、夜が明けていった。
改めまして、あけましておめでとうございます。
本年もまったりと更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。
明日も18時に更新します。




