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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅳ ~ ローラン・ミリダラ・ローレス ~

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最終話 ~ この国を停滞させるもの ~

外伝Ⅳ最終話です。

よろしくお願いします。

「ほれほれ。ここがいんいじゃろ、娘っこ」

「そ、そこ……ぁあ…………。姫さま、らめぇ……」

「ほーら、ほら……。ここにも指を入れてやろう……」

「う、んんっ!! だめ! ……そ、そこはよわいのれすぅ……」

「むふふ……。弱点を見つけたぞ。ほれほれ……」

「あ、ああ…………。ひめさま、らめぇ! パレア、い――――」


「やめないか! お前たち!!」


 ユカの大声が王女の居室に響き渡る。


「単なる耳掃除しているだけなのに、なんでそんな声が出るんだよ!」


 黄緑色の瞳には、王女の膝枕に頭を乗せた獣人の娘が映っていた。

 ローランの手には耳かきが握られている。


「あらあら……。もしかしてユカ、変な想像しちゃった?」

「へ、へへ変な想像ってなんだよ! そんなもんするか!!」


 身を振って否定するが、その頬は真っ赤になっていた。


 年齢は13歳だというのに、妙な性知識を持っている。

 一体誰に似たのか。

 教育長あたりに抗議したいところだった。


「はい。これでおしまい」

「すっきりしました。ありがとうございます。姫様」


 パレアはぷるぷると顔を振り、耳に残ったカスを払う。

 その動作は完全に狼だった。


「それにしても良かった。パレアが元気そうで」


 ユカはカップを置く。

 隣に座ったパレアを見やった。


 彼女の言うとおり、パレアは元気だった。

 乱暴をされた様子もなく、取り調べに憔悴しきった様子もない。


 1つ難を上げるなら、におう(ヽヽヽ)ということだろう。


 パレアも同じくカップを置く。

 年の割に物足りない胸を張った。


「これでも獣人ですから。体力にはそこそこ自信があります」

「はは……。頼もしいな」

「牢屋というのは、なかなか興味深い体験でした。……おかげで読書がはかどりました」

「読書? パレア、牢屋で本を読んでいたのか?」

「姫様が差し入れてくれました」

「いつの間に! というか、そんなことしてもいいのか?」

「え? 駄目なの?」


 ピンクの瞳が丸くなる。


 ユカとパレアは固まった。


「さすがはローランだ。お前は大物になるよ」

「王女様ですからね」


 ユカはぐったりとソファにもたれる。

 それを見ながら、パレアはニコニコと笑った。


「ああ……。そういえば、気になっ――」

「あ。そうそう……。姫様」


 ユカの言葉を遮って、パレアが尋ねた。


「持ち出した『復活の証文』を返却していただけますか? 私、戻しておきますから」

「ああ。悪いわね。ちょっと待ってくれる」


 ローランは席を立つ。

 ベッドの下をまさぐると、書類の束を取り出した。


 戻ってきて、パレアに渡す。


 軽く枚数を数えると。


「はい。確かに――」


 テーブルの上でトントンと紙の端を合わせた。


 その一連のやりとりを、ユカは真新しいカップを持ったまま眺めていた。


 黄緑色の目玉が、今にもこぼれんばかりの勢いでむき出されている。


 ローランとパレアは何事もなかったかのようにお茶を楽しみ出す。


 ユカは頭の中で様々な葛藤と思考がない交ぜになる。

 それを端的に表すのは難しい。


 有り体に言うなら、言葉が出ないほど混乱していた。


 しまいには頭を抱え、テーブルに突っ伏すように俯いた。


「どうしたの、ユカ?」

「……えっと。訊いていいか?」

「何を?」

「それはなんだ?」


 パレアに渡った書類を指さす。


「『復活の証文』ですけど……」

「それはわかった。誰の『復活の証文』だと訊いているんだ」


 パレアは1度首を傾げる。

 すぐに「あっ」と気づいた。

 ローランを睨む。


「姫様。もしかして、まだユカさんに事情を話してなかったのですか?」

「……?」


 ローランはしばし考えた後。


「ああ……。そういえば」


 悪びれることもなく、パレアの質問を認めた。


「な! ちょちょちょちょ! どういうことだよ。もしかして、それって?」

「公文書館で紛失した『復活の証文』よ」


「な――――!」


 ユカは絶句した。

 何万年と氷付けにされた竜のように固まる。


「なんでこんな所にあるんだよ!」


 しかも、王女のベッドの下にだ!


