第23話 ~ マキシアと喧嘩をなさるおつもりか ~
外伝Ⅳ第23話です。
よろしくお願いします。
ローランのメイド――ユカが中央棟での謁見を気にしていた頃。
ジメルは口を大きく開けて固まっていた。
あ、あ、と言葉を出そうとするも、喉が固まって動かない。
息を吐くことすら困難だった。
それほど、ラザールの決定はジメルにとって驚くべきことだった。
いや……。
理解しがたいことだった。
「どうした?」
ラザールは玉座に座った。
鬚を触る。少し口角が上がっているように見えた。
ジメルは襟を正す。
首に貼り付いた汗を手で払った。
「よ、予想外の差配ゆえ、一瞬惚けておりました」
ようやく声に出すことが出来た。
自分でも震えていたのがわかる。
それほど狼狽していた。
「でろうな。本来なら、無期限の自宅謹慎が打倒であろう」
その通りだ。
いや、むしろそれでも軽い。
死罪とは言わないが、鞭打ちぐらいは覚悟していた。
事実として、業者の暴走はジメルのものではない。
冒険者の不法就労を黙認し放置していた。
これは事実だ。
傭兵や冒険者を雇い、亡霊騎士となって冒険者の家族を襲わせたのは、完全に業者側のスタンピードであった。
冒険者の優遇政策によって、国の労働者が減少した。堰の工事に人員を集められず、結果として業者の暴走を招いた。
これは王国側の責任でもある。
さりとて……。
業者の選定も、ジメルの部下が行ったものだ。
責任はすべて国務大臣であるジメルにある。
その自覚があったからこそ、ジメルは逃げも隠れもしなかった。
あえて言い訳することなく、罪を被るつもりでいた。
しかし――。
ラザール王の決定は、ジメルからすれば軽いものだ。
結果的には左遷ということにはなる。
不名誉で無様な仕打ち……。
王と敵対しながら、情けをかけられた。
物笑いのネタにはちょうどいいかもしれない。
それを狙ったのなら、これほど効果的な差配はない。
ジメルは知っている。
ラザールはそんな王ではない。
いや……。
あえて言おう。
そんな生やさしい王ではない。
真っ向から王室と対立してきた自分が一番わかっている。
「不服か……」
王の声が天井から降ってきたような気がした。
「いえ」
お受けできません、と即答することは出来なかった。
ただ真意を知りたかった。
「何故ですか?」
「考えてみよ」
ああ、やはりか――。
得心した。
きっとこの人事には何か王なりの狙いがあるのだ。
ジメルは考える。
自然と口元を隠すように首を傾げる。
自慢のちょび髭を親指でこすった。
真っ先に考えたのは、対立するタカ派に借りを作ることだ。
今後の議論において、こちらが歩み寄りやすくするためだろう。
だが、王は知っている。
家臣の中にはジメル以上に強硬な人族主義者がいることを。
そのような人間は、脅しとも取れるやり方に屈することはない。
ますます結束し、強固になる。
最悪、ジメルがいなくなれば、まとめ役を失い、血気盛んな若手の家臣の一部がクーデターを引き起こす可能性すらあるだろう。
実はいえば、ジメルが責任を取るという形で簡単に決着がつくことではない。
ある意味、バランスを失うという結果が見えていたからこそ、違法労働者に目をつむることが出来たとも言える。
目に見えないが、それほどローレスという国は今、危うい状態にあるのだ。
――では、なんだ。
ジメルはさらに思考の深みへと潜る。
引っかかったのは、左遷先だった。
マキシア帝国ローレス大使館付きの大使。
つまりは、盟友マキシアとのパイプ役をしろ、ということだが……。
ハ――ッ!!
