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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅴ ~ 島の少年と黒い妖精編 ~

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第5話 ~ 国の1つや2つ乗っ取って、滅ぼしている ~

外伝Ⅴ第5話です。

悪党キャラ登場です。

 ゴーザは【ウラガ】の中でも、一際逞しい島民だった。


 結婚はしていて子供もいるが、妻にも子供にも興味はなく、わざわざ離れて暮らしている。妻は23歳上のいい年した女だ。子孫を残すためという名目で結婚したが、それ以上でもそれ以下でもない。


 ゴーザにとって、特段目新しいところがない女だった。


 抱くなら若い女がいい。

 最低でも10歳年上だ。それ以下なら、どんな女でも我慢する。


 そんな傲慢が服を着て、生きているような男だった。


 漁から帰り、妻に魚を預け、別荘で1人【シケ】をふかしていた。

 この島に群生する草の一種で、火を付けると独特の香りがし、吸い込めば気持ちよくなる。性交しながらすると、最高にハイになれる。そんな代物だった。


 今の妻ともこうやって性交して、子供を残すことが出来た。

 【シケ】でもやっていないと、性交など不可能に等しい。そんな醜女(しこめ)だった。


 今日、最後の【シケ】がなくなる。

 舟の手入れでもしようかと思い、藁のござから立ち上がった。


 誤解されることが多いが、ゴーザはそれなりに仕事熱心だ。

 というより、仕事以外この島には何もないに等しい。

 それ以外にないなら、漁を極める。それが彼のポリシーだった。


 舟も、竿も、糸の手入れも忘れない。

 筋肉だって鍛える。

 甲斐あって、19歳にしてベテラン漁師顔負けの漁獲量を誇っていた。


 そんなゴーザを次の島長おさに推すことは少なくない。


 そもそも島長はもっとも漁がうまいものが選ばれることになっている。

 放っておいても、次の島長になるのは、ゴーザだろう。


 竪穴式になっている住居から出る。

 日差しが強いが、若干空気がひんやりとしていた。一雨来るかもしれない。


 こりゃ明日の漁はないな、と考えると、少し陰鬱な気分になってくる。

 1つの楽しみを奪われたからだ。


 すると、山の方から1人の男が走ってくるのが見えた。


 ゴーザとは正反対でひょろい。

 嵐にでもなれば、本当に吹き飛んでしまいそうな男は、真っ直ぐゴーザの元へとやってきた。


 肩で息を切る。


「なんだ、ミグラじゃねぇか。そんなに慌ててどうした?」


 ゴーザの舎弟のミグラだった。

 結婚はしておらず、独身。

 本人は希望しているようだが、漁が下手で、時々ゴーザから魚を分けてもらっている。

 いつしかゴーザの周りをちょろちょろ歩くようになった。


 憎めないヤツで、割と目端もきく。

 だからゴーザも気にかけてやっていた。


「た、大変なんだ、ゴーザ」

「あん?」

「見たって……」

「何を?」

「オルドが見たって」

「だからなんだよ。……もう要領が得ねぇなあ。ちょっと待ってろ」


 一度出た家の中に入っていく。

 すぐに戻ってきて、椀を差し出した。そこには水が注がれていた。


「ほら。一口飲め」

「ありがてぇ」


 ミグラは椀をもらうなり、一気に口に入れた。

 椀の横から水が垂れる。

 それを見て、ゴーザは渋い顔をした。


「ああ。ああ。垂れてるじゃねぇか。貴重な真水なんだ。もっと大事に、でもって落ち着いて飲めよ」

「ご、ごめんよ、ゴーザ」

「謝んなくてもいいけどよ。……で、オルドが何を見たって」

「あ、ああ……」


 ミグラは口に付いた水を拭う。


