第20話 ~ 世界を滅亡させる存在だもの ~
外伝Ⅳ第20話です。
よろしくお願いします。
白い髪が舞った。
風圧がローランの真上を通り過ぎていく。
こぉぉぉおおおおおおおおんんん!
金属が打ち合う音が地下書庫にこだました。
なおもカチカチと音が聞こえる。
一瞬、何が起こったかわからなかった。
ローランは振り返る。
自分の背後に、甲冑騎士が立っていた。
ロングソードをローランの頭上へと向けている。
その刃筋を止めたのは、ユカだった。
鞘の中で走らせた勢いのまま、騎士の攻撃を迎え討ったのだ。
押し合いになる。
ユカは体勢を整え、身体全体を使って、押し込む。
ローランはようやく状況を飲み込む。
同じく状況に圧倒されていたムルネラの襟首を掴み、書庫の奥へと逃げた。
「貴様ら……。謀ったな」
怨嗟の声が、バイザーの奥から聞こえてきた。
見れば、騎士から血が垂れている。
すでに足下はどす黒い血が広がっていた。
怪我をしているのだ。
「お前、逃げてきたのか?」
そうだ。
すでにローランの通報によって、棺桶を持って行った騎士の一団は衛士によって召し捕られているはずだ。
騎士がここにいるということは、囲みを無理矢理突破してきたのだろう。
遅かれ早かれ、ここに衛士がやってくる。
「もうやめろ! お前たちのやってることは無意味だ」
「無意味? ……ふ、ふふ。あ――っははははは……」
「何がおかしい?」
「そうだ。無意味だよ」
「……?」
「だが、それだけでは終わらん。そこの忌み子を殺してな!」
「ローランを?」
一瞬、ユカの力が緩む。
見逃さない――。
甲冑騎士は渾身の力を込める。
ユカの剣を弾いた。
「しま――」
破られた。
倒れ込むユカを無視し、甲冑騎士は前進する。
狭い棚と棚の間。
その証文が入った棚を倒しながら、まるで象のように突撃してくる。
「ローラン!」
ユカは立ち上がる。
だが、遅い。
すでに凶刃は王女に向かって振り下ろされようとしていた。
――駄目だ!
叫ぶ。
心の中で。
ローランはずっと1人だった。
だけど、これからは……。
――自分がいる!
ユカは固く心に誓う。
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
ユカは雄叫びを上げた。
片手剣を放る。
その勢いはすさまじい。
キュッと大気を切る。
すると、背中の甲冑を貫いた。
刃は身まで達する。
甲冑騎士の動きが止まる。
だが、それは一瞬だった。
同じく雄叫びを上げる。
刃を王女へと振り下ろした。
パシッ……。
奇妙な音が鳴る。
当然、剣戟の音ではない。
まして王女の肉を切り裂き、血がほとばしったわけでもない。
拍子抜けするほど軽かった。
ユカは首をひねる。
そして大きく目を剥いた。
甲冑騎士の持ち手に、小さな少女の手が重なっていた。
ローレス王国王女。
ローランの手だ。
刹那だった。
体をずらす。
そのまま騎士の力に逆らわず、むしろ利用する。
少なくともユカにそう見えた。
騎士は何故かくるりと回転する。
いつの間にか背中から叩きつけられていた。
「かはっ!」
受け身もままならず、騎士は目を回す。
ぐったりと仰向けになり、立ち上がることはなかった。
キョトンとしたのはユカだけではない。
一部始終を見ていたムルネラも同様だ。
2人とも魔法ともいえる事象に、ただただ感心するしかなかった。
「ふー。久しぶりの実戦だったけど、うまくいったわね」
微妙に緊張した空気が流れる中、呑気な声が上がる。
ローランは額の汗を拭った。
「ん? どうしたの?」
「ろ、ローラン……。お前――」
「ああ。……一応、武術の心得はあるのよ。これでも昔から、今みたいな刺客に狙われてきたしね」
「昔から――」
13年もずっと……。
「そりゃあね。……世界を滅亡させる存在だもの。これぐらいわね」
「ああ! もう……」
ユカはぼさぼさになった髪を掻きむしった。
――馬鹿らしくなる。
彼女の背負っているものの大きさも。
王女という立場も。
