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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅴ ~ 島の少年と黒い妖精編 ~

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第7話 ~ そういうの無茶苦茶傷つくんだからね、女の子は! ~

お待たせしました。

外伝Ⅴ第7話です。

「どうした、パルシア?」


 ドクトルは尋ねた。


「なんでもないよ。ちょっと考えごとをしていただけさ」

「まあいい。お前の番だぞ」


 と竿を差し出す。


 パルシアはキョトンとして、少年が手に持つ物を見つめた。


「番って。ボクが釣るの?」

「嫌か?」

「そういうわけじゃないけど。ボクはどっちかというと頭脳労働派なんだ」

「ずのーろーどー?」


 ドクトルは眉根を寄せる。ついでに首を傾げた。

 その反応を見て、パルシアはヒラヒラと手を振る。


「わからないならいいよ。――ま。経験値と思ってやってみるか」


 竿を受け取る。

 思ったよりも軽い。そしてしなかやだ。


「やり方はわかるか?」

「馬鹿にしないでよ。さっきまでドクトルのを見てたんだから。予習はバッチリさ」

「そうか」

「あ。でも、魚から釣り針を取るのは、ドクトルがやってね。あと血抜きも」


 拝み手を作り、お願いする。


「それはいいが……。まずは釣ってからだ」

「初心者だからって、ぼくを馬鹿にしてるだろ」

「別に思ってない。さあ……」

「むぅ」


 パルシアは頬を膨らませる。

 結婚を申し込んだ相手の顔を見ながら、ドクトルは蓬髪を掻いた。


 竿を受け取る。


 思ったより表面がざらついていた。おそらく滑らないように、ナイフか何かを使って加工をしているのだろう。


 ――本当にこの子……。色々考えているんだな。


 隣に立つ、子供を見つめる。

 ドクトルは見つめ返すと、軽く首を傾げた。


「なんだ?」

「なんでもないよ。さあ、釣るぞ! ドクトルより大きなヤツ!」


 パルシアは竿を振り上げた。


「待った」


 いきなり腕を握られる。


「ひゃっ!」


 と思わず、悲鳴を上げてしまった。

 ドクトルもびっくりして手を引っ込める。


「お、女みたいな声を出すなよ」

「君がいきなりぼくの腕を掴むから――って、ぼく! 女だよ」

「すまん。……ところで何で振りかぶる」

「へ?」

「俺のやり方を見ていなかったのか?」


 そう言えば、ドクトルは振りかぶってはいなかった。


「貸して」


 一度は渡した竿を、パルシアから奪い取る。


「よく見ておけよ」


 ドクトルは糸を摘んだ。

 竿をしならせ、その反動を使って、糸を垂らす。

 あっさり遠くの方で浮きが浮かんだ。


「この辺りは風が強い。振りかぶっても、風で戻されてあまり遠くに飛ばないんだ。だから、なるべく水面近くに竿を倒して、反動を使って飛ばせば、振りかぶらなくても遠くの方に飛ぶ」

「なるほど」

「ほら」


 糸を垂らしたままの竿をパルシアに渡す。


「で、どうすればいいの?」

「狙いはあいつだ。見えるか?」


 ドクトルは指さした。


 浮きのほぼ直下に疑似餌。

 そこから少し北の方に目を向けると、さっきドクトルが釣った小魚よりも大振りな魚が悠々と泳いでいた。


 体表が黒く、岩礁と勘違いしそうだが、間違いなく魚だ。


「よくあんなの一瞬でわかるね。ドクトルは目がいいの?」

「集中しろ。たぶん、こっちに来る」

「わかるの?」

「勘だ」

「…………。なんかそう言うと思ったよ」


 2人が話している間にも、黒魚はドクトルの予言通り疑似餌に向かってくる。まるで吸い寄せられているかのようだ。


「えっと? さっきドクトル。糸を引っ張ってたよね」

「まだ動かすなよ」

「は~い」


 疑似餌は海底の少し上を漂っている。

 いくら似せているとはいえ、作り物であるのは変わりない。


「よし。そろそろかな」


 するとドクトルは竿を握るパルシアの手に、自分の手を重ねた。


「ちょ! さりげなくボディタッチしないでくれるかな」

「ちょっと黙れ。魚が逃げる」


 ドクトルの水色の瞳は、海底に向けられていた。

 その表情は真剣そのものだ。


 パルシアの顔がほのかに赤くなる。


 ――もう! ボクもドクトルも、なんでこんなに熱くなってんだが!