ジメルは顔を上げた。
ラザールを見る。
王もまたジメルに視線を送っていた。
わずかに口角を上げる。
“ようやくわかったか……”
謎かけの司会者のように笑った。
「まさか陛下……。マキシアと喧嘩をなさるおつもりか」
「さすがはボクオール卿。余の真意にたどり着いたか……」
ラザールの言葉はひたすら穏やかであった。
対して、ジメルの胸中は激流の大河のように揺れていた。
「今回の件を経て、余も反省した。卿を追い込んだのは、余の責任でもある。すまなかった、ジメル……」
頭こそ垂れなかったが、ラザールが謝罪したことにジメルの動揺はさらに広がった。
「いえ。すべては私の責任の下に起こったこと……。陛下の責任ではありません。しかし――」
「うん?」
「本気ですか?」
「本気だ」
ラザールは静かに目を伏せた。
「そもそも問題は労働力の不足だ。その上で、移民政策と冒険者の優遇政策は最悪の組み合わせだったといえる」
「おっしゃるとおりかと」
ジメルはにべもない。
そのことは、議論の中で何度と取りざたされたことだからだ。
「だが、優秀な冒険者の輩出は、これからもオーバリアントに必要になってくる。これもわかるな」
「マキシア帝国カールズ陛下とお約束ですからな」
「そうだ。故に、労働力と冒険者――この2つを両立させる必要がある」
「そのためには、マキシアからの移民――その職業に関する制限の撤廃を申し入れるというわけですか?」
「冒険者の優遇政策は移民に限らず、ローレスの国民にも適用されている。そのため、国内の一般労働者の数も年々減少しているのが実情だ」
「そうした現状を盾に、マキシアと交渉をしろと」
「そういうことだ」
「うまくいくと思いか?」
「カールズ陛下は情に厚い方だ」
「しかし、その家臣は違います。マキシアは広大な国です。様々な価値観がある。特にローレスと接している領主から反発は出てくるでしょう」
「故に、お主にはマキシアに行ってもらいたいのだ。ボクオール卿」
独特の威厳を持って、ラザールは言い放つ。
ジメルはキュッと喉を絞めた。
「私に出来るでしょうか?」
「お前以外に、一体誰がいるのだ?」
「…………」
ジメルは黙考した。
ローレスから離れることについては、一抹の不安がある。
その間、自分が率いてきたグループが暴走する可能性があるからだ。
対して、ジメルはこうも思っていた。
純粋にこの任務を受けてみたい、と――。
しがらみもなく、ただひたすら職務を全うするチャンスを得たことに、身体の中から妙な高揚感が溢れてきていた。
何より戦えるのだ。
ローレスという小さな王室など目ではない。
オーバリアントでもっとも強い力と権力を持つ国と正面から戦をする。
ジメルの顔は年甲斐もなく興奮していた。
ラザールはそれを見ながら、笑う。
そして出会った頃の若い国務大臣のことを思い出した。
「で――。どうする?」
改めて問われた。
ジメルは拝跪する。
「慎んで拝命させていただきます」
凜と玉の間に響く。
心なしかその声は弾んでいるように聞こえた。
「うむ」
反対にラザールは声に力を入れた。
「では、速やかに支度をするがよい」
「ははっ」
声を吐く。
職務を終えたラザールは玉の間から立ち上がる。
衣擦れの音が聞こえた。
「陛下」
ジメルは退出する王の背中に声をかけた。
ふと思うことがあった。
どうしても聞いておきたかった。
「失礼ながら、この度の差配……。陛下自身のアイディアでしょうか?」
先ほども説明したが、ラザールは見た目ほど生やさしい人物ではない。
喧々諤々《けんけんがくがく》の議論を通して、自分を目の仇にするような反論もあった。合理的ではない発言をすることもあった。感情論をぶつけることもしばしばだ。
故に土壇場で奇妙に思ったのだ。
失礼を承知でいうが……。
ラザールにしては、あまりに建設的で家臣に配慮したアイディアだったからだ。
ラザールは「ほほっ」と笑った。
振り向かなかった。
「想像に任せる」
「姫様ですね」
「…………」
ズバリ的中したらしい。
ラザールはなおも背を向けたままだ。
恥ずかしいのかもしれない。
子供の意見を取り入れたことを。
器が大きいように見えて、小心者の面もあるのがラザールだった。
「あれに怒られてな」
「……はあ」
「王の仕事は何か、とな」
「それは――」
「なんだと思う?」
「…………」
ラザールはようやく振り返る。
目を細めた。
「本人に聞いてみるがよい」
どこか嬉しそうだった。
スタスタと玉座の後ろに下がっていった。
こういう懐の広いと思わせて、
実は綿密な政治的な駆け引きが――的なシーンを
書いてみたいと思っておりました。
まあ、うまく言っているかどうかは自信ないですけど……。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