「なんでって……。私が持ち出したのよ。書類……」



 …………………………………………………………………………………………。



「はあああああああああああああああああああああ!!!!」


 ユカは絶叫した。


 テーブルを叩く。

 ローランに掴みかからん勢いで、挑みかかった。


「お前! どういうことだ! なんでこんなことをした?」


 睨む。

 横の狼娘のお株を奪うように、歯を食いしばって威嚇する。


 当人はというと、呑気にお茶を啜っていた。


「理由は色々あるんだけど、ひとえにジメル派と呼ばれる派閥を混乱させるためよ」

「混乱って……。ジメル派ってのは、ジメルを中心に結束してて、そんな簡単に揺るがないのではないか?」

「そうかしら?」

「なに?」

「実際、今回の事件も首謀者はジメルの秘書よ。彼が知らないところで暴走した結果といえるわ」

「だから、それは本人が証言しているだけで、本当はジメルが――」


 ユカはまだジメルを疑っているらしい。


 ローランは隣のパレアに声をかける。

 指示されて、獣人の娘は1枚の紙をユカの前に広げた。


 やはり『復活の証文』だ。


 そこには名前が書かれていた。


 ウッド・スニーキール。

 職業【戦士】


 知らない名前だった。


「この書類がなんだ?」

「その男ね。ニアス・スニーキールという男の息子なの。三男坊よ」

「ほう……。で、そいつは何者なんだ?」


 ますますわからん、という感じでユカは目を細める。


「ジメルに近い側近よ」

「だから、なんなんだ? 側近だが、家臣だが……。ニアスの息子が冒険者をやってる。それだけだろう?」

「わかりませんか、ユカさん?」


 尋ねたのは、側に座ったパレアだった。

 陽光を反射した眼鏡を光らせ、ユカの方を向く。


 さらに数枚の書類をユカの前に並べた。


「すべてジメル派の家臣の身内です」

「なに?」


 ユカは1枚の紙を拾い上げた。


 はたと気づく。


「待て。ジメル派は冒険者の優遇政策に反対の議員ばかりだろ?」

「そうね」

「その身内が冒険者をやっているのか?」

「そうよ」


 ピンクの瞳が燃え上がった。


「つまり……。1枚岩ではないってこと……。しかも、そこに並べて冒険者はかなりセコいことをしている」

「調べてみたら、この人たち冒険者として働いた実績が皆無なんです」


 パレアの言葉に、ユカは眉間に皺を寄せた。


「冒険者としての実態がない?」

「この国は冒険者をするだけで、様々な保証を受けられるようになっている。怪我の保険や戦闘で失った武器の補填……。ギルドにて、クエスト登録を行えば、成功失敗問わず、1日数ゴールドの給付金がもらえるようになっている」

