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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅴ ~ 島の少年と黒い妖精編 ~

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第4話 ~ ボクは君とは断じて結婚しない ~

新連載の影響からか、こちらも読んでいただいてる方がいるようで、

大変嬉しいです。是非楽しんでください。


外伝Ⅴ第4話です。

よろしくお願いします。

 屈強な海の男が、小高い山の上に座っていた。


 大きく欠伸をする。

 雰囲気はのほほんとしたものだ。

 しかし、彼の側には槍があった。

 大魚のあばら骨から削りだした歯が、太陽(バリアン)の日差しを受けて鈍く光っている。


 男は海の方を見た。

 鬱蒼と茂る密林の隙間から沖が見える。

 何艘もの舟が浮かび、白い飛沫を立っていた。


 はあ、海へ出てなあ……。

 呟き、頬杖をついた。




 その男を見守る人影がいた。


 ドクトルとパルシアだ。

 木の陰に隠れ、離れた位置から森の中で佇む海の男を観察している。


「うわぁ……。本当に見張ってる」


 パルシアはわなわなと顎を振るわせた。

 ドクトルは横目で、ダークエルフだという女を見つめる。


「言ったろ? 村長の許可無しに木を斬ることは禁じられてる」

「それでも見張りを立てるなんて」

「島は狭い。しかも海水に浮く木が茂っているのは、この辺だけだ。そして俺たちは海の男だ。舟がなければ、何も出来ない。食うこともな」

「なるほどね。はあ……。随分と原始的な島にきたもんだ」


 ガックリと音が聞こえるぐらい、パルシアは肩を落とす。

 しかしすぐに青い目をカッと見開いた。


「夜にこっそりくればいいじゃないかな」

「夜も見張りがいる。村の男が交代で見張ってるんだ」

「なかなか働きもんだねぇ、みんな……。悲しくなってくるよ」

「それに――」


 ドクトルは周囲を見た。


 辺りは島で一番標高が高く、全景が見渡せる。

 パルシアを拾った裏浜もよく見えた。


 島民が【ウラガ】と呼んでいる島は、思ったよりも狭い。

 朝から歩き出して、昼過ぎぐらいには、1週できるほどだ。

 そこに100人弱の人間が住んでいる。


「木を切れば、音でわかる。島のどこにいてもな」

「あ。そうか……」

「わかったか。こっそり木を切って、舟を作るなんて土台無理なんだ」

「…………」

「だから、俺と結婚して、子供を産んで」

「木を切るのは大丈夫だと思うんだ。あとは船大工をどうするかだな」


 パルシアはブツブツと言っている。


「話を聞いているのか?」

「あ。ごめんごめん。聞いてなかった」

「…………」


 ドクトルは息を吐く。


「で、ドクトル」

「なんだ?」

「君は舟を作ったら、この島から脱出するんだよね」

「ああ……」

「でもさ」


 パルシアはおもむろに木の陰から出て歩き出した。

 崖付近で止まる。目の上に手を当て、沖に浮かんだ舟を見つめた。


「あんな、小さな舟じゃ。大陸にはいけないよ。近くの島にたどり着くのも難しいじゃないかな」

「だろうな」


 あっさりと返答がかえってきた。

 意外な反応に、パルシアは驚いて振り返る。

 大きな胸が揺れた。


「なんか秘策があるって顔だね」

「まあな。ちょっと来い」


 ドクトルは手を振った。




 やって来たのは、先ほど洞窟だった。


 ドクトルの住処。元はワットという老人が住んでいた場所だ。


 戻ってくるなり、ドクトルはパルシアに瓶を差し出した。


「おお……」


 思わず歓声を上げる。

 綺麗に磨かれたガラス瓶の中に、帆を広げた船が入っていた。


「ボトルシップじゃん。現物を見たのははじめてだけど。人間は起用だねぇ。相変わらず……。だけど、無駄ともいえる技術を、芸術と昇華してしまうのがいい」


 賞賛しているのか、それとも馬鹿にしているのかわからない感想を呟く。

 概ね喜んでいるようだ。戯れる姿は、どことなく猫に似ている。


「帆船というそうだってな」

()だよ。風の力を使って進むんだ」

「俺は作ろうとしているのは、それを小さくしたヤツだ」

「なるほどね。ちゃんと考えてるんだね、偉い偉い。……でも、これを作るたって、設計図がないと難しいんじゃないかな?」

「それなら、もうある」

「??」


 ドクトルが次に出してきたのは、数枚の紙だった。

 詳しくいうと、植物の繊維で出来た紙。頑丈で水気に強く。特に船乗りが海図として使う紙だった。


 ドクトルはおもむろに紙を広げる。

 描かれていたのは、宣言通りの船の設計図だった。


 板材の寸法から竜骨の細かい角度まで指定している。


 パルシアはざっと図面に目を通した。