 顔を上げた。

 ドクトルの視線を手繰る。

 黒魚は疑似餌に近づきつつあった。


「よし。いいか。ちょんちょんって引くんだ。なるべく疑似餌が泳いでいるように」

「う、うん」


 パルシアは言われた通りに竿を軽く引いた。

 棒のように浮かんでいた疑似餌が跳ねる。

 その姿は泳いでいるように見えた。


「いい感じだ!」

「ホント! ぼくって才能があるのかな」

「集中しろ」


 また怒られた。

 パルシアは尚も竿を引いたり、下ろしたりを繰り返す。


 その時、黒魚が明確な動きをした。

 通り過ぎるかと思いきや、身体を捻り、餌の方へと向かってきたのだ。


「きたきたきた! 来たよ、ドクトル」

「落ち着け。よし。ゆっくり引け。そう――。魚が逃げてるみたいに」

「よし! 来い! 来い!」


 次の瞬間――。


 黒魚は大きな口を開け、疑似餌を飲み込んだ。


 パルシアは竿を引こうとするが、ドクトルがそれを止めた。


「まだだ!!」


 叫ぶ。


 疑似餌は完全に口の中へと飲み込まれた。

 刹那――黒魚は身をくねらせる。素早くターンをしたのだ。

 垂れていた糸がピンと張った。

 浮きがぐっと海底へと引きずり込まれる。


「いまだ! 引け!!」


 瞬間、パルシアは竿を引き上げる。


 引きが強い。

 体長からわかっていたが、予想以上だ。


「お、重い!」


 パルシアは目一杯力を使って、竿を引く。


「無理矢理引っ張るな。糸が切れる」

「そんなこと言ったって!」

「一度力を溜めろ」

「緩めろってこと?」

「それでわかるなら、それでいい」


 パルシアは一度引くのをやめる。


 その間、黒魚は暴れた。

 時に海面近くまで顔を出し、水飛沫を上げる。


 高く上がった白い飛沫は、太陽(バリアン)の光を反射し輝く。


 それを見ながら、パルシアは思わず歓声を上げた。


 喜んでいる場合ではない。


 相変わらずドクトルは真剣な表情をしていた。

 海の色と同じ瞳を、海中で暴れる黒魚に注がれている。


 ちらりと一瞥してから、竿に集中した。


「そろそろいい!?」

「いいぞ。引け!」


 パルシアとドクトルは目一杯竿を引く。

 先ほどよりも、黒魚の力が弱い。おそらく体力が切れてきたのだろう。


「いけるぞ!」


 ドクトルは鼓舞する。

 若干興奮気味だった。


「んんんんん!!!! であああああああああああああああああ!!」


 自分でもびっくりするような声が出た。


 次の瞬間、ふっと力が抜ける。


 糸が切れた?

 ……いや、そうではない。


 顔を上げると、黒魚が青い空をバックに飛び跳ねていた。

 身をよじらせ、白い飛沫を纏い、尾をビラビラと動かしている。


「あ、ひゃ!!」


 パルシアは勢いあまって倒れ込む。

 それに引っ張られる形で、ドクトルも倒れ込んだ。


 首をひねり、後ろを見る。

 黒魚が岩肌の上で飛び跳ねていた。


「釣れた! やったよ、ドク――」


 パルシアの言葉は途中で停止する。


 ドクトルの頭が、自分の胸に埋もれるようにしてあったからだ。


「む。柔らかい」


 その言葉を確かめるように、何故かドクトルはパルシアの胸を揉んだ。


「ちょ! ドクトル! なにしてるんだよ!」


 慌てて、パルシアはドクトルを突き放す。

 反射的に放った突きは、軽い少年の身体を海中へと押し出した。


「うわ!」


 どぷん、と間抜けな音が響く。

 黒魚を釣った時よりも大きな水しぶきが上がった。


「もう! 女の子の胸なんか触るからだよ」


 大きな胸を隠すように、パルシアはフリルが付いたドレスの襟元部分を引っ張った。

 頬が朱に染まる。


 くるりと、翻った。


 大きくエラを動かしながら、黒魚がまだ岩肌を叩いていた。


「ねぇ、ドクトル。釣り針取ってよ」

「――――」


 反応がない。

 代わりに、バシャバシャと水面を叩く音が聞こえた。


 不安になり、パルシアは振り返った。


 ドクトルが海面でもがいている。

 それはどう見ても溺れているようにしか見えなかった。


「ドクトル……。君、もしかして――」



 泳げないの……?



 質問してみるのだが、返事はない。

 そんな暇がないほど、水面を叩き、必死にもがいていた。

 演技にしては、あまりにリアルだ。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


 ドクトルを引き上げようと、パルシアは辺りを探す。

 側に落ちていた竿を拾い上げ、柄の部分をドクトルに向けた。


「これに掴まって!」


 叫んだ。


 ドクトルの視線が竿に向く。

 言われた通り掴むと、何とか岸壁によじ登った。


「はあ」


 パルシアが胸を撫で下ろす。

 横でドクトルは大きく咳き込みながら、海水を吐き出していた。


「ご、ごめんよ、ドクトル……。まさか泳げないなんて」

「……か! かは! はあ……はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」

「でも、君。そんな状態で大丈夫? 舟に乗れるの?」

「舟は……。浮く…………から、大丈夫だ」

「いや、それはそうだけどさ」

「それよりマイホースは?」

「マイホース?」

「さっきの黒い魚だ」

「ああ。あっち」


 パルシアは指をさす。


 ドクトルは腰のナイフを取り出した。

 締めるつもりだろう。


「やっぱあれも食べるんだ。もう美味しくなくなってるんじゃない?」

「まだ大丈夫だ。……それに、お前がこの島に来てはじめて釣った魚だしな」

「え?」


 釣り針を取り、ドクトルはマイホースにナイフを突き立てた。

 半死だった魚が、その一撃で動きを止める。


 尾ひれの方を持ち、パルシアに差し出したところで気付いた。


「お前、なんでそんなに赤くなってるんだ?」

「え? え、え?」


 反射的に頬を触る。

 自分の体温とは思えないぐらい熱かった。


 ――な。ぼ、ボクは何を動揺して……。


「どうした。病気か?」


 ドクトルが覗き込む。

 顔が近かった。


「ひっ」


 短い悲鳴を上げると、パルシアは一歩退く。


「ななななんでもないよ! き、君がボクの胸を触るから」

「なんだ。減るもんでもないだろ。胸の1つや、2つや」

「ああ! ひどい! 君ねぇ! そういうの無茶苦茶傷つくんだからね、女の子は!」

「それよりもお前の魚……」

「いらない! ドクトルが食べれば!」


 つんと鼻先を振って、パルシアは拒否した。


 ――と、その時だった。


「じゃあ、お嬢さんは俺たちと一緒に食べようぜ」


 低い大人の声が聞こえた。


 2人は振り返る。


 逞しい成人の男が、岸壁によりかかるように立っていた。


こんな釣りデートをしたい……。


次話もよろしくお願いします。

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