第3話 ~ ボク……。この子と結婚しなきゃいけないの? ~
外伝Ⅴ第3話です。
よろしくお願いします。
ドクトルが壁を叩くと、砂埃が舞った。
狭い洞窟内に広がった埃はゆっくりと動いていく。
入口から漏れた光に当てられ、白い筋を作った。
パルシアは少し怯えた目で、年下の少年を見つめた。
無意識に豊満な胸に手を置く。
鼓動が早い。そして強い。
ごくりと喉を鳴らし、落ち着こうと思うのだが、状態は変わらなかった。
ドクトルは荒く息をしている。
鎮静的な水色の瞳を、炎のように燃え上がらせ、1人の女を捉えていた。
プロポーズの言葉をかけられたはずなのに、まるで敵を睨むかのようだ。
パルシアはようやく落ち着いた。
――敵意を向けられるのは慣れてるからね。
畏怖が宿る瞳に、火が灯る。
鼓動がようやく正常に戻りつつあった。
ハッともう1度息を呑み、パルシアは反撃を開始した。
「ドクトルはダークエルフって知ってるかい?」
「ダークエルフ?」
ドクトルは眉をひそめた。
「反応からして知らないようだね。まあ、この島のことしか知らないようだし、仕方ないけど。外の世界にその名前を出せば、知らない人がいないほどの有名なんだよ」
「それがどうしたんだ?」
「ボクの肌を見てごらん」
パルシアは腕を1本、獣に差し出すように見せつけた。
「普段は茶色なんだけど、こうして暗闇の中にいると、少し変色して真っ暗に見えるんだ」
ドクトルはパルシアのしなやかな腕を一瞥した後、視線を戻した。
「そしてこの白ともピンクとも、灰色とも言えない絶妙な髪。何より君と違うのは、この耳だね。自慢の耳なんだ。耳介が流れるように後ろに向かっている。これはダークエルフの主観でいうと、美人の証なんだよ」
「で――。何が言いたい?」
「わからないかい? 何を隠そう。このボクがダークエルフなんだ」
「そうなのか?」
ドクトルの反応は薄い。
おそらくどこかの国の酒場でそんなことを言えば、たちまち客がいなくなるほど大騒ぎになるだろう。さらに国を巻き込み、衛兵が1個小隊を伴って現れるはずだ。
そんな悪名に結婚を申し込んだ少年は、ただ「ふん」と鼻を鳴らすだけだった。
――無知とは恐ろしいね。
パルシアはドクトルに気付かれない程度に、口端を釣り上げた。
そして今一度、顔を上げる。
「これ以上の説明はしなけいどね。1つはっきりしていることは、ボクと結婚するということはすべからく君も不幸になるということだよ。だから、諦めた方がいいよ」
「イヤだ」
「強情だね。……嫌いじゃないけど、そういうの」
「嫌いじゃないなら、俺と結婚してくれ」
あくまでドクトルは強引だった。
パルシアは少々飽き飽きしている。先ほどまでの強張った顔は微塵もない。
ダークエルフ特有の――どこか人間を小馬鹿にしたような態度に戻っていく。
やがて息を吐いた。
「じゃあ、聞くけどさ。ドクトルはボクのどこが気に入ったの? 女ならなんでもいいの?」
「違う」
「へー。興味があるね。聞かせてよ」
会話をすることで、ドクトルはようやく落ち着いてきたらしい。
壁から手を離す。
しばし考えた。
パルシアは内心ホッとするが、表情には出さない。
むしろワクワクしていた。この年下の少年が出す答えに。
ドクトルはようやく口を開いた。
「顔だ」
ど直球の答えが返ってきて、パルシアは思わず脱力した。
正直「心だ」とか言われるよりわかりやすいが、もうちょっとひねってほしかった。
「あ。そう」
聞くんじゃなかったと思いながら、パルシアは立ち上がる。
「あとな」
「まだあるの?」
「大きな胸だ」
「はああぁぁぁ……」
立ち上がろうとした気力が、直前でついえる。
ドクトルはきょとんとして、瞼を瞬いた。
よろよろとダークエルフの女は立ち上がる。
「君ね。正直サイテーだよ」
「何故だ?」
「胸の大きさって、結構女性からしたらとてもデリ――。……ああ。もう調子狂うなあ。ドクトルみたいな人間ははじめてだよ」
頭を抱え、パルシアは悪夢でも振り払うかのように頭を振った。
