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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅳ ~ ローラン・ミリダラ・ローレス ~

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第21話 ~ 歯をくいしばれ! ~

外伝Ⅳ第21話です。

よろしくお願いします。

 ローランとユカは顔を上げた。


 声の方向へ身体を向ける。


 見ると、男が現場に打ち込まれた大きな木の杭に抱きついていた。

 その周りを兵士が囲んでいる。

 皆一応に困り果てていた。


 何が起こったかわからなかった。

 2人は近づいていく。


「俺は出て行かないぞ!」


 男はなおも叫んでいた。


「どうしたの?」


 ローランは兵士の1人に質問した。

 噂の白姫の姿に驚いた兵士は、慌てて敬礼する。


「はっ! ここで働いていた労働者だと名乗っています」

「普通にここで働いていたということ?」

「いえ。該当する冒険者の中に名前が……」

「じゃあ、強制的に働かされていたんじゃ」


 ユカが話に入る。


「違います」


 背後で声がした。


 振り返るとリモルの父親キラルが立っていた。

 よく見ると、顎髭こそごっそりはやしているが、血色のいい顔をしている。


「私たちは強制的に働かされていたんじゃない」

「そうだ!」


 言ったのは、杭に貼り付いた男だ。


「俺たちは望んでここで働いていたんだ!」


 喚く。


 ユカは眉根をひそめた。


「どういうことだ?」

「言葉通りの意味です。我々は単にここで働いていたんです」

「教会から棺桶のまま運び込まれて、働かされたんじゃないのか?」


 キラルは静かに首を振る。


「そういう人も確かにいました。ですが、その男も私も望んでここに来たのです。【業者(インポス)】の口利きで」

「――! 詳しく聞かせてくれるかしら」


 ローランは詰問する。

 キラルは話を始めた。


 すべては契約だった。


 貧しく耕作地を放棄せざる得なかったキラルの元に、【業者(インポス)】と名乗る男が現れたのは半年前だった。


 男はこう言った。


『余所の国で働きたくないか……』


 キラルは最初は断った。

 農民が余所の国で耕作を行うことは禁止されていた。


 だが、男はバレない方法があるといって、冒険者志願の移民制度を説明しはじめた。


 冒険者として志願するなら、ローレスに行くことができる、と――。

 そこでうまくやれば、定職にありつくことができるという。


 キラルはやはり断った。


『モンスターと戦うなんて……。私には出来ない』

『大丈夫だ。冒険者として働くのは、最初の1回ぐらいなものだ。ただしあんたは擬似的に死んでもらうことになる。その勇気があるなら、後は任せてほしい』

『つまり、冒険者としてローレスに入り、そこから真っ当な職を紹介すると』

『平たく言えばそうなる』

『違法じゃないのか……』


 男は沈黙し、やがて言った。


『ああ……。だが、大丈夫だ。ローレス王国の主だった貴族たちは、このことを知っている。暗黙の了解というヤツだ』

『国が黙認しているというのか?』

『そうだよ。しかし、だからといってあんたの妻子にはこのことを言うな。情報が漏れるのは、絶対に避けなければいけない』

『犯罪に手を染めるなんて』

『違うよ、キラル。これは犯罪じゃない。国家への奉仕だ』

『奉仕?』

『かの国は現在、労働力不足だ。しかし、愚王ラザールは状況を省みない政策を取り続けている。この状況を打開するには、罪を被ってでも、国民に奉仕する勇者が必要なんだよ』


 そう言って、男はキラルの肩を叩いた。


『心配するな。3食寝床、そして労働に見合った賃金を保障する。考えるまでもないだろ? 病魔に汚染された耕作地を一から耕すよりも、新天地で働く方がよっぽど家族のためになるぞ』


