第1話 ~ 耳介の長い女 ~
第1話が誤字だらけにすいません。
第2話は大丈夫な……はず……。
ここからが本編です。よろしくお願いします。
「ダメか……」
ドクトルはぽつりと呟く。
水色の蓬髪を掻いた。細かいふけが飛び、海風に流されていく。
穏やかに打ち付けられる波間に消えていった。
ドクトルは顔を上げる。
水平線上に太陽はない。だが、空は真っ赤だった。
山陰に隠れ、周囲は真っ暗になっている。
2年前、母が死んだ時と同じだ。
竿を引く。
手慣れた手つきで、疑似餌を引き寄せた。
ムバという魚とそっくりに成形された疑似餌は、11歳となったドクトルの二の腕ぐらいある。主に沖で、巨魚を釣る時に使われる餌。ドクトルが作った。材料はショーグンという魚の骨で、偶然浜辺で打ち上げられているものから取った。
この骨の臭いに釣られて、魚がやってくる。
魚だけじゃない。蛸や烏賊といったものも引っかかる時がある。
疑似餌で釣りをするのは、島ではドクトルしかやっていない。
むしろドクトル以外、知らない方法だ。
そもそも島の男衆は岸壁で釣りをしない。ドクトルぐらいなものだ。
他は自分の船を持って、沖で漁をしている。
沖は魚が豊富だ。
ドクトルのように工夫など必要ない。
釣り糸を垂らし、或いは銛で突けば、今日食う分には困ることはない。時化の多い時季は、保存用の魚を食べればいい。
大漁の時は、捨ててしまわなければならないほど釣れる。
この島一帯の漁場は、それほど豊かだ。ここ60年ぐらい、不作に苦しんだことはないのだという。
ただ島の周りはさっぱりだ。
何故か魚が寄りつかない。皆、沖の方に行ってしまう。
沖の方が危険が多いのに……。魚はバカだ。
そう思っていた時季がドクトルにもあったが、最近では魚の食べ物が豊富なのだろうという考えを持っていた。
釣り糸を竿に巻き付け、ドクトルは腰を上げる。
側に置いた籠を覗き込む。大小様々な魚が絞められた状態で入っていた。
数もサイズもまあまあだ。
目的のものを釣る――その片手間にやっていたが、思った以上の収穫だ。
しばらく食うには困らないだろう。
魚はぴくりともしない。すべて死んでいた。ただ大きな眼でドクトルを睨んでいた。
籠を肩に引っかけるように持ち上げる。
腰に差したナイフを確認する。疑似餌と同じく、ショーグンの骨で出来ていた。
対となる鞘もショーグンの魚鱗で出来ている。硬くて丈夫。何より防水だ。
ドクトルは足早に歩き出す。
陽が完全に沈めば、辺りは真っ暗になる。
ランプの燃料である魚油は、10日前に切らしてしまった。
明かりとなるものはない。
いっそ先ほどの岩礁で一夜を明かすのもいいが、さすがに3日以上、家を空けるのは不味い。
母を見送った島裏にある浜辺を横切る。
後で知ったことだが、浜は死者を流す【裏浜】と呼ばれていた。
島の人間の間では神聖視――というよりは、恐れられていて滅多に人が寄りつかない。 ドクトルのように近くで釣りをするなど以ての外だった。
【裏浜】を、ドクトルは好んでいた。
母や父を見送ったという事もある。が、それ以前に島村がある――いわゆる【表浜】とは違い、漂着物が多い。
海の生物の死骸はもちろんのこと、時に得体の知れない物が漂い着くこともある。
前者はともかく、後者を見つけた時、ドクトルの冷めた心が沸騰する。
一体それが何で、どうやって使うものか。
ただの玩具か、それとも日用品なのか。それを考えるだけで、1日何も食わずと大丈夫だった。
ドクトルは周囲に気を配りながら、急ぎ足で浜を通り過ぎていく。
その足がひたと止まった。
水色の瞳を細める。
蓬髪を掻き、めんどくさそうに「あー」と唸りを上げた。
それに近づく。
潮騒が一定間隔に聞こえ、間断なく押し寄せる波がドクトルの足を濡らした。
【裏浜】に漂着するものがもう1つあった。
人の死体だ。
時に、3日前に送葬った死体が戻ってくることもある。
たいていは見たことのない人間だ。
漂流者と呼ばれるらしい。
島のずっと外にある“クニ”と呼ばれるところの人間だそうだ。
ワットに教わった。
偏屈ジジイも、元は“クニ”の人間で、この島に流れ着いたのだと聞いた。
死体は顔を浜辺の砂に半分埋まるような形で倒れていた。
満潮の波になすすべなく、全身がずぶ濡れになっている。
ドクトルは覗き込む。
何度か漂流者は見かけたが、これまで見たことのない“クニ”の人間だった。
肌はドクトルと同じく褐色。
しかし、髪の色が薄い。白かと思えば、見ようによっては桃色にも見えるし、紫にも見える。
四肢は細く、あまり筋肉がないように見えた。
「おい」
ドクトルは乱暴に頭をこついた。
反応はない。
やはり死んでいるのだろう。
供養しようにも、今は時間がなさ過ぎる。
――一旦戻って、昼間にまた来るか。
だが、それはそれでめんどくさい。
どうするか迷っていると。
「う、うぅん」
不意に艶めかしい声が聞こえた。
瞬間、死体がごろりと転がる。
いや、違う。
生きているのだ。
ドクトルは目を剥いて、驚いた。
死体が生きていたからではない。
一点に向けられた視線の先にあるものに、釘付けになる。
女だった。
それも妙に耳介が長い。
新魚の内臓のようなピンク色の唇。
くの字に組まれた足は、卵をパンパンに詰まらせた雌魚の腹のようだ。
何より胸。
触らなくとも、蛸とも魚とも例えられないような弾力感が感じる。
濡れた黒と白の着物が貼り付いているため、その形がはっきりしていた。
つまり、見たこともないぐらい大きいおっぱいだった。
ドクトルは思わず喉を鳴らす。
少年も11歳だ。興味がないわけではない。
何より女は超絶美女だ。
今もちょっと声を上げただけで、反応しそうになる。
長い睫毛、うなじに貼り付いた髪に否応にでも色香を感じずにはいられなかった。
ドクトルはその場に座る。
何故か正座だった。
自然と手が伸びる。
するすると大きな胸へと伸びていった。
と、その時――。
“ドクトルの前に困っている人がいたら、その人を助けてあげて”
母の声が聞こえた。
ハッとして顔を上げる。
水平線の方を見つめた。
空はもう赤よりも黒の方が多くなってきている。
「ああ! くそ!」
ドクトルは蓬髪を掻いた。
ふけが飛んだ。
女の腕を取る。
背中に背負った。
ドクトルは歩き出す。
女の胸の感触を背中に感じながら……。
褐色の肌に、白とも桃色ともいえない髪。
耳介が長く、おっぱいが大きいといえば、あの種族しかない!
次は金曜日更新です。18時ごろを予定します。
今後ともよろしくお願いします。
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