「つまり……。この書類に書かれた人間は、冒険者の優遇政策を使って、何らかの恩恵を受けていたってことか」


 ローランとパレアは同時に頷いた。


「詐欺じゃないか?」

「――じゃないわ。ちゃんと書類さえ提出すれば、正当に与えられるものよ」

「でも、矛盾してないか? 優遇政策を使って、国の補償金をもらうのが目的なら、王室についた方がいいだろ?」


 それについては、パレアが説明した。


「実際、知らなかった家臣の方が多いようですね。いわゆるどら息子ってヤツです」

「それに王室が勝利するにしろ、ジメルが勝利するにしろ、なんらかの形で優遇政策の一部が廃止される可能性が高かったはずだわ」

「反対意見に回ってでも、議論を長引かせたかったってことか……」

「そういうこと」


 ユカは書類から顔を上げる。


「それにしたって、私に一言いってくれてもいいだろ? パレアだって濡れ衣を着せられて」

「わ、私は気にしてませんよ。……姫様を信じてましたから」


 パレアは尻尾を大きく振った。


「そもそもユカ……。あなた、それを最初から聞いていて、秘密を守り通せる自信があった?」

「それにユカさん。声大きいし」


 パレアは手を口に添えて笑った。


「ぱ、パレアまで! まあ、言われてみればそうなんだが……。でも、だまし討ちみたいで納得いかない」

「敵を欺くにはまず味方からっていうでしょ?」

「またローラン語か……」

「ユカさん、それはオーバリアントの中にある言葉ですよ」


 パレアがたしなめる。

 元冒険者の女性の顔が赤くなった。


 誤魔化すように咳を払う。


「そもそも私はね。あなたが来る前から、パレアに相談されて、調べていたの」

「実は、私の上司である司書長も、冒険者の補償金を身内に取得させていたのを偶然に見つけまして」


 合法とはいえ、上司が国のお金を取得していたことがショックだったのだろう。


 パレアは耳と尻尾を垂らして俯いた。


「ローランに相談したということか」

「同じような例がないか調べていたら、ジメル派の家臣を中心にたっくさん出てきたの」

「じゃあ、亡霊騎士の一件は――」

「本音を言うと、ついでだったのよ。でも、まさかその書類を盾に揺さぶりをかけたら、命まで狙われて、友達に濡れ衣を着せられるとは思わなかったけどね」

「まったく……。あの時、冷や汗ものだったぞ」

「でも……。ジメル派を瓦解させることができた」

「ジメル派も終わりだな。……中心人物が左遷されて、あとは問題児ばかりでは誰も派閥を引っ張るものがいなくなる」

「結果的にクーデターという事態も避けられたわ」


 はあ、とユカは息を吐く。


「ようやくわかったよ、ローラン。我々が本当に戦わなければならない相手は、ジメルなんかじゃない」


 目の前のメイドは立ち上がった。


 窓の外を見る。

 玉の間がある建物が見える。

 その先には、王城を囲む城壁。

 さらにその先には、ローレスの城下町が広がっていた。


「この国を停滞させるもの……。それがお前の――いや、私たちの敵なんだな」


 静かにローランはカップを取る。

 最後の一口を流し込んだ。


 喉を整えると、王女は言った。


「そうよ、ユカ……」


 伏せ目がちのピンクの瞳には、確かな光が宿っていた。


 ローランは言葉を続ける。


「それを正し、ローレスという国を強くする。そして2年後に起こるという未曾有の危機に備える。それが“忌み子”といわれて生まれてきた私の――」


「違うぞ、ローラン」


 ユカの声だった。


「そうです、姫様」


 パレアも同意する。


 2人の顔を見る。

 頼もしかった。


 王女の身体が芯の底から震えた。

 涙が出そうなほど感動していることに、気づいた。


「そうね」


 同意する。


 力強く宣言した。


「それがローラン・ミリダラ・ローレス……。王室に生まれ、王女と言われる存在の役目ですものね」


 突然、鐘が鳴る。


 太陽(バリアン)が天頂に来たことを告げる鐘だ。


 だが、それは――。


 黒星まなかが、ローランとして、王女として生きることを決めた――。



 祝福の鐘だった。





 この2年後……。


 ローレスはロールプレイング病という謎の病が蔓延する。

 同時に、王女は行方不明。


 国の機能が停滞する事態を、まだこの時のローランは知る由もなかった。


さて、事前に告知させていただきましたが、


連載を一時ストップさせていただきます。


6ヶ月間もの長い間、毎日更新にお付き合いいただきありがとうございました。


必ずやパワーアップして戻って参りますので、


どうか今しばらくお待ちいただきますよう


よろしくお願いします。



ちなみにですが、


『異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説』を


今週の土日(9/3、4)に更新させていただきます。


こちらはなるべく土日に更新させていただこうかなあ、


と考えていますので、本作ともどもよろしくお願いします。



更新はストップしますが、今後とも小説家なろう様にて


活動していただきますので、


お付き合いのほどよろしくお願いします。



延野 正行

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