周りからの視線も。
死という観念すら……。
その他様々な重圧に耐えながら、ローランはおくびにも出さない。
恐れない。
いつもおびえているのは、周りの人間だけで……。
それを大きくするのは、彼女に手を差し伸べようとする者なのだ。
奇特だ。
だから、思った。
馬鹿らしい……と――。
もうローランは走り出している。
それを止めることは出来ない。
彼女は覚悟を完了している。
せめて――。
出来ることといえば、こうやって側にいてやることなのだ。
きっとパレアもそうなのだろう。
ローランがすることを静かに見守ればいい。
ユカは決める。
見守る覚悟を。
ローラン・ミリダラ・ローレスを終始見守ることを誓う。
本人に断りもなく、ひっそりと……。
それが見守ると言うことだから。
そういう誓いもあるのだ。
ユカはそう割り切った。
そしてユカはいつものユカに戻っていった。
王女と気さくに話す友人に……。
ふっと息を吐く。
「今の武術はなんだ? 見たことがないぞ。他者の力を使って投げるなんて」
「よくわかったわね」
「まあな」
「“合気”っていうの」
「ここでローラン語か」
ユカは鼻を鳴らす。
やたら笑気が腹の中からこみ上げてきた。
衛士から事の顛末を聞いたローレス王国ラザール王は、すぐさま近衛兵を率いて向かった。
場所はローレス川上流。
堰の工事現場。
一般に雇われた人夫から隔離され、特に重労働を強いる場所に彼らは配置されていた。
人数は500名弱。
そのうち30名が武器を持って見張りに立っていた。
どうやら傭兵――もしくは冒険者のようだ。
近衛兵とは別に、現場に到着したローランは顔をしかめた。
側に立つ、ユカも同じだ。
ちなみにローランは動きやすい旅装。
ユカは冒険者時代を彷彿とさせるライトメイルを着込んでいる。
万が一ということもあって、気合いを入れてきたというわけだ。
2人は小高い山から、工事現場を見下ろしていた。
「おかしいわね」
「ああ。見張りが少なすぎる」
いくら武器を持っているとはいえ、500名近い人数に対して、1割も満たない見張りというのはおかしい。
「ばれてる?」
「それなら現場自体を放棄するはずよ」
しかも昨日の今日なのだ。
父ラザールは迅速に手を打ってくれた。
現場に伝わる前に、抑えることが出来たはずだ。
その時、鬨の声が上がる。
近衛兵が突撃を敢行したのだ。
見張りが30人に対して、近衛兵は400人。
10倍以上の戦力をぶつけられ、為す術がない。
抵抗する者もいた。
だが、兵力を見せつけられると逃亡を謀る者がほとんどだった。
勝負は決した。
あっさりだ。
10分もいらなかった。
「降りましょうか?」
「ああ」
2人は斜面を滑るように降りていく。
少し下ったところに、バーガル親子が立っていた。
ユカはリモルの頭を撫でる。
「もうちょっとだからな。父ちゃんに会えるぞ」
言葉を聞き、リモルの顔にようやく笑顔が戻った。
さながら現場は戦場だった。
死体が転がっている。
手に武器を持っていた。
あちこちでうめき声が聞こえる。
皆、この現場の見張りだ。
捕縛され、近衛兵に引かれていくものもいる。
まだ血が香る現場に、男の声が響き渡った。
「リモル!」
戦場を眺めていた4人が一斉に振り返る。
1人の男が手を振り、こちらに走ってきた。
「父ちゃん!」
「あなた!」
リモルは走る。
遅れてアスイも飛び出していった。
親子は抱き合う。
3人の目には涙が浮かんだ。
「よかったな……」
といったのは、ユカだ。
声が震えている。
涙を流していた。
そんなメイドの姿を見ながら、ローランは微笑する。
王女の瞳もわずかに潤み帯びていた。
親子が談笑する。
そんな中は、別の方向から男の声が聞こえた。
「いやだああああああああああ!!」
絶叫は現場にいた全員の瞳を釘付けにした。
もうちょっと続くのじゃ(よくあること……)
明日も18時に更新します。
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