「ともかく、今のは褒め言葉じゃない。女の子の前で絶対使っちゃいけない言葉だからね。――わかった?」
「わ、わかった」
ドクトルの胸を指さし、パルシアは強く主張する。
迫力に押され、少年はつい頷いてしまう。
「はあ……。まったく――。流されてやってきた島の第一村人が君みたいな人間なんてね。他にもうちょっとマシな人間がいるといいんだけど」
「自分で言うのもなんだが、俺はましな部類だと思うぞ」
「どうだか?」
パルシアは頬を膨らませ、ぷんと顔を逸らした。
どうやら怒らせてしまったらしい。
それくらいはドクトルにもわかった。
「たぶん、お前……。俺が見つけてなかったら、島村の男に襲われていたぞ」
「え? 襲われてたって。それってレ○プされてたってこと?」
「さっきも言ったろ? この島には子供を産める女はいないんだ」
「女の子がいないってことは聞いたけど」
「そうだったか? ともかく、女がいれば見境がない。パルシアみたいに若かったら、なおさらだ」
パルシアは押し黙った。
ショックを受けた様子はない。むしろ怒っているように、ドクトルには見えた。
白髪をガリガリと掻きむしる。
「ああ。こんなところまで来て、男にレ○プされるのかよ!」
叫んだ。
ドクトルはパチパチと目を瞬かせ、自称ダークエルフという少女を見つめる。
「ど、どうした?」
「どうしたもこうしたもないわよ、全く。こちとら、男どもから逃げるためにかび臭い島から脱出したっていっても過言じゃないのに!」
「島から脱出?」
すると、パルシアはじっとドクトルを睨み付けた。
「ダークエルフって、どうやって子孫を増やしていくと思う」
「…………」
ドクトルは首を傾げた。
さっきまでダークエルフという言葉すら知らなかったのだから、無理もない。
「ダークエルフにも、動物みたいに発情期ってのがあってね。その時に性交するんだけど、はっきり言って、ボクはイヤなの!」
「イヤなのか?」
「簡単にいえば、雄性体――つまりは男が、近くにいる雌性体を襲うのよ」
「それって……」
「そう! つまりは無理矢理よ。無理矢理!」
「いいのか? それで」
「種族の習慣としては間違ってない。でもね。……折角、性交するなら“愛”がほしいでしょ!」
パルシアは高らかに宣言する。
暗い洞窟の中で、反響した。
「ダークエルフってね。そりゃあもう、感情を廃した種族なのよ。性交も種族繁栄のためにしか行わない。それで連綿とやってきたんでしょうけど、ボクは納得いかない!」
演説は続く。
「それはひどく人間的だとか揶揄する輩がいるけど、ボクはそう思わない。ダークエルフは愛を知るべきなんだ。くだらない破壊衝動なんて捨てて、“愛”に生きればいい」
場所がどこかの演劇上の舞台なら、さぞ名演であっただろう。
幸いにもパルシアの素材はいい。
だが、役者を照らすスポットライトどころか、一拍の拍手もなかった。
たった1人の観客であるドクトルは、やがて口を開く。
「あの、さ」
「なんだい、ドクトル?」
「その……。愛ってなんだ?」
「知らないわ。それを探すために、ボクは島を出たんだもの!」
…………。
沈黙が落ちた。
闇が一層深まったような気がする。
「愛ってのはともかく……。お前、これからどうするつもりだ」
「決まってる。この島から脱出する」
「どうやって?」
「そりゃあ……。舟で――」
パルシアははとと気付いた。
ドクトルを見つめる。
純真な水色の瞳が、少女を捉えていた。
顔を覆った。
「あちゃー」
そう。今さらだった。
パルシアは舟がほしい。
ドクトルも舟がほしい。
前者は島から脱出するため。
後者も島から脱出するため。
奇しくも2人の利害は一致していた。
――ボク……。この子と結婚しなきゃいけないの?
パルシアは改めてドクトルを見据えた。
どこからどう見て、彼はまだ子供だった。
美女と野獣――ただし野獣は子供。そんな関係をイメージしながら、書いてます。
次回は水曜日の予定です。
よろしくお願いします。