 激しい葛藤はあった。

 だが、キラルは誘いに乗った。


 家族のため……。

 その一言がすべてだった。


 ローレスについてからは順調だった。


 7日ほど前から、ここで働くようになった。


「仕事はキツいです。ですが、男の言うとおり、3食付きで寝床もあって、給与も支払われていました。私の場合は明日が給料日で、家族に給金を送ろうと」

「歯をくいしばれ!」

「え?」


 キラルが気づいた時には、顔を真っ赤にしたユカが立っていた。


 元戦士は拳を振りかぶる。

 キラルは目をつぶった。


 殴られる――。

 そう覚悟した。


 一向に飛んでこなかった。


 うっすらと瞼を開けた。

 キラルの周りに家族がいた。


 リモルも大きく手を広げて、キッとユカを睨み付けている。

 アスイも夫の肩に手を回し、盾になるよう抱きしめていた。


 ユカは拳を下ろす。

 しかし立ち上げた怒りは下ろさない。

 その唇は震えていた。


「家族のためと思うなら」

「え!?」

「なんで家族の側にいなかった?」

「…………」

「リモルやあんたの妻が、あんたを探すためにどれだけ王都中を走り回ったか知っているのか。命だって狙われたんだ!」

「……!!」

「家族がどれだけ泣いたか知っているのか?」

「すいません……」

「すいませんだと」


 ユカは顎を上げる。

 耳まで真っ赤になった顔は、現代世界で言う“鬼”を思わせた。


「その言葉は私に向けるんじゃなくて、家族に向けるものだろうが!!」


 激高した。


 現場内で一際大きく響き渡る。


 作業していた兵士や連行される業者(インポス)のメンバーと思われる人間も、ユカの方を向く。

 杭にすがっていた男も、杭から手を離して聞き入っていた。


 ただローランだけ。


「ユカ……」


 メイドの名前を呼んでいた。


 カシャ、と鉄靴を慣らし、ユカは踵を返す。

 キラルから離れていく。


 アスイはまた泣いた。

 ユカの迫力に最後まで抗していたリモルも、ぺたんとお尻を付ける。


 キラルは「ごめんな」と妻の髪を撫でた。


「そうか……」


 戻ってくるユカを見つめながら、ローランは呟いた。

 メイドの顎が少し上がる。


「サイン……」

「ん?」

「『復活の証文』のサインよ。あれは本人のものだったのね。みな、ここで働くことを望んだから」


 ローランは今一度周りを見た。


 違法とわかりながら、国家への奉仕を標榜した業者(インポス)

 家族のため仕事とお金がほしかった移民たち。

 取り締まりにきた近衛兵。

 半ばうち捨てられた工事現場。


 そして肩を落とす。


「これが……。ローレスという国の現状なのね」


 王女の目に、憂いが帯びる。

 ユカはそれを見ていた。


「ローラン……」


 その言葉に怒りはない。

 ただ場に渦巻いた空気の中に、消えていった。



   ※     ※     ※     ※     ※     ※



 事件から3日後。


 王城内は噂で持ちきりだった。


 移民を使った不法就労。

 しかもローレスという国家が主導していたという疑いがある。


 そしてその中心人物が、国務大臣だ。

 ローレスという国に激震が走ったことはいうまでもない。


 大臣から遠ざかる者。

 以前と変わらぬ忠義を誓う者。

 様子をうかがう者。


 反応はそれぞれだった。


 重苦しい空気がローレス王城に立ちこめる。

 昨日からの長雨の湿気で、余計王城に勤めるものの心を鬱屈とさせていた。


 特に鬱々としていたのは、王室に近い一派。

 つまり、ジメル国務大臣とは対極にいる勢力だ。


 ムルネラの自供。

 不法就労の現場も抑えることが出来た。


 しかし肝心のジメルが関わったと思われる証拠は何1つなかった。


 ジメル派と呼ばれるタカ派は、最初こそ驚いていたが、証拠がないことがわかるとその勢力を盛り返していた。

 今では「業者(インポス)が勝手にやったことだ」とふんぞり返っている。


 事実、そう言われても仕方がない状況だった。


 結局、王室と家臣との対決構造は変わることはなかった。


 ただ――。


 王国側が発注した工事であり、そこに不法就労が行われていた。

 その事実だけは曲げることはかなわない。


 工事の責任者はジメルだ。

 その官位が剥奪されるのは時間の問題だった。


 当の本人はというと、いつも通り執務室にこもり、仕事に精を出していた。


 周りがいうには、その仕事量も精度も普段となんら変わらないという。


 引き継ぎの準備は進めていた。

 さすがに国務大臣にとどまることはできない。


 周りはともかく、本人はしっかりと覚悟が出来ていた。


 四日目。


 とうとうジメルは、ラザール王に召喚された。


次話はジメルのお話になります。


明日も18時に更新します。

よろしくお願いします。


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よろしくお願いします。

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