 驚きだ。

 寸法に全く間違いがない。

 水の抵抗値や、対する強度もしっかりと考えられている。


 とても未開の地にある代物とは思えない。

 かなり船のことを知っている人間じゃないと、描けない設計図だ。


「これ……。ドクトルが引いたの?」


 ドクトルが頭を振る。

 ダークエルフの女は、内心ほっとした。

 これをボトルシップだけを参考にして描いたというなら、それこそ少年の頭と腕に神が宿ったとしかいいようがない。


 最盛期のダー(ヽヽヽヽヽヽ)クエルフの技(ヽヽヽヽヽヽ)術を使ったと(ヽヽヽヽヽヽ)しても(ヽヽヽ)、ここまで精緻に正確に描けるかどうか怪しい。


 まさに【場違いな工芸品(オーパーツ)】だ。


「ワットが描いたんだ。俺も少し手伝った」

「へー。そのワットって人、何者なの?」

「元は船大工だったって聞いた。処女航海の船に随伴した時に、高波にあおられて。気が付いたら、この島に漂着してたって」

「ふーん」


 なるほど、とパルシアは納得した。

 相当腕のいい大工だったのだろう。

 ここまで精密な図面を引ける人間なんて、今の人間の技術で5人、いや3人いるかどうかというところだ。


「それ以上は知らない。ワットは寡黙な男だったから」

「君はそのワットの元で色々学んだわけだ」

「言ったろ。ワットはあまり話すのが苦手なヤツだった。俺の先生はこれだ」


 ドクトルが指さしたのは、本棚だった。


「文字を読めるのに、1年。そこにあるのを全部読んで、理解するまで最近までかかった」

「へー。ドクトル、凄いね」

「……。馬鹿にしてるだろ」

「してないしてない」


 いや、実際すごいことだ。


 文字も読めなかった未開の男児が、たった2年で専門書を含めた本を読破し、理解したというのだ。驚異的な学習ペースと言わざる得ない。


 もしかしたら、ドクトルにきちんと教育を与えていれば、世の中をひっくり返すほどの発明をしていたかもしれないね。


 口角を上げる。

 パルシアは自分でも知らないうちに笑っていた。


「帆船というアイディアもいい。設計図はある。ドクトル、船大工の技術はあるのかい?」

「概ねワットに習った」

「いいね。なんだ。なかなか揃っているじゃないか。あとは……」

「そうだ。あとは材料をどうするかが問題なんだ。……だから、パルシアは俺と――」

「却下。意外としつこいね。嫌われるよ、そういうの」

「そうなのか。気を付ける。……だから、俺と――」

「だから、そういうのだって。ああ、もう! ……議論が進まないじゃないか」

「俺は島から脱出するための一番いい方法をお前に提示しているだけだ」

「はいはい。……ところでさ。結婚する以外に、君を大人にする方法があったよね」


 ドクトルは眉根を寄せた。


「ああ。大怪魚(ドーマ)を釣ることだ。でも、あいつは沖の方にしかいない。舟がないと無理だ」

「じゃあ、舟を借りればいいじゃないか……」

「それは――」


 先ほどまで、どこか自信にあふれていたドクトルの顔が曇る。

 水色の瞳を逸らし、拗ねた子供みたいに、やがて口を開いた。


「それが出来れば、苦労をしない」

「どういうこと?」

「ともかく、舟は借りられない!」


 声を荒げ、突っぱねた。


 パルシアは目を細める。

 俯いた少年のつむじを見つめた。


 彼がこうも頑ななのは、なんとなく予想が付く。

 島には村があるのに、こんな洞窟の中で子供が1人で暮らしていることと何か関係があるのだろう。

 ドクトルが脱出したいという強い意志とも……。


 パルシアは頭を掻いた。


 少年の心中はともかくとして、大怪魚(ドーマ)を釣らなければお話にならない。

 舟を借りる交渉をパルシアが引き受けてもいいが、島の事情がそうさせてはくれないだろう。見つかれば、たちまち狂ったように男が襲ってくる可能性がある。


 先ほどなにげに島の中を歩いたが、実はかなり危険な事だったのだ。


「はあ……。仕方ないかな」

「俺と結婚す――」


 パルシアは反射的にドクトルの口を塞いだ。


「それは聞き飽きたよ、童貞君」

「ぷは! じゃあ、どうすれば……」

「こうしよう」


 パルシアは口から手を離し、ビッと指さした。


「ボクは君とは断じて結婚しない」

「な!」

「だが、身体はやれないけど、ボクの知識を提供しよう」

「知、識……?」

「そうだ。ダークエルフの知識。たった1人で万単位の人間と渡り合えるほどの知識が君の味方というわけだ。どうだい? なかなか心強いだろ」


 にぃ……。


 ダークエルフの女は笑う。


 その歯は薄闇の洞窟の中でも、白く輝いた。


次の更新1回お休みします。

なので、来週月曜になりますので、よろしくお願いします。


お待たせすることになりますが、少々お待ち下さい。

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