 1度大きく深呼吸した後、ようやく息が整えた。


「今日、オルドがさ。森の番だったんだ」

「ああ。そう言えばそうだったな」

「でさ。そこで見たんだ」

「だから、それがなんだよ」

「女さ」

「女なら村にもいるだろ?」

「だから、若い! 女だよ!」


 瞬間、ミグラは吹っ飛んでいた。


 砂の地面に叩きつけられる。

 何が起きたかわらかず、ミグラはポカンとした。

 頬のヒリヒリとした痛みが、妙に現実的だった。


「なんで叩いたの?」


 尋ねたが、ゴーザは無視してミグラの首を掴み上げた。


「本当か!?」

「ほ、本当だよ。あ、いや……。オルドがそう言っててさ。俺が見た訳じゃないけど」

「よし。探しに行くぞ」

「ちょちょ。ちょっと待って。話に続きがあるんだ」

「聞いてる暇はねぇ! 探すぞ」

「お願いだから聞いてくれ。その女の側にさ。もう1人いたって」

「女か」


 ゴーザはギロリと睨む。

 濃い青色の瞳は、嵐のように波立っていた。


「違う違う。男だよ」

「男に興味はねぇ!」

「もっともだよ。でもさ。そいつとその女がもう結婚の契りを結んでいたら、ゴーザ的には不味いだろ」


 ゴーザの顔が固まる。

 憤怒の形相のままだ。

 やがてゆっくりと身を引いた。ミグラの首を放す。


「そいつら結婚しているのか」

「さすがにそこまでは……」


 ミグラは咳き込みながら、答えた。


「その男はどこの誰だ」

「あれだよ。昔、勝手に漂流者と結婚して追い出された男の息子……」

「いたな。そんなヤツ……。確か数ヶ月前まで丘の上の偏屈ジジイが面倒見てたはずだ。まだ生きてたのか?」

「裏浜の方で釣りをしているのを何度か見かけたことがあるよ」


 ゴーザは「かかか」と口を開けて笑った。


「阿呆か、あいつは。あそこで魚は釣れんぞ」

「知らないよ。僕は見たってだけさ」

「そいつと女は出来ているのか?」

「そこまでは……」

「確かめに行くか」

「え? 今から行くの?」


 ミグラは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 ゴーザはにやりと乱杭歯を見せて笑った。


「男に興味はないが、若い女に興味があるからな」


 ゴーザはくるりと踵を返す。

 浜辺に背を向けて、宣言通り丘の方へと歩き出した。


 ミグラはぼんやりと背中を目で追ったが、ゴーザにどやされると、慌てて立ち上がり、後を追った。




 一方、ドクトルはパルシアを連れ、裏浜の方へと向かっていた。


「ドクトルがどうやって釣りをしているか見せてよ」


 提案したのはパルシアだった。


 そこでいつもドクトルが釣りをする場所を目指すことになった。

 崖に沿うように出来た獣道を進む。

 ドクトルは片手に釣り道具を、片手にパルシアの手を引き、エスコートする。


 ふっと崖下から海風が吹き上がってくる。

 ピンクとも紫とも見える白い髪が立ち上がった。


「本当にこんなところを通らなきゃならないの?」

「他にも道はあるが、時間がかかる。村の前を通るしな」

「そっか」


 がっくりと項垂れる。

 意を決し、一歩ずつゆっくりと踏み出していく。


「ねぇ、ドクトル」

「なんだ?」

「なんか話しかけてくれない。その方が気が紛れる」

「……。じゃあ、漁の経験は?」

「ない」

「釣りは?」

「ぼくはないよ。ぼくの島の何人かはやったことあるようだけど。あまり興味がなかったしね」

「じゃあ、どうやって【大怪魚(ドーマ)】を釣るつもりだ?」

「知恵と、ほんの少しの好奇心を使って」

「…………」

「あ。今、呆れたでしょ」

「ふざけてるのか?」


 パルシアは目端を尖らせたが、不機嫌だったのはドクトルも一緒だった。


「ふざけてなんかないよ。至って真剣だよ、ぼくは」


 ししし、とパルシアは綺麗な歯を見せ笑う。


