第19話 ~ 聖人はともかく悪党と仲良くなるのは得意でな ~
外伝Ⅳ第19話です。
よろしくお願いします。
「さて。詳しく聞かせてもらうおうか、司祭殿」
ユカは甲冑を脱ぎ捨てる。
どうもフルメイルは性に合わないらしい。
ローランに手伝ってもらいながら、すべて脱いだ。
書庫のあちこちに鎧の一部が脱ぎ散らされる。
名を聞き、フードの女がローランだと知っても、ムルネラはすぐに口を割ることはなかった。
ムルネラはじっと見た。
王国の姫君を。
初めて見る――正確には2度目だが――王女の姿を。
ローランは、ローレスの禁忌とされてきた。
故に王国は、御姿をこれまで公表してこなかった。
何故、そんな処置がされてきたのか。
白い髪。
薄い赤とも言える瞳。
その姿を見て、ムルネラはようやく合点がいった。
「なるほどな」
歯をぐいっと食いしばるようにムルネラは笑う。
腹の奥から「くっくっくっ」という声を漏らした。
「何がおかしい」
「おかしいね!」
目をぎょろりと回した。
ムルネラは天井を見つめる。
まるで神に奏上するかのように声を上げた。
「白き髪。
赤い目。
そのものが生まれた年から、15の同じ太陽が昇った時。
世界は未曾有の危機にさらされるだろう」
呪詛のように地下書庫に響き渡った。
「なんだ、それは……」
ユカは息を呑む。
「知らんか? 昔、王家に仕えていた占術師がいった予言さ」
「どういう意味だ?」
「簡単だ」
指さす。
ローランを。
「白い髪……。赤い瞳……。その人間が15歳になった時、世界は滅亡する――そんなところだろう」
「世界が……。滅亡……」
ひゃはっはっはっ――とムルネラは身を反った。
「偶然にも俺は……。王国の恥部を知ったってわけだ」
「うるさい!」
ユカはムルネラを引っぱたく。
カエルのような口から鮮血が垂れた。
「おいおい。暴力はいけないな。いいのか。俺がゲロっちまえば、たちまち民衆は退去して王城に押しかけてくるぜ」
「!!」
「そんな危険人物を放置してる王城が悪い。ああ、そうか。家臣団と王家がここ数年いざこざを繰り広げているのは、ローランの存在があったからなんだな」
ユカは再び振りかぶる。
カエルの顔に拳をぶつけるためだ。
「……そもそもそんな人間が、夜更けとはいえ市井に出歩いているのが悪いんだろ?」
ぴたりと止まる。
ムルネラの意見を聞いたからではない。
そっと……。
ユカの手に小さな少女の手が重なった。
「もういいわ。ありがと、ユカ」
「だが、ローラン……」
振り返る。
王女は笑っていた。
野生の花のように――可憐に……。
「…………」
ユカは口を噤んだ。
そして理解した。
すでにローランは覚悟していることを。
15歳に訪れる危機。
それによってもたらされる民衆の怨嗟の声。
王城で向けられる白い目。恐れ……。
13歳の少女は――。
細い肩と、小さな背中に背負う覚悟がもう出来ているのだ。
――私は……。
どうすればいい?
