第22話 ~ それは“王”だからだろう ~
外伝Ⅳ第22話です。
よろしくお願いします。
銀色の大扉が開いていく。
その音は大型生物の遠吠えのように響き渡った。
しばらくして扉の動きが止まる。
ジメルは踏み出す。
ローレス特有の赤煉瓦がしかれた上を歩いた。
中央まで来ると、傅く。
動作に迷いはない。堂々としていた。
前方に2つの玉座。
王と王妃の椅子だ。
現在、王妃はいない。
ラザールは王妃を寵愛し、亡くなった後も正妻も側室も立てることはなかった。
それほど王妃を愛していたからだ、と周りはいう。
ジメルの見解は違った。
おそらく王女ローランを守るためだ。
仮に正妻を立て、子供が出来たとしよう。
“忌み子”と呼ばれる今の王女と、必ず争いになる。
そもそも王の子であるのかどうか怪しい容姿だ。
火の種になることは、まさしく火を見るよりも明らかだった。
その王女の姿はない。
そもそも家臣との拝謁の場ではいることは少ない。
今回の功労者はその王女だ。
この後、あの忌々しい姿を見ることが出来るかもしれない。
周りには近衛兵が立っている。
玉座の後ろにはローレスの大旗が掲げられていた。
いつも通りの王の拝謁の習わし。
昔から延々と継がれてきた儀礼だった。
ジメルはわずかに眉をひそめる。
この特別な空間が、何より嫌いだった。
しばらくして、玉座の裏手から王が現れる。
ジメルは深々と頭を下げた。
どうやら姫はいないらしい。
衣擦れの音がする。
ラザールが玉座に着いたのだとわかった。
「おもてをあげよ」
重い。そして厳格な声が玉の間に響き渡った。
ジメルは顔を上げる。
当然だが、ラザールが玉座についていた。
やや角度のついた背もたれに背中を預け、手を肘掛けにおいている。
特に緊張している様子はない。
いつもの王だった。
拝顔する。
長く豊かなブラウンの髪。
鼻は長く、彫りの深い顔にはヘーゼルの瞳が収まっている。
その年を推測させるような皺が、眉間を中心により、顎からは筆のような長い髭が伸びていた。
赤いジュストコールに、若かりし頃討ち取ったモンスターの毛皮を羽織っていてる。頭には、金色に輝く王冠を戴いていた。
御年53歳。
戦場ではすでにロートルといわれる年齢になっても、王の覇気は変わらない。
小さい国の王とは思えない。
その器の大きさはなんら隣国のマキシア皇帝カールズに引けを取らなかった。
格好……。身分……。
何もかも特別な存在だった。
ジメルはただ黙って、王を直視した。
「少し間が空いたような気がするな」
先に声をかけたのは、ラザールだった。
「いえ。5日前の会議の折に」
「――だったな。少しやせたか?」
「ご心配には及びません。きっちり2食をかかしておりませんので」
「そうか」
「時間が惜しい。王よ。裁定をお申し付けください」
「そう急くな、国務大臣。お前とこうして2人で会話するのは、随分と久しぶりなのではないか?」
ジメルの片眉が動く。
王の言うとおりだ。
会議や議場では顔を合わせることが多いが、2人きりになるというのは、滅多にないことだ。
記憶を巡らす間、ラザールが先に口を開いた。
「いくつになった?」
「は?」
「年はいくつになった?」
「51です」
そんな子供のような質問を――。
と思いながらもジメルは答える。
「そうか。余は――」
「存じております」
頬杖をついて、王は笑った。
「ふふ……。相変わらずよのう、卿よ」
「相変わらずとは」
「出会った頃とちっとも変わらん」
はじめてジメルの顔が変わる。
陰険な瞳をさらに険しく歪めた。
「そう。出会った時もそんな目をしていた。余のような特別な存在を憎んでいた。おかげで先王に嫌われておったな」
「後悔はしておりません」
「で――あろうな。……だが、余は卿のような男が好きだった。優秀である前に、王室という巨大権力に真っ向からかみついた。卿は知らないであろう。余がそなたに憧れていたことを」
「お戯れを」
「嘘ではない。故に、余がこの玉座に座った折り、卿を取り立てたのだ」
「…………」
「周りから反対されたがな。国務大臣――卿の2代前だったか。あやつには特に強く忠告されたのを覚えている」
「厳しく指導していただきました」
ジメルは目を伏せる。
ラザールは「ほっ」と軽く鬚を動かした。
「いじめられたの間違いではないか。傍目に見ていても、気の毒であったがな」
「おかげで今の私があります」
「殊勝だな。その国務大臣が言っておった。『卿は、後々王室を揺るがす存在になる』とな」