 ドクトルは小さく息を吐いた。


「パルシアも島育ちなのか?」

「そうだよ」

「どんな島だ?」

「ここと大差ないよ。なーんもない。ここよりも文明は進んでいるけどね。それでもぼくには退屈な場所だった」

「帆船もあるのか?」

「帆船どころか、一瞬にして目的地につける道具も持ってたよ」

「……」

「なに?」

「パルシアの言うことは、本気なのか嘘なのかわからない」

「あははは……。まあ、普通の人は信じられないだろうね」

「親は?」

「おお。一気にプライベートな質問を放ってきたね」

「嫌なら、話さなくていい」

「ドクトルはどうなのって――聞くだけ野暮か。君みたいな子供が、1人で住んでいるんだもんね」

「2人ともとっくに死んだ」

「別に聞いてないけど」

「母ちゃんはお前と同じだ」

「ぼくと同じ?」


 パルシアは立ち止まり、キョトンと少年を見つめる。


 ドクトルは振り返って、言葉を続けた。


「漂流者だったんだ」

「ああ。そういうこと――」

「親父と結婚して俺が産まれた。そして村から追い出された」


 パルシアは首を傾げる。


「漂流者と勝手に結婚して、子供をもうけることは禁じられてるんだ。破ると村で住めなくなる。だから、親父はたった1人で俺と母ちゃんを養ってくれた」

「…………」

「でもある時季に時化が続いて。それでも無理矢理漁に出たんだ」

「――で、戻ってこなかった……と」


 ドクトルは頷く。

 パルシアは頬を軽く掻いて、気落ちした少年から目を逸らした。


 ドクトルは前を向く。

 再び歩き出した。


 しばらく無言だったが、パルシアは耐えきれず口を開いた。


「ねぇ。気になったんだけど」

「なんだ?」

「君はぼくとの結婚を望むけど、勝手に結婚したら村を追い出されるんじゃないの?」

「俺はもう村を追い出されているから関係ない」

「あ。そうか」

「村から追い出されるが、結婚すれば舟はもらえる。俺にはなんの問題もない」

「なるほどね」


 と、また無言になった。


「ぼくね。父は知らないんだ。知っているのは母だけ」

「…………」

「ちょっと話したと思うけど、母もダークエルフの淑女らしく雄性体のダークエルフに襲われてね。そうして産まれたのが、ボクと弟ってわけ」

「弟がいるのか?」

「双子ってわかるかい。ダークエルフでも、ごくまれに1度の出産で2人の子供が産まれてくることがあるんだ」


 パルシアは解説するが、ドクトルは微妙に要領を得ていない様子だった。


「母もボクを産んでしばらくは一緒に暮らしていたけど、どこかへ行っちゃった。今頃は殺されているか、それとも捕まって慰みものになっているかだろうね。……ああ。でも、それなりに優秀な人だったから、国の1つや2つ乗っ取って、滅ぼしているという可能性もあるけど」

「“クニ”をそんなに簡単に滅ぼすことが出来るものなのか?」

「簡単だよ。リスクはあるけど、ボクもやろうと思ったらやってみせる自信はある。……でも、ボクは愛に生きたいんだ。そういう血なまぐさいことはごめんでね」

「…………」

「まあ、というわけだから……。ボクたちは似たもの同士というわけだ。これからも仲良くしようじゃないか、同胞」

「そう思うんだったら、結婚してくれ」

「それは断る」


 パルシアは軽くウィンクし、戯けた。


 ようやく振り返った少年の顔は、少し硬さがとれているような気がした。


すいません。新作との投稿の絡みもあって、週3本の投稿が難しくなってきました。


最低2本は投稿できるよう頑張ります。


時間は18時前後で固定する予定ですが、日にちがまちまちになると思います。


ご迷惑をおかけしますが、


これからもお付き合いいただきますようお願いしますm(_ _)m

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