ユカは自問する。
このままでいいのだろうか。
世界の元凶となる人間をみすみす逃して――。
いや――。
薄紫の髪を振る。
違う――。
そうじゃない。
自分が王女に出来ることとは何なのだろう。
何をしてやればいいのだろうか。
背負うと決め、壮大な運命を1人で受け止めようとしている少女に、一体何をするべきなのか。
ユカは迷った。
メイドが自問自答を繰り返す中、ローランは前に出た。
しゃがみ、這いつくばるムルネラを見据える。
「ムルネラ司祭……」
「なんだ、この忌み子め!」
吐き捨てる。
ペッと唾が飛んできた。
ローランにかかることはなかったが、すぐ側の床に唾液が広がった。
聞いていたユカは身を乗り出したが、ローランが手で制す。
「ジメルの名を語ってしまったからには、もうあなたはジメルの元には戻れない。……そうよね?」
「――――!」
ムルネラは顔をそらす。
表情は硬く、血の気が引いていくのが見て取れた。
ジメルはローレスで最大の派閥を束ねる存在。
たとえ、今回のことが公になり、捕まったとしても、その影響力がなくなるとは思えない。
むしろ、結束する傾向にあるかもしれない。
彼の派閥には過激な人族主義者もいる。
このことをきっかけにクーデターだって犯しかねない。
そのことはともかくとしても……。
そんな派閥の連中が、ジメルを犯人だと自白したムルネラを放っておくとは思えない。
有り体にいえば……。
命が危ないのだ。
わかっていた。
自分の命が今、危うい状態にあることを理解した上で、ムルネラは啖呵を切っていた。
足先からこみ上げる恐怖――。
それを振り払うための自棄ともいえる感情が、ぷつりと切れそうなムルネラの意識をとどめていた。
故に。
忌々しいことではあるが……。
目の前の忌み子が一定の理解を示してくれたことは、ムルネラにとってはささやかな救いだった。
「幸い私はこの国の王女です。たとえ、忌み子といわれようとその事実だけは変わらない」
ムルネラの肩がびくりと震えた。
「た、助かるのか?」
「むろん、あなたの協力が必要です。王立立法院でジメルの悪事を証言してくれるなら、国外追放も視野に入れて、保護します」
「本当なんだな!?」
ローランが被るフード付きのローブに手をかける。
ユカは引き離そうと動くが、またも王女が止めに入った。
「当たり前です。あなたはローレスの国民……。たとえ咎人であっても、王室は国民を守る義務があります」
ムルネラの大きな瞳から涙が溢れる。
よかったぁ、と叫び、蹲った。
丸くなった背中をローランは子供をあやすようにさすった。
「そういうわけだ、ムルネラ……。洗いざらい喋ってもらおうか」
ユカは駄目押す。
むせび泣いていたムルネラは顔を上げた。
涙を払う。
ぽつり、と事の顛末を話し始めた。
ムルネラが教会を立ち上げたのは、5年前だった。
最初は羽振りが良かった。
ローレスは長い冒険者景気に盛り上がっていた時期だからだ。
料金を上げても、後から後から冒険者はひっきりなしに復活を願い出た。
しかし、例の料金制限のおかげで状況が一変した。
一気に教会経営が立ちゆかなくなった。
元々金遣いの荒いムルネラは借金もあって、焦っていた。
そして数ヶ月前、『業者』と名乗る男が現れた。
「業者?」
「わかりやすい……。怪しい集団だった。いつも側には甲冑を着た騎士がいた」
「その業者が何を言ったの?」
「簡単にいえば、戦闘で死んでしまった冒険者の遺体を高く買い取るというものだ」
「「…………」」
2人は黙って続きを聞いた。
「バレるんじゃないか? と俺は尋ねた。業者は自信満々にバレないと断言した。そして2日後ぐらいに『復活の証文』を持ってきた。本人サイン入りの本物の証文だった」
「あの証文をどうやって作成したんだ?」
ムルネラは肩をすくめた。
「こっちが聞きたいぐらいだ。だが、あれを見て、ピンときた。きっとこれは王国が絡んでいるってな」
「そこからジメルの名前にたどり着いたのね」
「まあな」
「よく調べることができたな」
へへ、とカエル顔の男は照れ笑いを浮かべた。
「自分で言うのもなんだが、聖人はともかく悪党と仲良くなるのは得意でな。ここに出入りしていたヤツと一緒に酒を飲み交わしたんだ」
「まさか……。酒に酔わせて――」
「たいしたものね」
ローランは思わず感心してしまった。
「やばいと思ったが、さすがに金にはさからえなかった。国家が絡んでるとなれば、食いっぱぐれることもない。やばいとなれば、逃げ出せばいいと思っていたからな。ところが――」
「残念だったな」
ユカは鼻を鳴らす。
「まさに忌み子だ――おっと! そんな怖い顔をするなよ」
今度は憤怒の形相を浮かべる。その手は剣の柄にかかっていた。
三度、ローランは制止する。
「それで……。遺体をどこに運んでいたの?」
「詳しいことは俺も知らない。だが、国家が絡んでるとなると目星ぐらいつくんじゃないか? 何せこのご時世だ。死体だろうとなんだろうと……。労働力はほしいだろう」
「やはり……。そういうことね」
ローランは目を細める。
奥歯をくっと噛みしめた。
「さあ……。もういいはずだ。俺を早くあん、ぜ――」
不意にムルネラの言葉が途切れる。
その視線が上を向いたのがわかった。
同時に驚愕に見開かれていく。
瞬間――。
「15の同じ太陽が昇った時」
ちょっとこの表現わかりにくかったら変えます。
オーバリアントの割には科学的ですし……。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