ピンと緊張の糸が張り詰める。
ジメルは口を閉ざした。
しかし、ラザールは嫌った。
その糸を断つように大げさに息を吸い込んだ。
「まさか……。卿と対決することになるとはな」
「予想できたことかと」
ジメルは手を前にして、恭しく頭を下げた。
ラザールは姿勢を正す。
背もたれから離れ、背筋を伸ばした。
頬杖をついた手も、肘掛けに戻している。
「ジメルよ」
「はっ」
「そろそろ幕を引くべき時ではないか」
大臣の目が大きく開かれる。
しかし、その瞼は静かに定位置へと戻った。
普段のジメルの顔になる。
そして顎を上げた。
王は、今まで見たことのない穏やかな顔をしていた。
ジメルは悟る。
時が来たのだと思った。
「ジメル・ボクオール国務大臣」
「はっ」
拝跪した姿勢からジメルは立ち上がった。
靴を慣らす。
昔、兵科が鍛えた見事な姿勢だった。
ついでラザールも直立する。
その御姿も負けてはいない。
一歩前に出た。
「国務大臣を解任とし――」
「――――!」
王の言葉はさらに続いた。
「マキシア帝国ローレス大使館付きの大使に任命する!」
ラザールは言い放った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「あそこで今、ジメルが王様に説教をくらっているんだな」
ユカはどこかけだるげに言った。
視界には玉の間がある中央棟が目に入っている。
狭い窓台に大きなお尻を乗せ、ガラスにもたれるように見つめている。
「説教って……。親が子供のいたずらを叱るのとはわけが違うのよ」
ソファに座ったローランはティーカップをソーサーに戻した。
「わかってるよ。でも、そういうことだろ?」
「まあ、そうなんでしょうけど……」
「ジメルは裁かれるよな」
「どうかなあ……。彼は責任者ではあるけど、実行犯ではないからね」
「でも、王様なら問答無用で……」
「父はね。ジメルのことを買っているのよ」
ユカは首を傾げる。
浮かんだ疑念は当然だ。
ジメルはひいき目で見ても、王室をよく思っていない。
ローランに対する態度からもわかる。
ローランが“忌み子”であるということを揶揄する以上に、王室に対する不快感を感じた。
さらに言えば、ジメルはそれを隠そうともしない。
そんな人間を王自身が評価しているなど……。
信じられるはずもなかった。
「年齢も近いからだと思うけど、あれで割と仲良いのよ」
「冗談にしては、面白くないな」
ユカは睨む。
王女はただ肩をすくめるだけだった。
「今の状況から鑑みればね。……でも、お父様はこう言っていたわ」
“ジメルはきっと王室と民との間にある分厚い壁を叩き壊してくれる”
「な――。それって……」
「クーデターっていいたい?」
思わずユカは喉を鳴らす。
「普通はそう考えるわよね。実際、2代前の国務大臣は『災いをもたらす』とか言って大反対だったらしいしね」
「じゃあ、ローランはどうなんだ?」
「私? そうね。嫌いにはなれないわね」
「な――! 仮にもお前をあからさまに毛嫌いしていて、その考えを悪びれもなく態度に表すような人間だぞ!」
「なんかね……。変なシンパシーを感じるのよね」
「シンパシー……」
ローランは飲みかけていたティーカップをテーブルに置いた。
やや伏せ目がちに二の句を告げた。
「王室というのものの考え方によ」
「どういうことだ?」
「簡単にいえば、王様はなんであんなに偉そうにしていられるかがわからないってとこかしら」
ユカは2回首を傾げた後。
「それは“王”だからだろう」
答えた。
ローランは口端を広げて笑う。
「そう。――でもね。私にはそれが理解できないのよね」
――おそらくそれは、自分が現代世界で黒星まなかという人物であったから……。
心の中で注釈を付ける。
ユカはますますわからないといった態度で、ローランを見つめる。
だが、詮ないことだと思って辞めた。
側について、まだ日が浅いが、どうしてもユカにはローランを理解できない部分があった。
そして、それは今すぐ答えを出すべきものではないことを彼女は理解していた。
顔を中央棟へと戻した。
「どうなるかな? 王の裁定は」
「私はお父様を信じるだけよ」
そしてローランはまたカップに口を付けた。
意外と総理大臣が何故偉いのか、王が何故偉いのかって言語化するのって難しいですよね。
異世界でも一緒だと思って、書いてます。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




